※この記事は2016年10月06日にBLOGOSで公開されたものです

朝日新聞は10月5日、東京・築地で事業説明会を開いた。同社は今年初め、2016年から20年までの5か年計画となる「中期経営計画」を発表した。今回の事業説明会では、この計画に沿った新規事業の創出などについて、渡辺雅隆社長と各部門の担当者が説明した。収益源としての期待が大きい不動産事業への注力とともに、海外も含めたベンチャー企業への出資の動きが語られた。(亀松太郎)

●紙のダウントレンドを補う3つのポイント

渡辺社長は「中期経営計画の柱は、経営基盤の強化と成長事業の創出の2つ」とするが、この日の説明会では後者の「成長事業の創出」に焦点が当てられた。成長事業創出の手段として、中期経営計画で挙げられているのは、(1)多彩なコンテンツの活用(2)顧客志向のビジネス展開(3)新たな収益源の確立の3点だ。

「紙の新聞という意味ではダウントレンドにある」と渡辺社長も語るように、新聞の発行部数は年々減少している。そんな状況の中では、特に「新たな収益源の確立」が重要となる。朝日新聞の中期経営計画では、新たな収益源として「不動産売上高の増大」「成長分野への事業拡大」「M&Aで新たな成長」の3つが掲げられた。

「不動産事業がメディアとしての朝日新聞を支えている」

なかでも、確実な収益源として期待されるのが、全国各地の一等地に保有する自社ビルを活用した「不動産収入」である。

「新聞社の場合、不動産といえば本社や局舎の管理としてみられていたが、これを事業化して、さらに発展させていくことを目標に置いている」(渡辺社長)

朝日新聞は、東京・大阪・名古屋・北九州・札幌という主要都市の中心部に本社や支社の自社ビルを所有し、その一部を他の企業に賃貸している。それに加え、東京の有楽町マリオンや赤坂溜池タワーなどの優良賃貸ビルもある。

不動産業務室の宍道学室長によれば、朝日新聞が所有する不動産の数は全国で623にのぼる(本社・支社 5、印刷工場 12、編集局舎 168、ASA販売店舗 390、賃貸物件 48)。「小さいものもあるが、数でいえば日本のメディアで一番多いのではないか」。

また、同社発祥の地である大阪では、中之島フェスティバルタワーという200メートルのツインタワービルを建設している。総工費約1000億円の巨大プロジェクトだ。1棟目はすでに完成して朝日新聞大阪本社などが入居しているが、2棟目は建設中で、来年3月に竣工予定。その上層階には、コンラッドホテルが入居することが決まっている。

  東京・銀座の並木通りにある朝日ビルも現在、建て直し中である。こちらは2017年中に完成し、翌18年にハイアットセントリックという新しいホテルが開業する予定だ。

渡辺社長は「先輩たちが残してくれた資産をフルに使いながら、2020年度には不動産事業のみで200億円の売上をあげ、営業利益も30%ほど出していきたい」と期待する。

同社が不動産事業に注力するのは、利益率が高いためだ。朝日新聞グループ全体の連結営業利益は2015年度で121億円だが、そのうち不動産事業の利益が42億円と35%を占めている。売上に占める割合は4.5%にすぎないが、利益の面での貢献度は大きい。

不動産業務室の宍道室長は「不動産事業の利益が、メディアとしての朝日新聞を支える収益の柱となっている」と経営の実態を語った。

米国ベンチャー3社への出資を決定

だが、不動産事業だけでは、新聞事業の縮小を補うのは難しい。いままでにない新規事業に打って出る必要がある。その点については、メディアラボの堀江隆室長がM&Aの動きを中心に説明した。

朝日新聞は、アプリ分析ツールの「FULLER」や空き家管理ツールの「アクシスモーション」などインターネットのベンチャー企業に出資している。特に最近の動きとして注目されるのが、オウンドメディア運営会社「サムライト」の買収だ。今年4月に全株式を取得して、グループ会社化した。

オウンドメディアとは、一般の企業が自社のウェブサイトを活用して、自分たちの商品やサービスに関する記事や動画を発信することによって、顧客となりうるユーザーの関心を引き付けようというマーケティング手法のことだ。

サムライトは、企業のオウンドメディアの企画やコンテンツ制作を請け負って、その運用をサポートする事業を展開するベンチャー企業。M&Aのきっかけは、昨年10月にベンチャー企業を集めたイベントで、サムライトから「朝日新聞とこういうことができる」というプレゼンを受けたことだったという。

「その話を聞いて『我々が考えていることと近いな。一緒にできそうだな』と思い、話を進めていった結果、数カ月でM&Aという形になった」(堀江メディアラボ室長)

M&Aにより、朝日新聞からはメディアラボスタッフの大石雅彦さん(30)が取締役として出向することになった。

「M&Aを決めるときにチーム会を開いて『サムライトに行って取締役になりたい人はいるか』と聞いたら、その日の夜、最初に『私で良ければ行きたいです』とメールをくれたのが、大石くんだった」

堀江室長はそう振り返りながら、「大石くんのようなメンバーがどんどん朝日新聞と違う企業文化やDNAに触れて、また戻ってくる。それによって、メディアラボがさらに強くなっていって、この会社を変えてくれるんじゃないかなという期待感がある」と語った。

朝日新聞がM&Aを仕掛けているのは、国内企業だけではない。米国のシリコンバレーに駐在するメディアラボのスタッフが数百社にのぼるベンチャー企業を調査し、その成長可能性を分析している。

堀江室長は事業説明会で「まだ発表していないが、すでに3社、朝日新聞社として出資を決めた。いずれもアメリカの若いベンチャー企業だ」と述べた。具体的な社名はまもなく発表できる見込みだという。

堀江室長によれば、M&Aだけでなく、社内の新規事業提案も積極的に行われているそうだ。

「新規事業コンテストには、昨年より7件多い126件の応募があった。そのなかから10件を選んだが、3件は新入社員の提案だった。若い社員の『この会社をなんとかしたい』という危機感や問題意識の表れではないかと感じている」(堀江室長)

「新聞事業以外」の売上比率を15%から25%へ

不動産事業の拡大と新規事業の展開のほか、既存の事業を生かした収益の増大もはかりたいという。今年5月には、広告局をメディアビジネス局という新しい名称に変更し、その中に「総合プロデュース室」を設けた。

「朝日新聞が持っているいろいろなリソースを組み合わせて、クライアントのニーズに答えていく。紙の広告スペースだけでなく、デジタルやリアルイベントなどのさまざまなリソースを組み合わせたソリューションビジネスに本格的に乗り出していきたい」(渡辺社長)

このような試みによって収益源を拡大していくことで、「朝日新聞単体の売上を2015年度の2700億円から5年後に3000億円まで引き上げていきたい」と渡辺社長は抱負を述べる。現在は新聞事業以外の売上高が全体の15%にすぎないが、新規事業の拡大により、この比率を25%以上にしたいとしている。

渡辺社長は、新規事業にかける思いを次のように表現した。

「朝日新聞社は、中経の期間中の2019年に創刊140年を迎える。私たちは、1879年(明治12年)にベンチャーとしてスタートした。この間、時代は大きく変わり、技術も大きく変わったが、私たちは柔軟にそうした時代をのりこえ、技術をとりいれて、今にいたっている。いま、時代の変革期にあることは十分に自覚しつつ、これからもベンチャーの気概をもって新しい技術を取り入れながら、新しい時代に対応していきたい」