ルポ・生きづらさを感じる人々8 母親と恋人の性行為に巻き込まれたことが原因で心身に悪影響も ~夏織の場合 - 渋井哲也
※この記事は2017年11月08日にBLOGOSで公開されたものです
11月は児童虐待防止推進月間。2016年度に児童相談所に寄せられた相談件数は12万2578件で過去最多となった。内訳は、心理的虐待がもっとも多く、6万3187件だ。身体的虐待は3万1927件、ネグレクトは2万5842件、性的虐待は1622件となっている。松井夏織(44、仮名)は、幼少期から性的虐待を受けていた。その意味もわからないままでしばらくは過ごしていたが、周囲の助言で拒否できるようになっていく。
両親の離婚、恋人と生活する母親
「どうして私だけここなの?」
夏織が3歳の頃、母親が浮気をし、父親と離婚した。8歳上の兄もいたが、兄が父と住むようになり、夏織だけが児童養護施設に預けられ、離れ離れになった。父と兄が住む元の家に裸足で行ったこともあった。しかし、父からはこう言われただけだった。
「夏織とはもう住めないんだよ」
夏織は母親と一緒に住むはずだったが、母親は一人で香織を育てることができないでいた。理由は母親が恋人を家に呼んでいたからだ。子どもよりも恋人を優先したのだ。
児童養護施設で過ごすことになった夏織だが、月2回だけは母親との面会があり、宿泊できた。夏織が口答えをすると、母親の恋人に殴られた。そうした“家族”のもとで育つしかなかった。
施設に入ったことで目の前の現実を受け入れざるをえなかったこともあり、夏織の中で「家族愛神話」、つまり血が繋がっていれば、愛されるはず、という考えは早くも崩れさった。施設に入っていた“先輩”たちもまた、同じ現実を見て来て、「家族だからといっても愛されるとは限らない」と教えてくれていたことも影響が大きい。
保育士の母。恋人は理事長。二人で夏織を性的虐待
夏織の母親は保育士だ。少なくとも、社会的な立場としては、子どもの福祉を考える側だ。しかし、自分の人生を優先したために、夏織には寂しい思いをさせた。しかも恋人は、母親が働く保育園の理事長だ。二人とも、保育園の保護者の前では、優しい保育者で、保育園は地域で人気だった。ただ、夏織の存在は二人には邪魔だったのかもしれない。
夏織がまだ園児だというのに、母と恋人はタバコの煙が充満している居酒屋に連れて行った。そこで恋人は夏織に「(酒を)飲め!」と勧めた。夏織が「大人としてどうなの?」と思い、ちょっとでも反抗をすると、恋人は「うるせえ、このガキ!」と怒鳴った。そして母親には「教育がなってない!」と暴力を振るった。
「怒鳴ったり、喧嘩をする声を聞くと、フラッシュバックすることがあります。いかにも夜の街中で子どもが連れ回されるのを見るのも嫌です。なんとも言えません。居酒屋で家族連れを見かけますが、それもダメです」
母の恋人である理事長は、保育園でもワンマンだった。
「園には女性の保育士しかいないので、みんなが、母の恋人である理事長のいいなり。それに、理事長は午前2、3時まで飲み歩きます。母は次の日が早番でも運転手として付き合わされるようです。母は“これも仕事”と思っていたようですが...」
しかも、理事長は、母親との性交渉を夏織に見せつけるのが好きだった。両親のセックスを偶然に見てしまうことですら、トラウマになる子どもがいる。にもかかわらず、月2回も面会の夜、母親と恋人がセックスをしている最中に、夏織は呼び出されるようになっていった。
「母が“こっちにいらっしゃい”と呼ぶので行っていました。理事長は、3Pが好きなようでした。言うことにしたがって裸になり、性器を触っていたんです。当時は、何をされているのかわかりませんでした」
理事長がどんなプレイが好きでもよいが、まだ幼い子どもを巻き込むことは成長・発達段階に負の影響を与えかねない。しかも、保育士である母親がそれに乗っかってしまっていた。
施設の職員と“先輩”たちが夏織を守る
面会の日はいつも夏織の様子がおかしいと施設の職員は感じていた。夏織に「どうしたの?いつも変な様子だけど...」と尋ねたことで明るみになった。職員としてはこうした接し方は性的虐待と捉えた。不幸中の幸いと言っていいのか、挿入は回避していた。母親と直談判の結果、「面会は継続させるが、泊まりはなし」という方針をとることになった。
こうした性的被害があると、男性不信になったり、性的な嫌悪を感じたり、逆に、性的に奔放になることがあったりする。しかし、夏織はそこまでトラウマを背負うことはなかったという。それは、施設の職員と“先輩”たちのおかげかもしれない。小学校4年生の頃、施設の“先輩”と職員から性教育を受けた。それによって性行為や妊娠のこと、母親と恋人がしている行為の意味を理解することができた。
「夏織ちゃんは、私が守るから」と職員は言ってくれていた。施設の“先輩”たちも「もし、性的虐待があったら、家を飛び出していいんだ。(施設などに)助けを求めていいんだよ」と言っていた。夏織にとって、施設は、家よりも安全地帯であったし、身を守る術を教えてくれる場所だった。自分を守ってくれる人の存在や安全地帯が被害感情を緩和させていたのかもしれない。
小学校5年になったとき、母の恋人の男性器を夏織の女性器に挿入されそうになった。それまで恋人はそこまでは求めなかったが、成長期を迎えて女性を感じたののだろうか、レイプしようとしたのだ。しかし、施設で性教育を受け、意味をわかっていた夏織は叫んで、蹴り飛ばした。
「もし、挿入されそうになったら叫んでと言われていました。そのとき、死に物狂いで抵抗したのを覚えています。そばにあったものを手当たり次第に投げました。最後に掴んだものがハサミ。恋人に、向かってハサミを突き出しました。母には『やめて!』と言われ、つまみ出されました」
施設の職員と“先輩”たちの助言通りに抵抗した結果だった。そして、母親に期待することを諦めることができた瞬間でもあった。
「どうして自分の子どもに愛情を注げないのかと思ったんです。母は期間限定の愛情ならいいが、一生付き合わないといけない子どもには愛情を注げないんです。このときも私よりも恋人とのセックスを優先しました。そのために、母親を見限ったんです」
「ここの子になる」恋人の家に転がり込む家庭の再構築か?
中学に入ると、深夜徘徊をするようになっていた。映画館のオールナイトで時間を潰した。そんなときに10歳年上の彼氏と知り合った。ハーレー乗りだった。一年半付き合うことになるが、その間に初体験をした。
「24歳で一人暮らしだったんですが、『家の鍵をなくした』と言って、私が自ら転がり込んだんです。彼氏と一緒に暮らすというよりは、“ここの子になる”という意識でした。気があって、いろいろと教えてもらったんです。彼とのセックスは抵抗はありませんでした。むしろ、圧倒的な多幸感があった。大事にされている感じがしたんです」
家庭が「居場所」ではなくなった夏織は、彼氏との関係の中に「居場所」を見つけていた。「ここの子になる」と考えたということは、家庭の再構築だったのかもしれない。しかし、夏織が通っていた学校はそんな心情を知らないまま、「付き合うこと自体がダメ」という指導をした。
学校には母親も呼び出されるが、娘の自由恋愛を支持してか、「好きになる気持ちは外野がいちいち言うことではない」と、学校側に反論した。また、彼氏も呼び出されたが、「今はセックスをしてない。大事にしようとする気持ちしかない」と、交際をやめる気はなかった。
しかし、彼氏は舌癌で亡くなってしまう。葬儀には担任も出席した。学校側も花を出してくれた。
高校生になっても同棲をする相手がいた。「家に帰りたくない」という感情は続いていた。家庭に戻ると、生きにくくなるという感覚は抜けきれないでいた。ただ、自傷行為も自殺未遂という逸脱行動をしなかったのは、やはり、虐待を受けていた“先輩”たちと過ごしていたからかもしれない。
「“先輩”たちは、自分たちの体験を話してくれたり、助言をしてくれました。それが無意識に、認知行動療法になっていたんです。こうした事実上の“自助グループ”で、それは大きかったんです。ただ、こうした環境に育った弊害もあります。恋に落ちても、どこか諦めているんです。結婚に向かないというよりは、潜在的に“男の人って、最終的にはどこかへ行ってしまうんでしょ?”と思っています。つまり、人に期待してないんです。告白されても本当だとは思わないし...」
利用され捨てられた母、家庭を築けない夏織
母は最終的には恋人に利用された形だ。というのも、夏織が20歳になった頃、母親は恋人と別れた。母親が離婚で得た財産はすべてなくなっていた。
「恋人である園長が運営していた保育園に対する融資の担保にされていました。もともと、園長が恋人にするのは、仕事ができる人か、お金があるか、恋愛として好きか...のようです。母の場合は、仕事もできるし、お金もありました。恋人は浮気グセもありました。母以外の保育士にも手を出していたんです。ただ、子どもがいたのは母だけで(子どもに性的虐待をするというように)同じ思いをしたのは私だけでした」
夏織の「居場所」への思いは恋愛に向くことがあった。癖のある男に対して惚れっぽいのだ。思えば、母親の恋人も「癖のある男」だ。ただ、家族愛を信じていない。そのため、同棲はしたことがあるが、結婚はしたくないとの思いが強い。これまでにもプロポーズされたことはあるものの、断っている。やはり、恋愛に溺れた母親だが、家庭を築けないという現実を見ていたからだろうか。
ただ、性的虐待を受け、家族愛神話も信じず、自らも結婚を望んでいない夏織だが、性的嫌悪にもならず、性的に奔放にもならず、一見して、トラウマ的な行動はしていない。しかし、多少は引きずっているのか、人間関係の距離感を掴めていないときがある。好きな人以外のセックスは気持ち悪くて、吐いてしまう。
「自分が恋愛感情を持ってない男に告白されると、蕁麻疹が出ます。友達と思っている人にハグされたり、キスされると、吐き気が出ます。そのため、行きずりのセックスはしたことがないです。好きな人以外との、快楽のためのセックスがダメみたいです」