※この記事は2014年07月27日にBLOGOSで公開されたものです

STAP細胞と小保方さんをめぐる騒動は、日本の科学コミュニティを激しく揺さぶった。疑惑解明の過程で、小保方さんの実験ノートの「未熟さ」が注目されたりもしたが、未熟な研究者を世に送り出した「科学教育」に問題はなかったのか。そんな疑問も湧き上がっている。

だが、科学教育といっても、いろいろある。小・中学校や高校の授業のなかで、教科書に載っていない「最先端の科学」の世界を子どもたちに感じてもらいたい――そんな思いで、理系の大学院生や民間会社の研究者たちによる「出前授業」を企画し、全国各地の学校で年間300回以上実施しているベンチャー企業がある。

社員の大半が理系の修士号か博士号を持つという科学系ベンチャー「リバネス」。2002年から始めた出前実験教室に参加した生徒の数はのべ約8万人にのぼる。「科学の面白さを広く伝えることで、世界にイノベーションの波を起こしたい」というリバネスの丸幸弘CEOに、科学との向き合い方を聞いた。(取材・構成:吉川慧)

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「東大大学院の先輩も『ポスドク問題』で悩んでいた」

―12年ほど前から続いているという「出前授業」ですが、そもそも、始めようと思ったきっかけは何だったんですか?

:当時の理系の研究者の間では、「ポスドク」問題や就職氷河期が問題になっていました。東大で博士号まで取ったとしても、大学にポストがないし、民間の研究所にも就職できない。東大大学院の優秀な先輩も、ポスドク問題で悩んでいました。それを目にして「僕ら理系の研究者は生きていけるのか」って思いました。

そこで、新しい職業が必要だと感じたわけです。ベンチャーを起こしたかったというよりは、科学者とか研究者が、もっと世界で活躍できるようにしたかった。それを実現できる民間企業を作ろうと考えて立ち上げたのが、リバネスです。

はじめは、大学院生が15人集まりました。まず「いま僕たちにできることって何だろう」って考えたのですが、特許なんてないし、ビジネスをやったことがある人間もいない。そんななか、「中学校や高校に出かけていって、いま僕らがやっている最先端の研究を伝えれば、ビジネスとして成り立つんじゃないの?」ということで、「出前授業」のアイデアが出ました。

―最初はなかなか受け入れてくれる学校がなくて、リバネスのメンバーの出身校にアプローチしていったと聞きましたが・・・



:最初に行ったのは、神奈川県の聖光学院中学校・高等学校です。当時の教頭先生に「最先端の科学の教育を、お金をいただいてやりたい」と頼みました。そうしたら「馬鹿にするな」って言われましたよ(笑)。

そこで、「僕らは大学院生なので、教えることはできません。でも、研究の現場を伝えることなら、できます。先輩が来ることで、中高生はきっと『自分も将来、ワクワクすることにチャレンジできる』と思ってもらえるはずです」とお話しました。これを実証するために「出前授業」をやらせてください、と売り込んだんです。

幸いなことに、聖光学院の教頭先生にはベンチャースピリッツがあった。「おもしろい。じゃあ、のってやる」と。「高校生の評価が低かったら、お金は払わない」という条件をつけられましたが、やってみたら大成功。この学校では、いまも毎年新しい「出前授業」をやっています。

学校からは「何かを伝えようとするパッション(情熱)が乗り移って、子どもたちも情熱的になってくれた」と評価してもらえました。学校の先生も「教育ってパッションだった!」と言うことを思い出してくれたようです。

「学生」という字は「生で学ぶ」と書く

―「出前授業」では、具体的にどんなことをやっているんでしょうか?

:「出前授業」には3つのパターンがあります。1つ目は「出前実験教室」です。「DNAを抽出しよう」「遺伝子組み換えをしてみよう」といった感じで、ある程度、結果が見えるものですね。2つ目が「研究教室」。研究的要素(クエスチョン)がちゃんとあって、疑問を持つところから一緒にテーマをつくる。でも、これは単発の企画です。

3つ目が最終的なもので、「Research Based Education System」という新しい教育方法です。これは生徒と一緒にテーマ設計から考えて、ずっと研究を続けられる環境をつくるというものです。「設備を作ってあげるだけ」というのではなく、「研究のやり方自体を教える」というものですね。一番有名なのは、東北の被災地の学校における「東北バイオ教育プロジェクト」ですね。協和発酵キリンさんがスポンサーとなっています。

被災地では、津波の影響で土壌の状態が変わりましたよね。そこで、岩手県陸前高田市の高田高校の生徒たちが、「今まで見たことがないような微生物・藻がいるかもしれない」と考えた。調べたいという情熱はもっているけど、やり方がわからない。そこで、僕らが生徒たちに微生物の取り方と研究の仕方を教えました。そうしたら、油を溜める、新種かもしれない藻類が発見されたんです。こういうのを、高校生がやっても良いわけですよね。僕らは、みんなが研究できる人になってほしいと思っています。

―そんな高校生たちの多くは大学に進むわけですが、「大学で何をしたらいいのか、わからない」と悩んでいる学生も少なくないようです。丸さんだったら、どんなアドバイスをしますか?

:「学生」という漢字は、「生で学ぶ」と書きます。いろいろな「生の体験」をして経験を増やすことが大事です。脳みそだけで、ネットを見ただけで、知った気にならないこと。時間があるのだから、たとえば「スペインに行ってみたいな」と思ったりしたら、速攻で行くべきです。学校なんていつでも戻れるのだから。

学生の特権はなんでも体験できることです。文系の人でも、科学の研究をやりたいと思ったら、研究室をノックして「ちょっと細胞の研究をやらせてほしい」と言えばいいんです。「誰かに会いたい」と思ったときは、すぐ相手にメールをすればいい。その場で切符を買って、会いに行ってもいい。「働きたい」と思ったら、インターンシップにいったり、アルバイトをすればいい。そこで学べることが、何かあるはずです。

学生は「動け!生で学べ!生傷が絶えないくらいがちょうどいい!」と思います。僕も生傷をいっぱい負いました。学生時代には、起業に2回も失敗していますよ・・・。とにかく学生には、「生で学ぶ」という「学生」の意味を考えてほしいですね。

―大学時代に「これだけはやっておいたほうがいい!」ということはありますか?

:僕は東大の大学院にいる間に、いろんな教授に会いに行って、名刺交換しました。自分の研究と関係のない経済学の教授とも話をしました。これも今では資産になっています。社会人になってから大学教授と会うのは、アポをとったりして大変です。でも学生なら、簡単にいろんな教授と会える。だから、大学時代にはできるだけ多くの大学教授と直接会って、話をするのがいいと思いますね。

学生にはよく「君たちは大学にお金を払っているのだから、全員の教授に会う権利がある」と話します。学生はもっと学費に対してシビアになるべきです。大学の図書館が無料で使えて、大学の先生とも自由に話せるというのが、大学にお金を払っている理由ですよ。

授業だって、つまらないものは出なくてもいい。一方で、面白い授業には勝手にモグって出てもいい。お金を払っているんだからね。そういうことをどんどんやったほうがいい。そうやって、「熱く」生きてほしいと思います。

プロフィール

丸幸弘(まる・ゆきひろ)
株式会社リバネス代表取締役CEO。1978年神奈川県横浜市生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。2002年に理工系の大学院生15人でリバネスを創業。先端科学を小学校・中学校・高校の生徒に体験してもらう「出前実験教室」を開始する。理系の大学院生に自分の研究を紹介してもらうほか、化学メーカーなどの民間企業とも提携し、学校の教科書に載っていないような「最新の科学研究」のエッセンスを子どもたちに伝えている。現在、リバネスとの提携企業は100社以上で、年間300回以上の出前授業を実施している。2014年3月に、リバネスという会社のユニークな仕組みを紹介した著書『世界を変えるビジネスは、たった1人の「熱」から生まれる。』(日本実業出版社)から出した。

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