政治家も「このバカテレビが!」と言える世の中への先陣を切った山尾志桜里議員に「あっぱれ」~中川淳一郎の今月のあっぱれ~ - 中川 淳一郎
※この記事は2017年11月16日にBLOGOSで公開されたものです
クレームにおびえる窮屈なテレビの現状
テレビが置かれた現状については誠にお気の毒だと申し上げる。あまりにも影響力が強いことにくわえ、“一流企業”の広告費頼りであるため、クレームに対してあまりにも弱い。その点、ネットを主戦場としている私など自由に色々書けてたいへん有難い限りだ。
さて、今回はこうしたテレビ業界の問題点を述べるとともに、今年9月に週刊文春から弁護士の倉持麟太郎氏との不倫疑惑が報じられつつも10月22日の衆院選で勝利し、倉持氏を政策顧問に起用しバッシングを受けた山尾志桜里衆議院議員をホメたい。
テレビの窮屈さを端的に示すのが日本テレビ系『スッキリ!!』(当時、現『スッキリ』)から評論家の宇野常寛氏が9月いっぱいをもって降板した件だろう。情報番組ってものは、予定調和になりがちだが、宇野氏は別視点からの意見(時には過激)を述べ、場をかき回した。アパホテルの南京大虐殺否定論が掲載された書籍が各部屋に置かれていることを同氏が歴史修正主義だと批判したら、日テレに右翼の街宣車が来たという。
これをプロデューサーからなじられ、結果的に「番組リニューアル」のために降板となったようだ。その後、プレジデントオンラインに掲載されたインタビューで宇野氏はコメンテーターとしての自身の役割をこう話す。これぞまさにテレビの宿痾を的確に表しているといえよう。
週に一度、悪目立ちをした人や失敗した人を「叩いてOK」なものとして提示して、視聴者を「世間のまともな側」と思わせて安心させる。そんなのばっかりなんですよ。
それに対して、そもそもこんなニュースを取り上げること自体がおかしい、それをこんな切り口で紹介すること自体がおかしい、とずっと言ってきた。最初はギクシャクしたけれど、加藤浩次さんや僕を引っ張ってきたプロデューサーたちも、そんな僕の役割を「必要悪」として認めてくれて、居場所を獲得しつつあった時期ですね。
コメンテーターの仕事というのは、基本的には門外漢が「一般目線で」何かを語るということに求められているとされている。だって女性産婦人科医とか女性弁護士が大谷翔平の「二刀流」について語らなくてはいけないし、経営コンサルタントがファッションショーについても語らなくてはいけない。さらには座間9遺体事件について、容疑者や被害者の心の内についても何か気の利いたことを言わなくてはいけない。
でも、これって無茶苦茶な話なワケですよ。「私は専門家じゃないので分からないです……」という答えが許されない。司会からの振りはテキトーなものが多く、座間事件について、ツイッターを使って白石容疑者が少女達を毒牙にかけた件に関連して、被害者の心情についていきなり「○○さん、どうですか?」と聞く。となれば、こういった展開になる。
コメンテーターA(男・経済学者):「私は心理学の専門家ではないので、憶測でしかないですが、寂しさってものがあったのではないでしょうか。私も大学で大勢の学生に教えていますが、皆SNSを無防備に使っているんですよね。すでに高校に入る前から見知らぬ人とSNSで接点を作るのが当たり前の世代なので、今回の被害者も本当にお気の毒ですが、寂しい気持ちを紛らわすといった使い方については一考が必要かと思います」
司会:「Bさん、どうですか?」
コメンテーターB(女・作家):「Aさんも仰った通りなのですが、寂しいからといって見ず知らずの人に寂しさを解決してもらおうというのは危険な側面もあるのですよね。この場合、SNS利用のガイドラインを国が決めるなどの対策が必要なのではないでしょうか」
情報番組では常にこうした無難で無害で何の解決にもならないようなコメントを言うことが求められる。この件について「SNSで声をかけてくる男なんてエロいことしたいだけの下心ムンムン野郎なんだから、誘われたら『てめぇで自分のチ○ポしごいてろ!』と切り返すべきだと教えるべきでしょう。あとは誘ってくるヤツは全員ブロック&通報! というマイルールを作るべき」なんて公共の電波で言うわけにはいかない。しかしながら、SNSで見ず知らずの人から声をかけられ、不快に思った場合、「罵倒で返す」「ブロックする」が圧倒的に手っ取り早い対処法である。
政治家はテレビにとって「犯罪者以外で安心して叩ける唯一無二の存在」だった
とにかくテレビ局が恐れるのはクレーム。それは、取り上げる対象にしてもそうである。だからこそ普段から付き合いの深い事務所所属の芸能人のことは叩けない。今年8月、大手事務所に所属する上原多香子の不倫を女性セブンがスッパ抜きネット上に激震が走ったが、テレビ局は軒並スルー。不倫発覚後に元夫が自殺したというあまりにもエグい話だったということや、上原も相手の男・阿部力も沈黙を貫いたという事情もあるが、通常の不倫であればバンバン時間を取っていただけにネットでは「事務所への忖度か?」という憶測も広まった。
当件についての真相は分からないが、一般論としてテレビにおいて芸能人というものはいわば「一緒に番組を作り上げる身内」なのである。その仲間がたまたまニュースバリューのある人々、ということなので、あまり芸能人を強く叩けない事情は分かる。あとは企業についても広告を出してくれているだけに東電クラスの擁護のしようがないことをしない限りは過度に叩けない。
一方、そこまでメジャーでない場合は苛烈に叩けるようになる。ここで言う過度に叩かれた企業といえば、「船場吉兆(食材使いまわし)」「『焼肉家えびす』を運営するフーズ・フォーラス(殺人ユッケ)」「ヒューザー(耐震偽装問題)」「まずい、と評判の神奈川県大磯町の給食業者」などである。特に最初の3社はキャラに特徴があり過ぎ、映像として「おいしい」ものがあり過ぎたのだ。
◆船場吉兆・湯木佐知子取締役(当時・以下同)→「ささやき女将」として「頭が真っ白になって…(と言いなさい)」などとボンボン息子に助言する様子が面白い。
◆フーズ・フォーラス・勘坂康弘社長→妙にイケメンで、土下座の様子があまりにも大袈裟で演技がかっていた点がテレビ的には「おいしい画」となった。
◆ヒューザー・小嶋進社長→ふてぶてしい表情と国会の参考人招致で「何言ってんだよ! ふざけんじゃねえよ、本当に。この野郎!」と言い放ち、さらには自分のことを「ホリエモンならぬオジャマモン」としてテレビに呼んでもらいたいと言った。
という前提があったところで私は政治家に対し「気の毒だなァ……」という気持ちを抱いてしまう。というのも、政治家は芸能事務所に所属しているわけでもなく(一部している人はいるが)、「一緒に番組を作り上げる身内」ではないので、叩く相手として格好のカモなのである。スポーツ選手にしても叩いてしまったら以後番組に出演してもらえなくなるかもしれないし、球団から出入り禁止をくらってしまうこともある。
政治家であれば「公人」であり「公僕」であり、しかも税金で稼いでいる&選挙で選ばれているだけに「国民はあなた方のことを知る権利があります!」「あなた方は私達の代表なのですから、清廉潔白さが求められます!」という形での批判が容易なのである。局に何らかの問題が生じるとすれば、それこそ番記者が政治家や秘書から嫌味を言われ、出禁になったり、出演拒否をされることだろう。
だが、そうなったとしても「○○議員は我々の局を不都合なメディアとして排除した。これは国民の知る権利に答えず不誠実な対応である。政治家は何事も説明責任がある!」式の批判が可能なのだ。
だから現在のテレビの世界において政治家は「犯罪者以外で安心して叩ける唯一無二の存在 ※ただし海外セレブは除く」という貴重な役割を担っているだけに、本当は他にもっと叩くべき存在がいるかもしれない場合でも彼らが優先して叩かれてしまう。
今回の山尾氏だが、「不倫疑惑のあった人間を側近にするなんて信じられない!」「説明責任を果たしていないのに何をやってるのか!」という論調に加え、西川史子医師など、『サンデージャポン』(TBS系)で「バカなんじゃないのって思います」とまで言い放った。
しかし、私は山尾氏の今回の決定と、その後記者団に対し「今、答えるつもりはありません」と明確に言い切った点には内心喝采を送った。これは、過剰なる身内への忖度がまかり通り、「叩く相手をおずおずと選ぶ」というへっぴり腰のテレビ業界に対する痛烈なる態度だからである。山尾氏は衆院選で勝利した。つまり「不倫疑惑はあったけど有権者は私を支持した。だったらいいでしょ? 私はあくまでも彼とは仕事がやりやすい。そして彼と仕事をすることが国民の役に立つことができる」という判断をしたのだろう。
やや好意的過ぎる解釈ではあるものの、この数年間、テレビを中心に不倫を叩き過ぎである。本来不倫で迷惑を蒙るのは家族だけ。外野が人の恋路をギャーギャー糾弾する必要はない。週刊誌の第一報はそりゃアリだろう。だが、その後、週刊誌を後追いしたテレビ番組では「夫婦問題に詳しい○○研究所の××さん」でもなんでもないコメンテーターが不倫した人を叩く。こうしたコメンテーターは芸能人については「ファンを裏切ってしまった」と言ったり、政治家の場合は「説明責任を果たすべきですね」などと言う。
今回山尾氏は「不倫疑惑ごときに説明責任なんてねーよ、ボケ!」「政策秘書が誰だろうとちゃんと仕事する人物を選んでおるわ、ボケ!」と言い放った感じがした。「もー、いい加減、安全な場所からどーでもいいことでアタイを叩き続けてるんじゃねぇぞ、このバカテレビが! 人のプライバシーに土足で入り込み続けるんじゃねぇーぞ!」と政治家も言える風潮への先陣を切った山尾氏にあっぱれである。