「習近平を愛しています」と連呼させる…中国のウイグル人再教育センターの過酷すぎる実態
※本稿は、ジェフリー・ケイン、濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■海外からの帰国者は全員「再教育」の対象
「再教育センターに行ってもらいます」
「ある日、地区の当局から携帯電話に連絡がありました」とメイセムは振り返った。陳全国が新疆(しんきょう)トップに就任してからおよそ1週間後、2016年9月のことだった。
「役所に来てください。今日は大切なお話がありますので」と職員は言った。
「ふだんなら役所には母といっしょに行くのですが」とメイセムは私に語った。「でもその日はお母さんの体調が悪かったので、ひとりで行ったんです」
地元政府の庁舎に着いたメイセムは、海外留学や生活経験のあるウイグル人学生のうち知り合いのほぼ全員が手続きの列に並んでいることに気づいた。自分の順番が来ると、メイセムはカウンターの男性職員のところに行った。
「外国からの帰国者は全員、再教育センターに行ってもらいます」と職員は言った。「大切な会合がありますので、出席してください。その場所で1カ月にわたって勉強することになります」。職員は“その場所”がどんなところなのか具体的には説明しなかった。
「1カ月?」とメイセムは声をあげた。「大学院に戻らないといけないんですけど!」。予定では、2週間後にトルコに戻って修士課程の最終年をはじめることになっていた。「あなた方のくだらないプロパガンダを学ぶために、大学院での研究をあきらめろと言っているんですか?」
職員はくわしい事情を知らなかったことを謝ったが、大学院の開始に間に合うようにトルコに戻るための手助けはできないと言った。
メイセムの実家がある地区の監視員であるガーさんも庁舎内におり、出入りする全員に眼を光らせていた。
ガーさんはメイセムを脇のほうに連れていった。彼女が親切にしてくれているのか、あるいは脅そうとしているのか、メイセムには判断がつかなかった。ガーさんはいつも礼儀正しかったが、信用できない人物だった。
「よかった、まだ中国にいたのね。もう離れてしまったんじゃないかと思っていたんです。大きな変化があるようですよ。これがわたしの指示じゃないってことは理解しておいてくださいね。陳全国の指示なんです。彼は大きな計画を立てているっていう噂ですよ。つぎに何が起きるのか、わたしにはわかりません。でも、再教育のまえにあなたにお伝えしておきたくて」
■ウイグル人をテロリストにしないための施設
メイセムは、再教育センター行きの車の後部座席に乗り込むよう命じられた。1カ月分の服を取りに家に戻る機会は与えられなかった。
メイセムの母校の高校の横を通った車は、それから自宅の近所を過ぎていった。祖母のかつての住まいや地元の公園が眼に飛び込んできた。伝統的な日干しレンガ造りの家々、カシュガルの旧市街を取り囲む城壁が見えた。メイセムは、重大な過ちを犯したことに気づきはじめた。なぜこれほど簡単に自分の権利を放棄し、すぐに命令にしたがってしまったのか……。どこに連れていかれているのか、彼女にはまったくわからなかった。
1時間ほどたつと、目的の建物が視界に入ってきた。メイセムは、口から心臓が飛びだしそうなほどの緊張に襲われた。
「銃をもった迷彩服の軍人がいました。特殊部隊の黒い制服を着た警察官もいた。たくさんの人が、アサルト・ライフルや巨大な棒をもっていました」。のちに彼女はその棒が、スパイク付きの電気ショック警棒だと知ることになる。
「車を降りました。眼のまえにあったのは高校の建物でしたが、明らかに改装されて新しい施設に変わっていました。警察官たちがわたしを待っていました。金属探知機で体をチェックされたあと、ふたつの黒い鉄扉の奥へと連れていかれました」
メイセムは扉の上の看板の文字を読んだ──「わが国家の防衛は、すべての市民の義務である」。
戸口を抜けると、体のうしろで扉が急にバタンと閉まった。
「わたしは市民です。祖国を愛しています。祖国を偉大な国にします」というスローガンが壁に書かれていた。
「その場所の目的は、すべての“時代遅れ”の人々を現代的なライフスタイルへと引き入れることでした。つまり、わたしのような人間がテロリストになるのを防ぐための施設でした」
廊下の突き当りにまた扉があった。突如として扉が開き、警察官が飛びだしてきた。
「入りなさい」と彼は命じた。
扉の奥には、受付係がひとりいる不気味なロビーがあった。部屋の四隅には監視カメラが設置されている。
「どうして地区当局はわたしをここに送り込んだんですか?」とメイセムは訊いた。「何をしなくちゃいけないんですか?」
「質問をしないでください。坐って待っていてください」と受付係はぴしゃりと言った。
■「われわれは、きみを助けようとしているだけだ」
10分後、警備員に付き添われた数十人の身なりのいい年配の男女が部屋に入ってきた。
「これはどういうことなの⁈」と、派手な宝石を身につけた年配の女性が声をあげた。「わたしを誰だかわかってらっしゃる⁈ わたしの夫は、副知事のために働いているんですよ!」
黒い特殊部隊の制服を着た10人ほどの警察官が部屋のまえに立ち、そのうちひとりが「政治的再教育コース」をはじめることを宣言した。再教育センターで必須となる教化のためのコースで、1日6時間にわたって続くという。部屋の人々は怒りをあらわにした。
警察官のひとりが静かにしろと叫んだ。
「この部屋には問題がある」と彼はまわりの人々に向かって説明した。「この場所はずいぶんと汚れている。掃除しなくてはいけない。誰か、掃除をしてくれる人は?」
数人の若い女性たちが机を拭き、床を磨きはじめた。率先して手伝いをすれば、警察に良い印象を与えられると思ったのだろう。
「おまえ!」と警察官のひとりが言い、50人ほどの人々のなかからメイセムを引っぱりだした。「どうやら、おまえがここでいちばん年下のようだ。おまえは窓を拭け」
「それが新たな問題のはじまりでした」と、メイセムは当時の様子について振り返った。「わたしはいちばん年下だったので、追加の仕事を押しつけられたんです。『政治について勉強する、と言われてわたしたちはここに連れてこられました。窓拭きをするなんて聞いていません』とわたしは抗議しました」
看守たちは苦い顔をした。「おまえはセンター長と面談だ」と看守のひとりがメイセムに言った。
メイセムは、すぐ近くにある再教育センター長の部屋に連れていかれた。センター長はぶっきらぼうに尋ねた。「地位の高い親戚は?」
「わたしは立派な家の出です」とメイセムは言った。
「きみは窓を掃除しなさい」とセンター長は無表情で応えた。「われわれは、きみを助けようとしているだけだ」
メイセムは拒否した。するとセンター長は机から書類の束を引っぱりだし、それから誰かに電話をかけた。
「若い娘がいてな、窓を拭きたくないというんだ。なので、そちらでしばらく教育してくれないだろうか?」
看守に導かれ、メイセムは廊下を抜けて外に出た。部屋を出るとき、ほかの被収容者たちが職員に訴えかけた。
「大目に見てやってくださいよ」とひとりの女性は言った。「まだ若い女の子なんだから」
建物の外にパトカーがやってきた。
「拘留センターに連れていけ」とセンター長は運転手に指示した。メイセムは以前にも、警察が「拘留センター」という言葉を使うのを聞いたことがあった。その夏に参加していた授業と同じような、プロパガンダのコースが行なわれる場所にちがいないと彼女は考えた。“拘留”という言葉がはるかに大きな意味をもつことなど、そのときのメイセムは知る由もなかった。「そっちのほうが、彼女に合っているはずだ」
■反抗すると拷問器具に数時間拘束される
「午前11時ごろでした」とメイセムは言った。
「そのころになると、大きな怒りが込み上げてきました。つぎに、失望と悲しみが交互に押し寄せてきた。わたしは車の後部座席に坐り、故郷の街のほうに眼を向けました。すると、どこからともなく涙があふれでてきて……もう自分では止めることができませんでした」
メイセムを乗せた車はすぐに、ふたつ目の収容所に着いた。
看守たちが「拘留センター」と呼ぶその施設は、大きな鉄扉がついた大規模な建物で、さきほどよりも多くの特殊部隊員がまわりを警備していた。メイセムは不気味な廊下を通り抜けていった。一方の壁には、ベールをまとった悲しそうな女性たちの絵。反対側の壁には、ワンピースとハイヒール姿の幸せそうな女性たちの絵が描かれている。
ロビーにやってくると、まずコンピューター・システムによる確認作業が行なわれた。直後、看守たちがメイセムを床に押し倒し、中庭のタイガー・チェアに体を固定し、それから去っていった。
しばらくして戻ってきた看守たちはストラップを外し、メイセムに立つように命じた。「両腕を上げて、そのままの姿勢で数時間じっとしてろ」とひとりが言った。
メイセムは言われたとおり、中庭で両腕を上げたまま突っ立った。
「動いたらどうなるか、わかってるだろうな」と看守は彼女に言った。
■施設の囚人は皆放心状態だった
2時間後、看守はメイセムにたいし、両手を上げた姿勢をもとに戻すように言った。それから、彼女は監房に連れていかれた。一般的な住宅の居間と同じ30平方メートルほどの室内には、20人ほどの女性がおり、2台のカメラが設置されていた。
メイセムの眼には、女性たちが放心状態にあるように見えた。坐っている人も立っている人もみな、ぼんやりと遠くを見つめていた。「わたしは誰にも話しかけなかったし、彼女たちもわたしには話しかけてきませんでした。誰もお互いを信用していなかった」
メイセムの直感は正しかった。
「多くの場合、警察は監房のリーダーを選ぶんです。リーダーは監房を管理し、囚人を見張り、誰かがルールを破ったら看守に知らせる。同房者と喧嘩したり、プロパガンダの勉強を怠ったりしたら告げ口する。監房がどういうふうに機能しているのかまだわからなかったので、わたしはとにかく目立たないようにしました」
■施設でのご褒美はカビの生えたパン
その夜、メイセムは一睡もできなかった。彼女の2段ベッドの横にはバケツが置かれており、女性たちが夜どおし代わる代わるやってきて排尿・排便した。室内にはひどい汚臭が充満していた。
こんなところから早く出なくちゃ、と彼女は考えた。
朝6時に起床のベルが鳴ったとき、メイセムはまだ寝られずに起きていた。監房の室内に、明るい蛍光灯の光が灯った。女性たちはベッドから飛び起きた。
さっとシャワーを浴びた囚人に与えられた最初の仕事は、中庭に出て隊列を組むことだった。彼女たちはそこで運動やストレッチをした。スピーカーから、動きの指示とプロパガンダが入り混じった女性の声が流れてきた。
「体を右に伸ばして! 左に伸ばして! そのまま!」
「繰り返してください! 習近平主席を愛しています! 共産党を愛しています! 自分たちの頭のなかにあるウイルスを取りのぞこう!」
囚人たちはその言葉を繰り返した。女性アナウンサーの声はさらに続いた。「心を清め、思想ウイルスを駆除しよう! わたしたちはみな、国を愛する善良な市民にならなければいけない!」
それから、もうひとつの朝の日課がはじまった。囚人たちは線のうしろに並んで立ち、膝を曲げ、全速力で走る準備をするよう指示された。女性の看守がそばに立ち、叫んだ。
「よーい、どん!」
1分間、囚人たちは中庭を全速力で駆け抜け、賞品のある場所に向かって走った──地面の上の皿に置かれた、カビの生えたパン。メイセムは運動が得意ではなかったものの、必死でがんばった。少しでも気を抜いたら罰を与えられるのではないかと不安だった。
「止まれ!」
女性たちは立ち止まり、息を整えた。
「では、勝者を発表します!」。看守たちは、もっとも速く走り、もっとも一生懸命がんばったと思われる10人ほどの女性たちを選んだ。メイセムも勝者のひとりに選ばれた。
「では、ご褒美を与えます」
看守は女性たち全員を食堂へ連れていき、朝食を与えた。メニューは、ゴール地点に置かれていたカビの生えたパンと白湯だった。走るのが遅かった女性の一部は、罰として朝食抜きになった。
「わたしは食べるのを拒みました」とメイセムは私に言った。「そのパンを食べたらお腹を壊すんじゃないかと心配になったんです。それにお湯は変色して、白い埃がかぶっていました。看守がわざと水を汚したんじゃないかと考えました」
■中国人の成功を高らかに語る謎の教育
つぎに待っていたのは、その日に行なわれるふたつの教化コースのひとつ目だった。教室に入ったメイセムはすぐに、隅々に監視カメラが設置されているのに気づいた。生徒に向けられたその高性能カメラは、顔の表情やノートの文字まで読み取ることができるものだった。
午前9時、講師が教室に入ってきた。女性の講師は教室のまえに立った。生徒たちの机と教壇のあいだは金属棒で仕切られ、左右の壁近くには警備員がひとりずつ立っていた。合図でもあったかのように、生徒たちはいっせいにノートを開いた。講師は男性のグループのほうに眼を向けた。
「子どものころ」と彼女は尋ねた。「携帯電話を見たことがありましたか?」
生徒たちはほぼいっせいに、「見たことがない」と身振りで示した。男性がひとり立ち上がった。
「食べ物もありませんでした。電気も水もありませんでした。テクノロジーもありませんでした。テレビが何かすら知りませんでした」と彼はロボットのように抑揚なく言った。「わたしたちは党と政府に感謝しています」
男性は坐った。
「中国人の成功を見てください!」と講師は大声で言った。「ちがいを見てください。わたしたちの偉大な国は、あなた方の町、学校、道路、病院を建設した。わたしたちのテクノロジーを見てください! 以前のあなた方には何もなかった。チャンスがあっても、自分たちを向上させる術を何ももっていなかった。われわれ偉大な中国人は、あなた方を現代の世界に導いたのです! では、法律の授業をはじめます」
メイセムは教室を見まわし、生徒たちの無表情な顔を見やった。みな、個人的な意見を言わないよう調教されているかのようだった。
「ここ中国では、法制度によってすべての少数民族の平等が保障されています」と講師は言った。
「ソビエト連邦には、数多くの少数民族がいました。ところが、それらの少数民族を守るためのしっかりとした政策がなかった。よって、ソ連は崩壊しました。しかし、中国は強い存在でありつづけます。中国はあなた方を守り、中国はあなた方を大切にします。わたしの父と母には、7、8人のきょうだいがいました。わたしたちは貧しかった。しかし政府は、ひとりっ子政策によって国民を正しい方向へと導いてくれました」と彼女は言い、家族内の出産数を制限する中国の以前からの政策について触れた。
「いま、わたしは裕福になりました。ふたりの子どもになんでも好きなものを与えることができます。わたしたちは政府に感謝しなければいけません。みなさんはとても頭がいい人たちだ。いまだ道端で働いている多くの人々よりも、あなた方は賢い。みんな海外に行った経験があるんですから。だからこそ、わたしたちの偉大な国家はあなた方をここに連れてきたんです。毎日、みなさんにお会いできることを、わたしはとても誇りに思います。だって、みなさんに知性があるとわかっていますから。では、頭の体操をしましょう」
講師は2本の水のペットボトルを机に置いた。ひとつは空で、もうひとつは水で満たされていた。
「水で満たされたこのボトルは『水で満たされている』とわたしは言います。でも、こちらの空のボトルも『水で満たされている』とわたしは思います。みなさんはどう思いますか?」
生徒のひとりが手を挙げて立ち上がった。「両方のボトルが水で満たされています」
「すばらしい!」
メイセムは、眼のまえで行なわれている奇怪な心理ゲームについて理解しようとした。
この不快きわまりない刑務所はすばらしい場所だと講師はわたしたちを洗脳しようとしている、とメイセムは考えた。講師が良いと言えば、すべてが良いことになる。講師は、わたしたち自身の現実を疑うよう仕向けている。
室内のほかの生徒たちを見まわすと、みな無言で無表情のままだった。
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ジェフリー・ケイン調査報道ジャーナリスト
アメリカ人の調査報道ジャーナリスト/テックライター。アジアと中東地域を取材し、エコノミスト誌、タイム誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など多数の雑誌・新聞に寄稿。2022年1月現在はトルコ・イスタンブールに在住。
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(調査報道ジャーナリスト ジェフリー・ケイン)