※この記事は2014年09月05日にBLOGOSで公開されたものです

ヘイトスピーチをめぐり、初めて個人で損害賠償請求を起こしたフリーライター李信恵氏が、5日外国特派員協会で会見を行った。李氏は先月18日、在特会(在日特権を許さない市民の会)と同会会長の桜井誠氏、書き込みを行ったブログ運営者に損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしている。
会見では、冒頭、これまでのヘイトスピーチの事例をまとめた映像が紹介された。【編集部:大谷広太】

冒頭発言要旨

李氏:8月18日、在特会と同会の桜井誠会長、まとめサイトの「保守速報」に対し、損害賠償を求める訴訟を大阪地方裁判所に起こしました。

今回提訴した理由は2つあります。

ひとつはネット上のヘイトスピーチについてです。自分自身もネット上のヘイトスピーチに苦しめられておりますが、とりわけインターネット上の匿名掲示板2chなどの差別発言を選択・抽出、編出し、「出て行け」「死ね」などと強調し加工した「まとめサイト」はひどいものでした。特定の個人や団体に対し、誹謗中傷だけで仕上げた記事は、インターネット上に渦巻く個人の差別感情を後押しし、扇動するものでしかないと思っています。またその標的になった場合、多くの一般の人では自分を守る術がありません、抗議しても個人では取り合ってもらえないことも問題だと思っていました。

さらに、ネット上でヘイトスピーチをまき散らし、在日朝鮮人や外国人、女性、LGBTなどのマイノリティに嫌がらせをする人たちの多くがそうであるように、まとめサイトの管理人の多くが匿名です。自分自身は安全な場所にいて、差別を煽り、それを商売にする。そのことも許せないと思っていました。

ネットに匿名はない、調査すれば特定できる、差別や誹謗中傷は訴えられる、ということが分かれば再発防止につながるのではないかと考えました。

もう一つは、ネット上にとどまらないヘイトスピーチ、路上に飛び出した、在特会を代表する、行動する保守団体の責任を問いたいと思っていました 彼らと行動を共にした28歳の青年は、昨年Twitter上で私を「殺す」と脅迫した容疑で書類送検されました。 ある中学生の女の子は去年の2月、大阪の鶴橋駅前で「朝鮮人を虐殺する」と叫びました。ベビーカーを連れた女性を取り囲んで恫喝し、朝鮮学校無償化除外反対を訴えるパレードに突っ込んでいった18歳の少年は、その後別の容疑で逮捕され、少年院に送られました。

彼、彼女を先導したのは誰だったのか。在特会に代表される行動する保守団体の代表は、まとめサイトの管理人と同様、自らは安全な場所にいて若者らをあおり、将来を曇らせた。京都朝鮮学校を襲撃し、多くの保護者や子ども、教員の心を傷つけました。しかし代表者は個人としてはまだ何の責任も問われていません。その後、在特会は反省も無いままに、道路使用許可と「表現の自由」の名のもとに、毎週のように差別の扇動活動を続けています。

日本には差別を裁く法律はなく、名誉毀損や侮辱にしても、刑事事件にするにはとてもハードルが高いです。ライターである以上、ペンで闘うことも考えました。記事を何度も書き、取材にも毎週通いました。しかし、ペンを持たない普通の人たちは一体どうするのか。被害者を守ることはどうやったらできるのか。ずっと考え続けていました。ネット上で、路上で、声も上げられず、黙らせ続けられているのは誰なのか、ということを今もずっと考えています。

訴訟をすることは、自分を含め、一般の人、被害者とって難しいことでもあります。金銭も時間もかかり、自分を露出することによる二次被害も心配しました。残念なことに、現実に被害は起こっています。
けれど、これまで裁判で戦ってきた京都朝鮮学校の被害者の人たちも同じ普通の人たちでした。ずっと支援をしてきましたが、地裁判決後、次は自分が闘う番だと思い、訴訟に踏み切りました。

私は大阪在住ですけれど、関東でも訴訟が始まっており、伊藤大介さんの提訴も私のような思いを抱えての事だったと聞きました。大人の自分ができることは、法廷で闘うことだと思っています。差別の種を撒くことを何とかしたいと思っています。

在日朝鮮人であること、女性であることで標的とされてきましたが、同様な思いをもう他の誰にもさせたくない、さらにネット上や路上でのヘイトスピーチに歯止めがかかれば、また議論が深まればと願っています。以上です。

上瀧弁護士:みなさんこんにちは。李信恵さんを原告として二つの裁判を起こしております。在日特権を許さない市民の会と同会会長の桜井誠氏と、もうひとつの裁判はまとめサイトの「保守速報」です。

どのような発言がなされていたのかといいますと、例えば桜井会長はニコニコ動画や街頭宣伝、それからTwiterで継続的に彼女に民族差別をしてきました。それらは民族差別というだけでなく、名誉毀損とか、業務妨害にあたるようなものでした。

例えば桜井誠会長はどのような発言をしたかというと、「あの、天下の李信恵さんがですね、ご存じの通りですね、立てば大根、 座ればどてかぼちゃ、歩く姿はドクダミ草」。あるいは、こちらは街頭演説ですけれども、「李信恵さんを称える市民の会でございます。今日はようこそいらっしゃいました李信恵さんね。私はあなたにひとつだけ感謝をしていることがある。みなさん、ここにいる朝鮮人のババアね、反日記者でしてね。日本が嫌いで嫌いで仕方ないババアは、そのピンク色のババアです」。このような発言は自身の尊厳を踏みにじるものであり、民族差別、女性差別であると考えます。桜井誠氏と、550万円の損害賠償請求をいたしました。

また、まとめサイト「保守速報」については2,200万円の訴訟を起こしました。「保守速報」はネット上で李さんに対して、例えば「北朝鮮だけ特別なんだ。北の工作員というのも強ち(あながち)…」とか、「こいつらって完全に工作員なんだな」というような書き込みを選択して自己のブログに貼り付けました。

それから、これはやはり2chサイトから選択して貼り付けたものですけれども、これは非常に特徴的なものです。どのように特徴的かというと、彼女を在日朝鮮人ゆえに日本人から排除をしよう、日本人から出て行けという言葉を非常にたくさん選択して貼り付けております。 このような書き込みは、もちろん彼女の人格の尊厳を傷つけるとともに民族差別、女性差別であることは在特会と同様のものです。

この2つの訴訟は単に李さんの権利回復ではなく、社会的意味も持っていると思っております。その一つは、社会的な中での差別をする社会を再生産させないということが大きな意味だと考えております。そのような人種差別的な行為を放置することは、差別をしても不利益はない。あるいはしてもいいんだというメッセージも同時に伝えていると考えています。

そして差別で訴えるということは被害者にとってとてもむずかしいことです。差別を受けたときに何も言えない「沈黙効果」といいますけれども、これを打破していくことのひとつのきっかけになってほしいと考えています。

7月8日に、朝鮮学校に対する襲撃事件の判決がありました。その中で、控訴審判決だったわけですけれど、大阪判決の中でこのように言われています。

「人種差別を撤廃すべきとする人種差別撤廃条約の主旨を私人間、つまり個人と個人の間においても実現するべきである」、というのがひとつ、そして「人種差別を撤廃すべきとする人種差別撤廃条約の主旨を、このような差別行為の悪質性を基礎づけるものとして、理不尽、不条理な不法行為による損害賠償、精神的苦痛などの無形損害の大きさに反映されるべきものである」。その結果、朝鮮学校では1,220万円という高額の損害賠償が認められました。この判決を継承、発展させていくことが3番目の目的と考えております。以上です。

質疑応答

―ネットが登場したことで明らかに状況が変わり、表現する場がなかったひとたちが突然多くの人たちに読んでもらえるようになった。一部の人達が、その手段を身につけたから騒ぎ始めたのか。それとも日本社会全体に、憎悪や差別の感情を持つ人が増えていると思うか。

また、そうした活動を制限する法律が可決されますと、濫用されるかもしれないという懸念を示す人がいます。例えば政治家を批判するなどの、あるべき批評までが封じ込められるのではないかということです


李氏:日本社会の中に、外国人を蔑視する背景があると思います。日本社会がそれを下支えしてきた、過去の戦争における歴史を振り返ったり、人権教育がちゃんとできていなかったことが背景にあると思います。また、免許を取っていない人がサーキットに出るようなもので、まだインターネットのリテラシーが育っていない現状もあるかと思います。

また、そういう人達は一定数は必ず存在していたと思いますし、安易なデマに踊らされ、また煽ることを娯楽にする人も多いと思います。

上瀧弁護士:法制度を濫用するおそれは、可能性としてはあると考えています。これは私個人の考えです。しかしそれはとりわけ刑罰について、一体どのように要件化していくのか、あるいは訴追をする時のどのような手続きをとっていくのかで工夫すべきで、濫用の可能性があるからといって、被害を受けている人たちを放置していいことにはならないと思う。

―ネット上のヘイトスピーチを支える経済的基盤として、IT系大企業の責任についてお伺いしたいと思います。訴えられた「保守速報」など、まとめサイトには、Googleなどの大企業が広告を出しています。「保守速報」については、今年の3月まで、Amazonが広告を出していましたし、李さんの名前を検索すると、2番目と10番目にヘイトスピーチのサイトが出てきました。前者はLINE社が運営する「NAVERまとめ」というサイトでした。ここにはYahoo!Japanが広告を出しています。10番目のサイトにはAmazonが広告を出していました。AmazonやGoogleは 明確に人種差別を禁止していますし、他のサイトも公序良俗に反するものを禁じる規約を設けています。

しかし多くのネットユーザーが知っていることですが、こうしたサイトのことは、IT企業に連絡しても広告が引き上げられることはありません。これらについてどうお考えでしょうか。抗議をしてこられましたでしょうか。


上瀧弁護士:広告を出しているサイトについては抗議等はしていません。民事の訴訟の範囲内でいいますと、どのように故意ないし過失を証明していくかが大きな課題です。そのような大きい会社が、ひとつひとつのブログ等についてどのように認識していくのかというのは、民事訴訟法上は困難なものがあります。そのような技術的限界があって、抗議もしてないし、相手方にもしていないということになっています。

李氏:個人的にはTwitter社には通報は100回以上していますし、YouTubeも通報していますし、NAVERもアメブロも、代表的なブログサイトには通報していますが、なかなか取り組んでもらえなかったり、削除してもらえなかったりしています。

でもカウンターと呼ばれる反差別ムードが高まる中、Twitter社が解除したり、企業の中でも議論したり、反差別の取り組みが少しは進んでいくかと思いますので、提訴をきっかけに企業もこれから取り組んでいただければと思います。

―提訴のあとに二次被害もあったというが、どのような被害があったか。被害以外に、応援するようなメッセージはあったのか。

また、ようやく安倍総理も、このヘイトスピーチについてはしっかりと対処しなければならないと、都知事との会談で行っていました。やるべきことも多いと思いますが、どういうことをやってもらいたいか。


李氏:被害については、提訴後すぐにニュースで各種報道されたあと、大分県の高校教師がFacebook上で「極左と極右の桜井は殺し合え、日本からゴミがなくなると美しくなる」というような書き込みをしました。なりすましという可能性もあるので学校に連絡させていただいて、教頭先生と話し合いをしました。処分は教育委員会に一任しております。個人的な誹謗中傷は、Twitterで福岡の市会議員がブログで誹謗中傷を繰り広げらてれいます。

逆に、すぐに友達が支援のメーリングリストを作ってカンパを募集していただいたり、色んな声を届けていただいたりしています。

法規制は凄く時間がかかると思うんです。行政の取り組みも時間がかかると思うんですが、大阪市長などの地域行政の長が「差別を許さない」という声をまず上げていただくことによって、抑止力になると思っています。まずいろいろな、小さなところから代表の方に声をあげていただければと思っています。

―安倍さんがもっと早く発言すべきだったという声もありますが、どう思いますか。

李氏:遅かったとは思うんですけど、今からでも遅くないので声を上げて取り組んでいただけるのであれば、一日でも早くと思っています。

―家族や周りの方が、差別的な発言や街宣についてどのように思っていらっしゃったのか。提訴したことでどのような反応をされているか。

李氏:夫は私がこういう取材をすることは、自分で決めた仕事なので思うように仕事をしろと。私は日本人の夫との国際結婚ですので、差別問題に取り組むことは重要なことだと、夫も認識しています。息子も、最初は大きなことになることを嫌がるかと思ったんですが、「裁判する」と言った時に、ネット上では路上での差別がなくなるなら頑張れと声をかけてくれました。

ーどのくらいの時間で結論が出ると思うか。

上瀧弁護士:「保守速報」の方は早いかもしれませんが、桜井誠さんと在特会は反訴の予定もあるとお聞きしているので、2年くらいはかかるかもしれません。

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会見の最後には、関東でヘイトスピーチに関する訴訟を起こしている伊藤大介氏が「昨年、デモで"殺せ!殺せ!李信恵"というコールがかかったことがありましたが、警察官はそのコールを聞いても、彼らを制止すること無く、止めようとした我々を制止してしまうというのが現状です。このような状況で東京オリンピックができるんでしょうか、各国の皆さんに報じていただきたいと思います」とコメントした。