黒海に沈んだロシア海軍のミサイル巡洋艦「モスクワ」。同艦が核弾頭付きのミサイルを搭載していたかもと一部の欧米メディアが報じました。もしかしたら、ロシアがその核ミサイルを使ったかもしれない可能性について考察します。

「モスクワ」は核弾頭を積んでいたのか?

 2022年4月14日、ロシア黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」が沈みました。ウクライナ軍の「ネプチューン」対艦巡航ミサイルによるものと言われていますが、欧米の一部メディアは、この「モスクワ」に核弾頭が搭載されていた可能性があるとも報じています。その可能性はあるのでしょうか。

 そもそも「モスクワ」は、東西冷戦さなかの1983(昭和58)年に就役しました。強力なアメリカ空母機動部隊に対抗するため、当時のソ連海軍が編み出した「対艦ミサイル飽和攻撃」を行えるよう、長射程対艦ミサイルを多数搭載したのが特徴です。

 そのミサイルの名は、P-1000「ヴルカーン」。なお、就役当初はやや性能に劣るP-500「バザーリト」を搭載していました。


スラヴァ級巡洋艦「モスクワ」の艦首。中央の130mm連装砲塔の左右に見える大型の筒がP-1000「ヴルカーン」対艦ミサイルの発射機(画像:NATO)。

 実は、このP-500とその改良発展型であるP-1000は、とてもユニークなシステムを備えています。それは、8発を「1つの編隊」として発射し、そのうちの1発が「編隊長機」の役割を果たすというものです。

 編隊を構成する残りの7発は、海面上100m以下の低空を這うように飛行しますが、編隊長機だけは高度数千mを飛行。搭載しているレーダーやセンサー類で得た情報を、低空飛行中の7発に随時伝えて誘導するのです。万一、もし編隊長機が撃墜されたり脱落したりした場合、同じ編隊の別のミサイルがその役を代行します。

 しかも、P-500は通常弾頭に加えて核弾頭も搭載でき、両方の弾頭が混成で発射された場合は、編隊長機の誘導で核弾頭搭載ミサイルを最大の目標であるアメリカ空母に誘導し、その他の通常弾頭搭載ミサイルは、それよりも小さな目標、すなわち空母の周囲にいる直掩の巡洋艦や駆逐艦などに向けて誘導するという「使い分け」まで行うことができました。

 なお、目標に突入する段階の終末誘導は、それぞれのミサイルが搭載したレーダーによって行われます。

 このような対艦ミサイル飽和攻撃を行うために、「モスクワ」を始めとしたスラヴァ級ミサイル巡洋艦は、P-500の連装発射筒を両舷で計8基16発備えているのです。ちなみに、この数は2編隊分を一斉に発射することができる数になります。このようなスラヴァ級の存在は、1980年代のアメリカ空母機動部隊にとって侮り難いものでした。

 その後、P-500の改良型として、P-1000「ヴルカーン」が開発され、1998(平成10)年に「モスクワ」もこの新型に換装しています。P-1000はP-500と比べて、システム全体の精度が向上したことに加え、射程もP-500の倍の約1000km(最大)程度に延伸されているのが特徴です。

脅しで核を使用する可能性も

 今回、「モスクワ」が沈没したことに関して、筆者(白石 光:戦史研究家)の推論をいくつか述べてみようと思います。

 ひとつは、P-1000ミサイルを搭載せずに出撃した可能性です。ウクライナには水上戦闘艦がほとんどないので、対地対艦攻撃が可能な巡航ミサイルならいざ知らず、水上戦闘にしか使えない対艦ミサイルは不要という考えです。ただ、もしP-1000未搭載で出撃後に、たとえばNATOの軍事介入などが生じた場合、いったん帰港し改めて搭載する手間を考えると、あまり現実的ではないといえるでしょう。

 ふたつ目は、通常弾頭のP-1000だけを搭載していた可能性で、これは常識に基づく妥当性の高い推察といえそうです。


スラヴァ級巡洋艦「モスクワ」が備えるP-1000「ヴルカーン」対艦ミサイルの発射機。手前の海軍歩兵と比べると巨大さがわかる(画像:NATO)。

 そして最後が、核弾頭を搭載していた可能性です。2022年2月24日にロシアがウクライナへ侵略を開始した直後の27日、ロシアのプーチン大統領は、軍に対して核戦力などの特別態勢への移行を下令しました。

 これは、「核の脅威」をちらつかせることで、アメリカやNATO(北大西洋条約機構)がウクライナ側に立って直接武力介入するのを阻止する目的を含んだ、多分に政治的メッセージの大きなものでしたが、その一環として、黒海艦隊の旗艦たる「モスクワ」に核弾頭を搭載していたとは考えられないでしょうか。前出した、一部の欧米メディアが報じている核弾頭搭載の可能性というのも、この核弾頭型P-1000ミサイルを指しています。

 今回の「核をちらつかせた脅し」は、最初に「下手に介入すれば核を使うかもよ」と脅しをかけ、次に「軍部へ核使用の対応を下令」と動いています。そこで、次の動きを推察すると、もしロシア側にとって著しく都合の悪い事態が生じた際には、3番目として「実際に脅しの1発を爆発させる」、というケースもあるのではないかと筆者は考えます。

ほとぼり冷めたころにシレっと回収か?

 なお、これまた推論ですが、実際に核兵器を使用する場合、連鎖的な世界核戦争を起こさせない手段として、たとえば、ウクライナの黒海沿岸部のきわめて人口が少ない場所、あるいは、無人の海上で爆発させるという方法があり得ます(特に後者の可能性が高いと思われます)。その場合、巡航ミサイルのような精密誘導は必要なく、P-1000でその役割を果たすことは可能といえるでしょう。

 あえて核弾頭装備の弾道ミサイルを発射したり、核爆弾を搭載した爆撃機を飛ばしたりして同様のことを行った場合、アメリカを始めとしたNATO諸国がすぐさま対応し、核兵器の連鎖的な使用から世界戦争に突入する可能性が高まります。しかし、すでに黒海のウクライナ沿岸部を遊弋(ゆうよく。敵に備え海上を巡回)している軍艦から対艦ミサイルを撃つのであれば、初動段階での意図の露呈と、連鎖的な核戦争勃発の危険性をかなり抑えて、「核爆発による脅し」をかけられます。そのようにロシア側が考えた可能性があると筆者は推察します。


スラヴァ級巡洋艦「モスクワ」が備えるP-1000「ヴルカーン」対艦ミサイルの発射機。右下の海軍兵士と比べると巨大さがわかる(画像:NATO)。

「モスクワ」の被弾で火災が発生した際、残された艦隊が後退したことの説明も、ネプチューン対艦ミサイルによる以降の攻撃を恐れただけでなく、「爆発も含む核事故の可能性」についても恐れたとは考えられないでしょうか。

 とはいえ、実は核弾頭は外的要因によって破損し、「放射能漏れ」こそ起こしかねませんが、そう簡単に爆発してしまうものではありません。ロシア側は「モスクワ」の炎上が鎮まったことで当座の危機が回避できたため、あえて同艦については沈むに任せて、あるいは意図的に沈めることで、搭載していた核弾頭の「冷却鎮静化」を図ったのかもしれません。

 だとすると、事態が鎮静化したのち、ロシアは「モスクワ」引き揚げの名目で核弾頭を回収するかもしれないのです。もしかしたら、そのようなプランを、すでに計画しているのかも。とはいえ、これら全て筆者の推論でしかないのですが。

 全人類にとっての悪夢とも言える核兵器が、沈没した巡洋艦「モスクワ」に積まれていないことを願っています。