渋滞学の第一人者・西成活裕教授が解明した「渋滞を解決する方法」 - 土屋礼央
※この記事は2016年08月12日にBLOGOSで公開されたものです
リンク先を見るさまざまなテーマをフカボリしていく「土屋礼央のじっくり聞くと」。今回のテーマはお盆休みの風物詩ともいえる「渋滞」です。なぜ渋滞は起こるのか、どうすれば渋滞はなくなるのか。「渋滞学」の第一人者、東京大学の西成活裕教授にお話をうかがいました。
土屋:さっそくですが、西成先生、日本の渋滞研究は最先端だと聞いています。
西成:やっぱり混んでいるところはそれなりに「なんとかしたい」というモチベーションが高くなりますからね。日本やドイツ・オランダなどでは研究が進んでいます。
土屋:その割に渋滞が多いですよね(笑)。いつも渋滞しているところもある。
西成:私の見解だと渋滞には2種類あって、1つは「起きなくてもいい渋滞」、もう1つは「どうやっても起きる渋滞」なんです。後者はいわゆるキャパオーバーの状態でもうどうしようもないので、諦めてください(笑)。ただ、「起きなくてもいい渋滞」はやりようによっては回避できるはずなんです。
土屋:えっ!起きなくてもいい渋滞なんてあるんですか?
西成:調べていくと、結構あるんですよ。
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◇40キロの大渋滞、原因はたった1台の強引な割り込み
土屋:先生、「起きなくてもいい渋滞」ってどういうものなんですか?西成:例えば、数年前に起きた東名高速の40キロ渋滞。この原因は、たった一台の追い越し車線への割り込みが原因だったことが分かっています。この車が無理矢理割り込んだ時に、追い越し車線の車がブレーキを踏んで、それが結果として40キロの渋滞になったんです。その人が割り込まずに我慢できていれば、渋滞は起きなかったかもしれない。
土屋:急ブレーキで1台の車が4秒遅れたとすると、後続の車も4秒だけ遅れるだけのような気もしますが。
西成:そこが最大のポイントです。ロボットだったらそのまま4秒遅れでいけるんですが、人間は「認知・判断・行動」という3つの段階を踏むんです。
まず「前が空いてる」って認知しますね、それから「俺はどうするんだ?」「いける」って判断しますね。それから行動する。これで人間は1秒くらいかかります。
それを走っている車みんながやってみてください、どんどん遅れていく。認知・判断・行動が早い人でも0.5秒、遅い人は5秒と言われています。
土屋:割り込みした人は、その場では1、2秒だと思ってやってるけど、実はその後ろで…。
西成:そうです、大混乱を起こしているんです。
その上、混んでくるとみんな早く前に行きたいから車間距離を詰めるんですね、それも、「前の車は急にブレーキ踏まないだろう」と思って詰めるんです。そういう根拠のない信頼関係で車列が結ばれているのですが、前の車がいつブレーキ踏むかなんてわからないじゃないですか。それが踏まれた時に大事故、大渋滞が発生します。
「東名高速20キロ渋滞」なんて聞くと「車がだんだん溜まって20キロになったんだな」と思うんですが、そうじゃない。渋滞のできる場所に定点カメラを仕掛けて調べたところ、10キロ、20キロの渋滞ならあっという間にできるんです。
土屋:あっという間に!
西成:高速道路のところどころに車間距離を詰めた車の列ができはじめます。それが渋滞の前兆。車間距離を詰めてるからわりとみなさん緊迫していて、そこに誰かがちょっと割り込んだり、坂道でブレーキを踏んだりすると、あっという間に遅れが後ろに伝わって、渋滞になるんです。
土屋:自分の後ろが詰まっていて前が空いていると、「後ろが詰まってるからもうちょっと前に詰めなくちゃ」と思うんですが。
西成:実はそれが渋滞化を加速させちゃうんです。車間距離が詰まっていると誰かがブレーキを踏むと全員がかぶっちゃう。逆に車間距離をあけていれば、前の車がブレーキを踏んでも関係ないですよね。この車はブレーキのバトンを伝えない。だから、渋滞というのは「ブレーキのバトンをみんなで伝え合うゲーム」なんですね。
土屋:!!(絶句)
西成:ブレーキのバトンを伝えなきゃいいんです。そのためには車間距離を開けておけばいいだけ。
土屋:ってことは、勇気を持って全員が車間距離を意識すれば…。
西成:全員が意識すると、今度は間延びしちゃうんですね(笑)。だから詰めている人もいていいんです。その中に1台だけあけてる車がいれば、その車間距離でそれより前の渋滞を消しているかもしれない。
土屋:………ほうほうほう。
西成:これ、一般道で考えるとわかりやすいんですが、ちょっと先の信号が赤だったらどうしますか。燃費の観点からも考えてください。
土屋:絶対に減速しますね。
西成:おっしゃる通り。早く行きたいからといって赤信号直前まで加速して止まって、また信号が青になったら加速して…そんなの非効率的ですよね。前方の赤信号がわかったら、ちょっとゆっくり行けばそのうち青信号になり、止まらずにいける。これが燃費のいい走り。
渋滞もこれと同じなんです。渋滞で止まってる車は赤信号だと思って、目の前に「渋滞発生」という看板をみたら、ゆっくり行けばいいんです。そうすれば止まらずに燃費もよくいける。どうせ止まるんです、みんなのためだと思って、勇気を持ってゆっくり走ってください。
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◇アリからうまれた渋滞学
土屋:先生は、どういう時にこの法則に気付いたんですか。西成:これはね、アリさんなんですよ。
20年くらい前のことです。交通渋滞はどうやったら解消できるのかと悩んでいたけれど、なかなかいい解決策がない。そんな時、渋滞がアリの行列っぽく見えてきて、ある日「アリの行列って渋滞してるのかな」って思ったんです。で、まわりの生物学者に「アリって渋滞してるの?」って聞いたら「わかるわけないだろ」って(笑)。
そこで、インドにアリを長年研究している先生がいたので、その先生のところに出向いてアリを3ヶ月間観測したんです。そうしたら、アリは渋滞してなかった。なぜか。アリは「混んできたら詰めない」って戦略を実践していたんです。
混んできたら人間は詰めて詰めて動けなくなるじゃないですか。アリはある程度混んでくると詰めるのをやめるということがわかった。そこで私は、物理学の世界で一番難しい「フィジカルレビューレターズ」という最高峰の雑誌に、「アリは渋滞しない」という論文を書いたら一発で通りまして。世界中にバーンと、ニュースにもなったんです。
土屋:ということは車間距離…アリ間距離を…。
西成:蟻間(ぎかん)距離とでもいいますか(笑)。アリは必ずバッファ、ゆとりを確保しているんです。なぜアリにこんな知恵があるのかと考えると、進化の過程で常に壮大な実験をやっていて、うまく適応したやつだけが生き残ったからじゃないかと。
距離を詰めたアリとあけたアリがいて、進化の過程でどっちが生きていくのに都合がいいか実験をしていった。そうすると詰めたアリは行列ができますから、餌をとる効率が悪くなるんです。そうすると詰めてないアリに比べて効率が悪いので絶滅しちゃう。それがアリが2億年も生きてきた秘密だったんだと。
距離を詰めてたアリは絶滅していなくなってしまった。ということは、人間も詰めてる場合じゃない(笑)。
◇休暇分散で渋滞は減らせるが…
画像を見る土屋:お盆の時に、みんながこの記事を読んで「よし、車間距離をあけよう」と思ったら、何割くらい渋滞は減るんでしょうか。
西成:5月、8月、12月という、日本の大渋滞の時期、これを解消するのはなかなか難しい。というのは、完全にキャパオーバーなんですね。これが最初に言った「どうやっても起きる渋滞」です。道路にも容量があって、だいたい1時間に2000台しか通せないんです。だから2000台以上が集まったら絶対に渋滞します。それが5月8月12月の特定の日に起こるんです。これは、そうならないようにルートや時間を分散させないとダメ。
土屋:そうすると、地方ごとに休日をずらしたほうがいいって話になりますね。
西成:実は民主党政権時代にそれを提案したことがあるんです。ある政府関係者が「渋滞解消の特効薬はないですか。政府としてできることがあればやりたい」と言ってきて。政府だったらできると思って言ったのが「休暇分散」だったんです。
私はドイツに住んでいたのですが、ドイツというのは州ごとに休暇が全部違うんですね、フランスもそうです。カレンダーに赤、黄色、青って色がついていて、赤はこの州が日曜日、黄色はこの州が休みとか。だから国民全部が一斉に動くことがないんです。例えば冬はみんなスキーに行きたい、みんなが一斉に動くと渋滞するけど、分散していれば車の量も減るんです。
でもそれを言ったら、国民から全否定されちゃって。日本人は真面目だから、関東と関西で休暇をずらすとしますよね、そうすると関東の会社が関西の会社と取引してたら、「来週までにお願いします」と言っても「こっちは休暇だから」ってことになる。「それなら取引はナシに…」ともなりかねない。
ドイツはどうしているかというと、「休暇だから」と言うと「しょうがない、じゃあ待つわ」って。それはお互いさまだからなんです。
土屋:そうかそうか。
西成:ドイツは有給休暇の取得率が9割を超えてるんです。日本は5割、半分前後なんです。仕事を休むという文化がまずあって、それから休暇分散をやると国民も納得するんです。「休んでいるなら仕方ない」という国なんです。
土屋:日本人は仕事仕事、ドイツ人はゆとりがあるじゃないですか。どっちが経済効果があるかというと?
西成:一人あたりのGDPはドイツの方が高いです。考えてみたらおかしいですよね。ブラックと言われながら一生懸命働いて休日も仕事のメールしてて。ドイツ人は平気で2週間くらいいなくなりますよ、「彼女とバカンスだ」なんて言って。だから共同研究しているとイライラするわけですよ(笑)。でも「しょうがない、彼女と一緒なら邪魔しちゃいけないか」って。日本だったら、2週間いなかったら帰ってきた頃もう机がないですよね(笑)。この国民性の違い。
土屋:日本人は行列するのが好きなんですかね。並ぶことが苦じゃないというか。他の国より渋滞が嫌いじゃないのでしょうか。
西成:たぶん嫌だとは思うんだけど、仕方ないと思っている。満員電車だって嫌だけど、これに乗らないと会社に行けないし、タクシー代を毎日払うわけにはいかなし、嫌だけど我慢しちゃう。それがずっと続いているんだと思います。
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◇電車は1本待てば空いている
土屋:それで言うなら、電車もちょっと待ったほうが…。西成:そうなんです。「電車は1本待ったほうが空いている」という定理も証明しました。
土屋:それは僕もわかります! 「電車が遅れています」ってホームに人が溜まっている時は、1本見送るだけで混雑具合が全然違います。
西成:混んでる電車と空いてる電車があった時、混んでる電車は人の乗り降りに時間がかかるじゃないですか。そうすると発車が遅れて車間距離があくんです。空いてる電車はすぐに発進できるので車間距離が縮まる。その状態である人が駅に着いたとき、当然だけど車間距離が広いところに遭遇するチャンスの方が、車間距離が短いところよりも高くなりますね。これは厳密に確率論で示せます。
土屋:電車に乗ってると「前の車両と間隔が短いので時間調整します」ってアナウンスが入りますもんね。
西成:そうです、最近は鉄道会社もなるべく間隔が等距離になるように、意図的に駅で電車を止めています。
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◇渋滞解消のコツは「スローイン・ファストアウト」
土屋:車間距離を空ける以外に、一人一人ができることはありますか?西成:車の動きに素早く反応することです。目の前の車が加減速しますよね。それに対して後ろの車がトロトロついていくと渋滞を長くしちゃう。
例えば、渋滞から抜ける時を考えましょう。前の車が走り始めたら、車間距離があいてから加速しはじめる人がいるんですが、これは逆なんです。
渋滞から抜け出る時は、3台ぐらい先をみて連結列車のようになるべく早く走りはじめてください。「スローイン、ファストアウト」と言っているんですが、これが個人でやるべき最も大事なこと。渋滞を見たら車間距離をあけてゆっくり入って、終わったら連結列車のように素早く出る。適切な車間距離と短い反応時間、それが科学的には究極の渋滞解消方法です。
土屋:渋滞にはまると、自分が「くらっているものだ」という意識になるけど、自分が「作っているものだ」と思うようにするというのは大事ですね。
西成:これは国民の常識として伝えてください。これをやるだけで変わりますよ。
土屋:そういう制御って、自動運転でできないんでしょうか?
西成:ファストアウトに関しては、高級車に乗ってる方はご存知だと思いますが、ACCという機能があるんです。車をよく見ていただくと「ACC」というボタンがついているはずです。これは「アダプティブ・クルーズ・コントロール」と言いまして、押すと前の車にロックオンして自動運転してくれる機能です。もちろん車線変更はできませんが、アクセルを離しても前の車がゆっくりになったら減速するになるし、速くなったら加速する。
これがあると人間より速く動いてくれる。人間は認知・判断・行動で1秒くらいかかりますが、機械だと0.5秒以内でできますから。「ACC」を押していただくと、実はかなり渋滞が解消されるんですね。それが自動運転になるともっと究極ですから、渋滞を先頭から削る部分に関してはかなり速くなる。ACCの普及率が今1%くらいなので、「渋滞にはまったらACC」と、もっと宣伝して普及すれば変わると思いますよ。
土屋:最後に。あらゆる渋滞をなくすためには、どういう気持ちが大事なんでしょうか。
西成:結局、思いやり、譲り合いです。みんなで「我先に」と押し寄せるか「どうぞどうぞ」って譲り合っていくか、一度50人くらいで実験してみるといいですよ。譲り合ったほうが早く行けますから。
土屋:ありがとうございました。
プロフィール
■西成活裕(にしなり かつひろ)画像を見る
1967年、東京都足立区生まれ。数理物理学者。東京大学先端科学技術研究センター教授/工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。専門は数理物理学、および渋滞学。著書に渋滞学 (新潮選書)、とんでもなく役に立つ数学 (角川ソフィア文庫)など多数。
■土屋礼央
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1976年、東京都国分寺市出身。RAG FAIR として2001年にメジャーデビュー。 2011年よりソロプロジェクト「TTRE」をスタート。ニッポン放送「土屋礼央 レオなるど」、TOKYO MX2「F.C. TOKYO魂!」、FM NACK5「キラメキ ミュージック スター キラスタ」などに出演中。ニューアルバム「ブラーリ」が好評発売中。
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