JR東日本の神対応に怒る人たちは、無知な悪魔なのか? - 赤木智弘
※この記事は2018年01月14日にBLOGOSで公開されたものです
今月11日の午後7時頃。大雪の影響でJR信越線の東光寺駅と帯織駅の間で、4両編成の普通列車が立ち往生。約430人の乗客が閉じ込められた。(*1)
結果として、復旧したのは翌日の午前10時26分頃。最大で15時間以上列車に閉じ込められた人がいたことになる。
状況が悪かったのは、この電車自体が午後3時過ぎに新潟駅を発車する予定であったものの、雪の影響で大幅に遅れて出発した列車だということである。遅れた列車というのは、それまで待っていた客が押し寄せることから普段以上の混雑になる。閉じ込められたこの列車でも、大勢の人たちが立ったままだった。(*2)
そうした中で、体調不良を訴える人も出始め、何人かが救急車で搬送されたということだ。
まず、総じてJR東の対応は正しかったとは言えるだろう。
周囲を田んぼに囲まれた線路上で立ち往生したことから、みだりに乗客を降ろして避難させることは上策ではない。車内は暖房も効いていることから、電車内にいることは当然であると言えた。
しかし一方で、すでに何度も停車を繰り返している状況であるにも関わらず、なぜ立ち往生をするまで電車を進め続けたのか、また前に進めなくなった時点で、少しでも早く東光寺駅に引き返すべきではなかったのかという疑問は残る。
さて、この一連の流れで僕が気になったのは、ネットではJR東の対応を「神対応だ」と翼賛する人たちが、一方でJR東の対応を批判する人たちに対して「もしも乗客を下ろせば、乗客はホワイトアウトで遭難して凍死していた」とか「田んぼのあぜ道で遭難していた」などという主張をして、いかにJR東を批判するがバカでどうしようもない連中なのかという主張をしていたことだ。
なるほど。電車が遅れたり、ダイヤが混乱すると、必ず駅員に詰め寄っているオッサンが居る。駅員も状況把握のためにてんてこ舞いになっている中で、自分はお客様だとばかりに駅員を怒鳴りつけるあの手のオッサンが醜悪であることは言うまでもないし。嫌悪をするのも当然だろう。しかし、今回の件で怒っていたのは、そうした自分勝手なオッサンなのだろうか?
最初に提示した朝日新聞の記事(*1)に戻ると「最善の策があったのではないか」とJR東の対応を批判しているのは、乗客ではなく乗客として閉じ込められた子供の母親であったということが分かる。
今回、立ち往生した列車には、時間帯を考えるに学校から下校する生徒たちが多く乗っていたことが伺える。別に家に帰るサラリーマンばかりが閉じ込められているのであれば「大人なんだから、そういうこともあるさ。まぁがんばれ」と言えばいいが、子供が電車に閉じ込められた親たちが、子供を心配するのは当然のことであろう。
また、結果論ではあるものの、今回は鉄道の復旧よりも道路の復旧のほうが早かったようだ。
例えば日テレの映像(*3)を見てもらいたいのだが、午前0時頃にはマスコミのカメラが近くまで入れる状況にあったことが伺える。雪の様子を見ても決して乗客が外に出たら遭難するような降雪状況ではないということも分かる。
しかし結局、JR東が迎えが来ていた乗客を降ろし始めたのは、午前5時頃である。午前4時半頃には迎えの車が31台止まっていた(*1)ような状況であったにもかかわらず、乗客を下ろせなかったのは、判断が遅かったとしか思えない。
最終的に乗客全員を輸送できるバスなどの手配ができなかったのは仕方がないにせよ、少なくとも一人でも多くの乗客を早く下ろすという目的を達成するためには電車は東光寺駅にいる必要があったように思う。駅に電車があれば、わざわざ乗客に路線上を歩いてもらう必要もなかった。なにより道路状況さえ回復すれば、当然駅は道路に接続しているのだから、速やかに乗客を移動できたのである。もちろん「ホワイトアウト」とやらの危険もない。
確かにJR東の対応は必要十分であった。しかし最善とは言えなかったし、こうした事体に巻き込まれた子供の親が怒るのも当然だろう。それがこの件に対する客観的な結論だと僕は思っている。世の中、どちらかが完全に正しく、どちらかが完全に間違っているなどということはありえないのである。
しかし、ネットには「世の中には正義と悪の二種類しかない」という2値で問題を割り切り、悪を叩けば自分は正義だと考えている人たちがわりと多い。この人達にとっては「JR東の神対応を批判する輩は、無知な悪魔」ではないと困るのである。だからこそ「もしJRが乗客を避難させていれば、ホワイトアウトで遭難して凍死していたに違いない」かのような、あまりに大げさな嘘をつかなければならないのである。
ここまで論じたように、それは実際の状況とはかけ離れた話であることが分かる。それでもネットで人気があるのは、こうした大げさな物言いである。こうした大げさな物言いをする人の中に「ジャーナリスト」を名乗る人もいることが、この問題の根深さを物語っている。
1つの事柄に対しては、立場が違えば様々な見方があり得る。そのことを承知していなければ、認知できる世界は大きく歪む。そしてやがては自分と違う考えをする人たちを、悪人であるかのようにまで思い込んでしまう。今回の件では子供を心配する親を、悪魔のように見てしまう。そのような歪みに落ち込まないように注意したい。
*1:「なんとか、しのいだ」信越線の乗客、JRへの怒りも:朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/ASL1D31X3L1DUTIL007.html
*2:JR信越線 別の電車も立往生|NHK 新潟県のニュース http://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20180112/1030001409.html
*3:JR信越本線、運転再開めど立たず 三条市|日テレNEWS24 http://www.news24.jp/articles/2018/01/12/07382730.html