「立ち読みしたら2時間くらいかかるものを作りたい」ギター・マガジンが超マニアックな特集を連発するワケ - 村上 隆則
※この記事は2017年11月29日にBLOGOSで公開されたものです
ギターひと筋37年の老舗ギター誌、「ギター・マガジン(リットーミュージック)」が一部で話題となっている。
「歌謡曲特集」「ジャパニーズ・フュージョン/AOR特集」、そして単体の機材である「ビッグマフ」を100ページ以上にわたって取り上げるなど、ギタリストなら思わず手に取ってしまう超マニアックな特集を連発。一方で電子版の開始や、Apple Musicでのプレイリスト提供を行うなど、デジタル戦略も一気に加速させているのだ。
ギタリストなら誰もが知っている有名ギター誌に一体何が起きているのか、編集長の尾藤雅哉氏を直撃した。
「立ち読みしたら2時間くらいかかるな」というものを作りたい
-- 12月号はHi-STANDARD横山健さんの特集ですね。今月号も濃厚な特集となっています
尾藤雅哉編集長(以下、尾藤):ありがとうございます。がっつりタッグを組ませていただきました(笑)。今月号は横山健さんが高校生の頃に初めて買ったギターを持ってきてもらって、20数年ぶりに音を出してもらいました。そこから過去から現在までの歴代メインギターを全部紹介して。その他にも、今のギターで昔の曲を弾いたらサウンドにどんな違いがあるのか検証する動画も用意しました。
-- 11月号のビッグマフ特集も話題になりました。このぶっ飛んだ特集が実現したのは、やっぱり編集部のみなさんがビッグマフ好きだったとか?
尾藤:実は、編集部内でビッグマフを持っているのは僕だけだったんですよ(笑)。
ちょうど新製品が出たタイミングでもあったので、永久保存版になるような特集をやりたいなと思って企画をスタートしました。表紙のイメージは2年前から持っていて、綴じ方も箱形のエフェクターの形に合わせて平綴じにしたり、アルミの筐体の感じを出すために特色のシルバーを全面に使ってみたりと、手にした人にこだわりを感じてもらえるような一冊になっていると思います。
-- 内容もかなりマニアックですよね
尾藤:特集で最初に出てくるインタビューがビッグマフを作っているメーカーの社長インタビュー、それも8ページありますからね。
あと今回、回路の写真をでっかく載せて、その下にポエムを載せるみたいなこともやっていて。回路の写真の下に「犬型ロボ=マフえもんだ!」って書いたりとか…。
-- 他のもすごいですよ。回路に「石畳の美しい街並み。肩を寄せ合う男女」って、どういうことですか…
尾藤:もう悪ノリですよね。これ、朝4時にカーペンターズを聴きながら見るとなぜかホロリとしてくるんですよ(笑)
ただ、一見フザけてるように見えるんですが、各年代ごとの特徴やパーツの種類などの基本情報は入れるようにしています。やっぱり専門媒体なので、押さえるところは押さえつつというか。
-- ビッグマフ特集に限らず、ここ最近のギター・マガジンは熱量がすごいですよね。「歌謡曲特集」「ジャパニーズ・AOR/フュージョン特集」…どれもマニアックかつ読み物としても面白かったです
尾藤:うれしいです。やっぱり、雑誌というものの役割が変わってきていると個人的に思うんですよね。例えばギター・マガジンという雑誌は、アーティストのインタビューや新製品の情報、ライブレポートみたいな雑多な情報の集合体だった。でも今は、その手の情報はWebがいち早く取り上げますよね。だから雑誌を買っても既に見た情報が載っているだけという状態になってしまっていて。
そういう現状もあったので、ギター・マガジンは雑多な情報の集合体から、あるひとつの情報の集合体にしようと。そこに内容に重さや深さも加えたかった。雑誌ってサラッと立ち読みすれば満足できるものも多いと思うんですが、ギター・マガジンは「あ、これ立ち読みしたら2時間くらいかかるな」というものにしたい。そこまで作り込めば家に持って帰ってもらえるかなと。
-- とはいえ、ひとつの特集に注力するというのは思い切った判断ですよね。内容によっては興味のない人もいるわけですから
尾藤:たしかに、テーマによっては興味のない読者さんもいるかもしれません。ただ、しっかりと深掘りできれば、読者にとってその時点で価値がなくても、10年後に読み返したときに必ず有益な情報が載っている雑誌になると思っていて。
最終的には、ギター・マガジンが掘り下げているものであれば「これは価値のあるものなんだろう」と思ってもらえるようにしたい。そう思いながら雑誌を作ると、特集のページ数も100ページ超になってしまい…
-- ボリュームもすごいことになってしまうと(笑)。誌面全体でいうと、モノクロのページも減りましたよね
尾藤:実は、しれっとオールカラー化しています。10月に電子版を出したんですが、その半年くらい前から、電子化を見据えてオールカラーにしようと。そうするとこれまでモノクロで見せていたギターもカラーで大きく見せられるようになりますし。ページの構成も変わってくるんですよ。
-- いち読者としても電子版はありがたかったです。特集をやるようになってから、買い損ねた号を読みたいという時があって。
尾藤:電子版の話は4年くらい前からあったんです。ただ楽譜や海外アーティストの写真を載せるのが難しかったりして、どうするか悩んでいました。あと、雑誌を作る時は見開きのレイアウトを中心に考えているので、その内容を電子版にするとどうなるんだとか。
おかげさまで今年は、売り切れ号も出るほど毎月大きな反響があって、号によっては数千円のプレミア価格で売られていたりしていたので、バックナンバーが欲しいという人も気軽に手に取れるような価格で販売したいというのもありました。
ギター・マガジンは「音が聴こえる雑誌」にしたい
-- ギター・マガジンがいまデジタル版に力を入れる理由は
尾藤:単純に、もう紙の本だけ作っていればいい時代じゃないですよね。弊社は楽器店の在庫が見られる「デジマート」というWebサービスを持っているんですが、本誌でビッグマフ特集をやって、サイトにバナーを設置したら「ビッグマフ」の検索回数が7倍になったんですよ。しかも楽器店におけるビッグマフの売り上げも激増したそうです。
ニーズがあることは分かったので、今後は本を見て気になった楽器はデジマートですぐ買えるとか、誌面とWebを連動させ、本と読者の行動をできるだけシームレスにしたいなと。僕らも楽器を買ってもらいたいし、楽器を弾いてもらいたい。本はもちろん買ってほしいですけど(笑)
-- Webとの連携といえば、8月から、Apple Musicでプレイリストを公開し始めましたよね
尾藤:ギター・マガジンは「音が聴こえる雑誌」にしたいんです。雑誌って開いてもめくっても音は出ないじゃないですか、でも誌面には譜面やおすすめのCDが載っている。それこそ話題の新譜からマニアックな作品まで。そこを繋ぐサントラ的なものがあればいいなとずっと考えていたんです。そんな中、編集部内で「Apple Musicならそれができるんじゃないか」というアイディアが出てきたので、すぐに企画書を作って、次の日には会いに行きました。
おかげさまで反響も多く、読者の方だけでなく、アーティストの方にも喜んでいただいています。以前に比べると楽器店やCDショップで音源を探すことも減っているので、特集に関係のある音をまとめてすぐに聴けるのがいいと。
「読者層は想定しない」ギター・マガジン流特集の作り方
-- 甲乙付けがたいかもしれませんが、思い入れのある号はありますか
尾藤:どの号もいくらでも語れるんですが、1番はやっぱりビッグマフ。その次はジャパニーズ・フュージョン/AOR特集ですかね。
個人的に、フュージョンとかAORには良くも悪くも少し「ダサい」イメージを持ってたんですよ。でも改めて聴くとすごく洗練されていて、ギターのアプローチもオシャレなんですよ。その感じが今のバンドにも繋がるところがある気がして、流行の音楽を聴いている20代の人にも刺さるんじゃないかなと思ったんですよね。
実はギター・マガジンは1980年というフュージョンど真ん中の時代に渡辺香津美さん(※編集部注:日本を代表するフュージョンギタリスト)の表紙で始まったんです。だから編集部には当時のインタビューや写真など、沢山のアーカイブがあった。この特集ではそれらをうまく使って、今と80年代の架け橋になるようなものを目指しました。
入り口となる表紙はあの時代の象徴でもあった永井博さん(※編集部注:大滝詠一氏のレコードジャケットなどで知られるイラストレーター)のイラストをお借りして、ギタリストも楽器も載っていない、ロゴに関しても枠だけのシンプルなものにしてみました。
-- いま「20代の人にも」というお話がありましたが、読者層を変えようという意識はあったのでしょうか
尾藤:実は最近、読者層は想定しなくていいと編集部には言っているんです。
ギター・マガジンは僕が入った10年前から40代や50代の方が読者層だと言われていたんですが、ずっと「なんでだろう」と思っていて。企画会議でも読者の年齢が話題にはなっていましたが、僕は自分たちで勝手に思い描いていたような「読者」に会ったことがなかった。
それもあって、「これはウチの読者には合わないからやめておこう」と、せっかくのアイディアを捨ててしまうのはナンセンスだなと思うようになった。そういうのは一回忘れて、僕らはとりあえず悪ノリと言われるくらい面白いものを作ろうと。
-- 尾藤さんの考える、ギター・マガジン的「面白い」の基準は
尾藤:基本ではありますが、しっかり取材して、他では読めない独占的な内容になっていることが第一です。あとは見せ方の部分で、どれだけ編集部内やライターさん、カメラマンさんを巻き込んでいけるかという。
その2つがあれば、例えば内容は「ラーメンとギター」みたいな極端なものでも面白いものは作れるんじゃないかなと思います。
若い人は先入観なく、単純にカッコいいかどうかだけで音楽を判断できる
-- ところで、尾藤さんは老舗雑誌の編集長にしてはお若いように思います。今おいくつですか?
尾藤:1980年生まれで今年37歳になります。だからこの雑誌と同い年なんですよ。編集長になったのは3年くらい前ですね。もっとおじさんが作ってると思いました?(笑)
-- はい(笑)。ギター・マガジンを担当することになったきっかけは?
尾藤:23歳くらいまでバンドをやっていて、アルバイトで25歳の時に入社したのがきっかけですね。今でも覚えてるんですが、その時の面接で「記憶に残ってる特集はある?」と聞かれて、「ジミヘンが表紙でファズの弾き比べをしてたやつ」って答えたんですけど、家に帰ってその雑誌をよく見たらギター・マガジンじゃなくて別の雑誌で…(笑)
しかも雑誌の中を見たらファズの弾き比べもやってないんですよ。絶対落ちたと思ったんですけど、なんとか通って。そこで拾ってもらえたので今がありますね。
-- 編集部の皆さんもお若いんでしょうか
尾藤:編集部は6人、20代と30代で半々くらいですね。紙の編集部だと結構若い部類に入るかもしれません。若い人は先入観なく、単純にカッコいいかどうかだけで音楽を判断できるのがいいですね。フラットに見られるというか。
-- 読者なら1度は気になったことがあると思うんですが、ギター・マガジンの編集部って、みなさんギターがお上手なんでしょうか
尾藤:上手いかどうかは置いておいて(笑)、全員ギターは弾けます。譜面の校正もありますからね。デスクの横にはそれぞれお気に入りのギターが置いてあって、疲れてきたらみんなでセッションしたり。なので、ギターを弾いても怒られないという珍しい職場ではあります。
-- 最後に、ギター・マガジンという雑誌が目指す役割について教えてください
尾藤:僕自身、ずっと続いている趣味と言えばギターくらいなんですが、だからこそギター・マガジンに拾ってもらえて、青春時代に聴いていたHi-STANDARDの横山健さんにインタビューできたり、あこがれのミュージシャンと同じテーブルについて同じ目線で仕事ができたりする。ギターを弾いていたら人生の中で忘れられない思い出がたくさんできたんですよね。
だから、ギター・マガジンを手に取ったことで、ギターを弾くことがもっと身近になるといい。楽器を通じていろいろな出会いが生まれたらとても素敵だと思います。
プロフィール
尾藤 雅哉(びとう・まさや):1980年生まれ。岐阜県出身。2005年12月に株式会社リットーミュージックに入社。以降ギター・マガジンの編集に携わる。2014年7月より編集長。