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 今回、紹介させていただくのは、2021年7月10日、東京・高田馬場の地で産声を上げた『ふく流らーめん轍(わだち) 東京高田馬場本店』(※以降、『轍 高田馬場店』と略称します)。

『ふく流らーめん轍』と言えば、近畿圏に本拠を置くラーメンマニアであれば「その名を知らぬ者はいない」と断言して差し支えないほどの人気店。生活拠点を近畿圏の外に置くマニアであっても、大阪来訪の際に『轍』に足を運ばれた方は相当数いらっしゃるのではないかと思います。

 と、ここで『ふく流らーめん轍』の歴史について、ごく簡単に紹介しておきましょう。『轍』の歴史は、2014年3月、福山修司氏が大阪・西本町の地に1号店(現在の『本町本店』)を開業したところから始まります。福山氏は、関西ラーメン界の名門『らーめんstyleJUNKSTORY』(大阪・谷町九丁目)において、2年数ヶ月間の修業を重ねた後、独立。修業時代から腕利きで知られていた福山氏。1号店をオープンした当初から、同氏が手掛ける1杯を求めて全国各地からラーメンマニアが駆け付けるなど、首尾上々の滑り出しでした。

 その後の経過も順調そのもの。『ミシュランガイド京都・大阪』への掲載、『食べログラーメン百名店』への選出など、その実力にふさわしい数々の栄誉に浴し、1号店の開業からわずか数年の間に、大阪市内に数店舗を構えるまでに至っています。2021年現在、大阪で最も勢いのあるラーメン店のひとつと言えるでしょう。

『轍 高田馬場店』はJRと西武新宿線の高田馬場駅から徒歩3分、東西線の同駅からだと徒歩1分足らず。場所は『二代目海老そばけいすけ』からカレー店を経て、直近に『石器ラーメン』が入っていた物件

 そんな大阪ラーメンシーンのレジェンドが今般、満を持して都内への進出を果たしたわけです。東京の地で、遠く離れた大阪の名店の味が堪能できることに喜びを感じるのは、ラーメン好きであれば当然のこと。それに加え、「東京と大阪の店とで、提供するラーメンの素材や味は違うのか」など、自分自身の舌で確認しておきたかったこともあり、短期のスパンで同じ店をリピート訪問することはない私としては珍しく、オープン直後と本年11月の二度にわたって、『轍高田馬場店』へと足を運んできた次第です。

 ちなみに店長の高橋勇矢氏によれば、「以前から東京で勝負したいという思いはありました。そして、東京で勝負するのであれば激戦区へと進出し、『轍』の味がどこまで通じるのかを試してみたかった。だから、あえて東京で1、2を争うラーメン激戦区である高田馬場に店を出したのです」とのこと。

席はカウンターのみで10席

 その抱負を具体的な形として体現させたかのような、品の良さと普遍性を兼ね備えた店構え。地元・高田馬場から長年にわたって愛され続けることを目指す『轍』グループの気概が垣間見えたような気がして、期待が否応なく高まります。

王道から変わり種まで、どれを食べても旨いラーメンたち!

「ふく流らーめん」880円

 気を引き締めて店舗の入口をくぐれば、向かってすぐ左手に券売機が鎮座。レギュラーメニューは、「ふく流らーめん」、「煮干しらーめん」、「マゼニボジャンキー」の3種類。「ふく流らーめん」は、商品名に屋号の一部分を冠した『轍』のフラッグシップメニュー。券売機のボタンを見ても、同メニューとそのバリエーションが最も左の列を占拠し、看板メニューであることを明快に主張しています。

 同品は、ここ数年、近畿圏(特に大阪・京都・奈良の3県)において空前のブームを巻き起こしている、スープをブレンダーで泡立てた「泡系ラーメン」。

 スープは、鮮度が良い国産種鶏の胴ガラ・モミジ・ゲンコツを、巨大な圧力鍋で2度加圧。「1度目に抽出した、白湯スープと鶏ガラを圧力鍋に戻して、再度強火で圧力を掛けることで、素材が本来持ち合わせるうま味・コク・香りの3者を最大限にまで引き出した豊潤な鶏白湯スープが出来上がります」(店長・高橋さん)。

 時間、手間を惜しまず、まるで伝統工芸品を紡ぎ出すかのように丁寧に創り上げられるスープ。このラーメンづくりに対する真摯な姿勢が、同店を大阪トップクラスの実力店にまで押し上げた大きな原動力のひとつでしょう。

口内で泡が弾ける度に濃厚な鶏の味が広がる

 それだけではありません。同店では、提供する直前に泡立てたこの鶏白湯スープに、さらに、徳島県産の木頭柚子と特製の昆布出汁を用いた純白のエスプーマを加え、うま味と香りの重層化を図っています。

 啜るとまず、フレッシュな鶏の滋味が口の中いっぱいに拡散。特に、泡化したスープは、滋味の塊として口腔壁にピタリと張り付き、長時間にわたって味蕾を刺激し続けます。泡の触感も滑らか、かつきめ細やかで、まるで絹(シルク)のごとし。

スープの滑らかな味わいに調和するように絡まるモチモチの細麺

 鶏のうま味とコクにその身を委ねていると、やがて、「柚子と昆布のエスプーマ」という「もうひとつの泡」から放たれる香味が、他に類を見ない清涼感をもたらします。

 さすがは、泡系ラーメンの本場・大阪で名店と謳われる『轍』の看板メニューだけのことはあって、水も漏らさない鉄壁の完成度。言うなれば、泡に別の泡を合わせた「泡on泡」な1杯。本来の範疇を超え、飲むというより「食べる」という表現が相応しいステージにまで昇華したスープを前に、食べ手は、レンゲを持つ手を止めることすら困難でしょう。

大阪うどんを彷彿させる「煮干しらーめん」

「煮干しらーめん」880円

 2種類のイワシと昆布をひと晩寝かせてうま味の粋を抽出し、さらに、サンマとウルメを加え、雑味やエグ味を徹底的に取り除きながら、うま味と香りが極大化されるよう丁寧に炊き上げたスープが、『轍』の『煮干しらーめん』を構成する根幹。

 高橋店長によれば、「スープを作っている間は、ひと時もそばを離れることはできません。それくらい、この『煮干しらーめん』のスープは、繊細な代物なんです」とのこと。

煮干のうま味を凝縮したスープでレンゲが止まらなくなる

 このスープに甘み豊かな背脂や、モッチリとした食感の極太麺を合わせた1杯は、まるで関西で食されている饂飩(うどん)のような味わい。

スープの風味をしっかりと吸ってくれる太麺

「『轍高田馬場店』のラーメンの麺は、いずれも都内の大正6年創業の名門製麺所『大成食品』に発注していますが、特に、この『煮干し』の太麺は、スープの風味をしっかりと吸ってくれる味わい深い作品だと思います」と、胸を張る高橋店長。

 食べ初めから時間が経つにつれて、スープを啜っているか、麺を啜っているかさえ分からなくなってしまいそうになるほど、スープと麺の風味がピタリと一体化。ザックリと大きく切られた九条ネギなど、ビジュアル面においても、関西の饂飩に寄せようとしていることが分かります。

 都内に、煮干しラーメンを提供する店は星の数ほどありますが、この1杯は、コンセプト、味わい共に出色のオリジナリティ。ラーメン好きであれば、一度は召し上がっていただきたい優良杯です。

まぜそばの最高峰と名高い「マゼニボジャンキー」

「マゼニボジャンキー」880円

 また、知る人ぞ知る『轍』の大人気メニューであり、『マゼニボジャンキー』こそ、まぜそばの最高峰、と太鼓判を押すマニアもいるほど伝説的な1杯です。パンチ力のある煮干し出汁と、上質なうま味を凝縮させた超濃厚カエシとを、絶妙なバランス感覚でブレンドさせたスープのけん引力は“強烈”のひと言。

 このスープと、デフォルトで盛り付けられる大量の煮干し魚粉の直線的なうま味とが舌の上で一と化すことによって生まれる味わいは、香り・うま味・苦みのすべてを兼ね備えた煮干しが、甘辛いカエシの大海の中を悠々と泳いでいるかのよう。

 ここまで、煮干しとカエシとが、その持ち味が活かされた形で対等に並び立つ「まぜそば」は、稀有。都内のまぜそばシーンに一石を投じる可能性すら大いにあり得る、必食の1杯です。

「鶏チャーシュー」2枚200円。※写真は撮影用に特別に用意してもらったもの。通常の提供方法とは異なります

「トッピングにもこだわっています。特に、鶏チャーシューには規格外の手間ひまを掛けていますよ」と、笑う店長。

 鶏チャーシューに用いるのは、新鮮な国産鶏のムネ肉。温度管理に細心の注意を払いながら熱を通し、その後、柚子の香りをまとわせた上で、香りを演出するために肉の表面に炙りを入れるそう。この鶏チャーシューだけでも、それを肴に際限なく箸を進めることができそうな、会心の出来映えです。

東京高田馬場店を任された高橋店長

「作り手としては、ラーメンをお客さまに喜んでいただけた時が、一番うれしいんです。これからも、一人でも多くの人に幸せな気持ちを抱いてもらえるような1杯を創っていきたいと思います」と、将来展望を語る店長。激戦区高田馬場に、またひとつ期待の新星が生まれました。万難を排して足を運んでいただければ幸いです。

●SHOP INFO

店名:ふく流らーめん 轍 東京高田馬場本店(わだち)

住:東京都新宿区高田馬場2-14-3 三桂ビル 1F
TEL:03-6457-3345
営:11:30~15:00(L.O.14:30)、17:00~23:00(L.O.22:30)
休:不定休

●著者プロフィール

田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。