※この記事は2014年07月20日にBLOGOSで公開されたものです

2020年に開催が予定される東京オリンピック。6年後が待ち遠しいが、気がかりなのは、メインスタジアムとなる国立競技場の建設問題だ。もともとはイギリス在住の女性建築家、ザハ・ハディドさんの案が採用され、流線型の特徴的なデザインが注目された。ところがその後、コストが高すぎるという指摘や、デザインが周囲の景観にマッチしないといった反発があいついだ。

これを受け、日本スポーツ振興センター(JSC)はコストを抑え、規模を縮小した基本計画案を発表した。しかし、建築家の森山高至さんは「当初のザハ・ハディド案のままでは実現できない」と指摘。修正された基本計画案でも問題があると批判する。いったいどこに欠点があるのか。森山さんに話を聞いた。(取材・構成:高橋洸佑)

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大きすぎて、動けなくなる「恐竜」と同じ

―「当初の案では実現できない」というのは、どういうことか?

森山:「まず、構造上の問題、アーチの問題です。もともとのデザインのうえで肝になるだろうと言われている2本の巨大なアーチ状の竜骨みたいな部分ですが、これがスケール的に、構造上のいろいろな作り方などを含めて、オーバーしているんですよね。大きすぎるんです。設計上の構造限界を超えています。絶滅する動物って、いるじゃないですか。大きくなりすぎて、体重が支えられなくなって、動けなくなる恐竜です。そういうラインを超えているのと同じです。

それを何とかしようと思って、いま、どんどん改変しようとしているんですよね。ただ、改変すればするほど、もともとのザハのデザインではないものになっているのですが・・・。それでもまだ、法的な問題を抱えています」

―法的な問題とは?

森山:「一つは、屋根の問題です。屋根というのは、燃えない材料を使わなければいけないんです。屋根とか、柱とか、床とか、壁というのは、主要構造部といって、安全性のため、建築基準法で『燃えない材料』にしなければいけないと決まっています。ところが、不燃材料でやろうとすると、ザハのデザインに見られる開閉式のグニャグニャの屋根は作れないのです。

屋根に使う膜構造というのは、4種類あります。このうち、燃えない膜構造というのは、A種・B種というものです。一方、C種ともう一つは、燃えるものです。東京ドームなんかは燃えない膜を使っているのですが、あれは折り曲げると折れてしまう。中にガラス繊維が入っているので、折りたためないのです。

したがって、折りたたむためには、柔らかいC種膜というのを使わなければいけないのですが、このC種というのはビニール製なので、燃えてしまうのです。そこで、屋根が燃えるというわけにはいかないから、『屋根』ではなくて『開閉式遮音装置』という名前を付けたんです。でも、これは嘘ですよね。名前を変えたって、屋根は屋根ですから。

もう一つ、デザイン上、地面のように見える平らなところがありますが、実は地面ではなくて、普通の地面よりコンクリートで10メートルくらい上げてある『人工地盤』というものになっています。したがって、この部分も地面ではなくて、建築物になります。土地の中で建物を何平米建てていいのかというルールが建築基準法で定められているのですが、人工地盤の部分も含めると、その法律上の割合を超えてしまうと思います」

―そのような法律上の問題は、発表された基本計画案でも改善されていないのか?

森山:「あの案で初めて、法律違反が明らかになったのです。基本計画案に細かく仕様が書いてあって、それによって法律違反ではないかということが明らかになった。それまではデザイン画しかないから、何も分かりませんでした。

アーチについては基本計画案でだいぶ変えてありますが、それでも今の計画でできるか、まだ分かりません。まだ詳しい資料が出ていませんから。前代未聞なんじゃないですかね。設計図ができたと表では言っているけど、実際には、まだできていないというのは・・・」

シェフにレシピだけ書かせて、料理をさせなかった

―なぜ、実現できないような計画案が採用されたのか?

森山:「当初の審査に問題があったと思います。審査員には、安藤忠雄さんなど高名な建築家の先生がいます。高名な建築の先生ということは分かっているのですが、建築家で高名であることと、建築の技術的な知識があるということは、イコールではありません。専門があるのです。安藤忠雄さんは美術館などを作る人で、それは、今回の競技場のような何万人もの人が出入りするような、巨大な施設と考え方が違うんですよね。

それにもかかわらず、『高名イコール何でもできる』というように解釈されてしまって、審査員長に任命されてしまった。お医者さんのたとえでいえば、高須美容クリニックの高須先生が癌の手術をどうやるか決めてしまった、という感じですね。

また、このコンペそのものが、デザインのみを選んで、実際に作るかどうかは日本側でやるからいいのだという仕組みになっていて、デザインそのものの実現性は完全に担保されていなかったようなところもあります。だから、すごく変則的なコンペだったのです。そのようなコンペは、通常はあまりない。シェフに料理のレシピだけ書かせて、料理はさせないという感じですね。料理のアイデア募集みたいな。そのアイデアの中で、変わった料理の提案を選んでしまったということです」

―一連の選考プロセスについて、建築の専門家としてどう思うか?

森山:「全然ダメだと思います。まず、プロセスが短すぎる。普通は募集から応募まで、半年以上は取らなければいけないのに、2カ月しかとっていません。コンペにしてイベントにしようというアイデアは良かったと思うのですが、もう少しちゃんと時間をかけるべきだったと思います。現時点でもう遅れているのだから、最初のスタート時点でもっとちゃんと時間を取って、話し合いもするというようにしておけばよかったのではないかと思います」

メモリアルな建物の「再利用」が世界の主流

―ちなみに、東京オリンピックの開催については、賛成か?

森山:「オリンピック自体は、前向きに進めればいいと思います。前回は戦後、日本が貧乏国だった時代に何とか開催した。それから50年以上たって、今の日本の姿を世界に表現する舞台だし、当時のことを思い出すこともできます。そういった意味で、古い施設を再利用してはどうかとは思います。

世界的にも今、古いメモリアルな建物を、耐震補強して残していこうというのが、割と主流です。ドイツも60年前の建物を直して、ワールドカップを開いています。時間もお金もかからないし、日本でも、古い建物を直してうまく使うということの先鞭をつけるという意味で、将来的にもプラスになるんじゃないかなと思います。

今の国立競技場は、観客席のところのすり鉢状のお皿と柱しかないような、いわばスケルトンの建物です。中が空洞だらけですよね。だから、あそこにレストランやトイレなど、いろいろな施設が組み込めるし、エレベーターも付けられる。あとは、サッカーなどが見えにくいという話もあると思いますが、それも、観客席にもう少し傾斜角を付けて、新たに増やしたりすれば対応できます」

参考リンク

・ザハ・ハディド案 -
・審査委員
・改定案
・東京五輪メイン会場「新国立競技場」何をもめてるの? - THEPAGE