TGVは2021年で運行開始40周年を迎えた。最初に登場したオレンジ色のTGV(筆者撮影)

フランスを象徴する高速列車「TGV」が2021年9月で開業40周年を迎えた。1981年9月22日、選出されたばかりのミッテラン大統領(当時)が見送る中、オレンジ色の高速列車はフランス国民の期待を背負ってパリ・リヨン駅を出発、リヨンへと向かった。

【2021年10月13日18時20分 追記】記事初出時、駅名に誤りがあったため上記のように修正しました。

それから40年。TGVのネットワークはフランス国内だけでなく近隣国へも乗り入れ、欧州を代表する高速列車として発展を続けている。さらに、脱炭素を目指す環境意識の高まりで、欧州では長距離移動の需要が航空機から列車へとシフトする中、TGVの存在感はますます高まっている。

日本から「世界最速」の座を奪取

フランスで高速鉄道敷設の計画が始まったのは1960年代の前半とされる。計画策定に当たり、きっかけとなったのは日本で新幹線の建設が始まったためともいわれる。しかし、着工に向けての政府承認が出たのは1976年のことで、その後本格的な工事が始まった。


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TGVの開業は、東北・上越新幹線開業の前年だったこともあり、日本でも大いに注目された。新幹線は1964年の開業以来、時速210kmで世界一の速さを誇っていたが、その後のスピードアップはなかった。そこに登場したTGVは、当時の新幹線より時速50kmも速い最高営業速度260kmを実現。「世界一速い列車」の座はフランスに譲ることとなり、日本人に少なからずショックを与えた。最高速度はのちに時速270kmに引き上げられた。

TGVは計画段階で新幹線の存在が意識されたというものの、車両の構造は大きく異なる。1981年に登場した「TGV-PSE」(TGV Sud-Estとも呼ぶ)編成以来、現在に至るまで両端が電気機関車という「動力集中式」で、これは各車両にモーターを分散配置している新幹線との大きな違いだ。連結部に台車を置いた「連接車」である点も特徴だ。

路線の考え方も新幹線とは異なる。在来線とは別の新線を全線にわたって敷設した新幹線(フル規格)に対し、TGVは郊外に「高速専用線」(LGV)を造る一方、在来線に乗り入れて柔軟な運行を行い、都心のターミナル駅などは従来の施設を共用している。これが可能なのは、そもそも欧州の鉄道が高速新線も在来線も標準軌(1435mm)であるためだ。


TGVは車体間に台車のある「連接車」だ(筆者撮影)

LGVは貨物列車を運行しない高速旅客列車専用としたことで、最急勾配35‰ときつい上り坂を許容。トンネルや橋梁の建設を最小限に抑えた。最初にTGVが走った「LGV南東線」(273km)にトンネルは1カ所もない。

1981年以降、高速専用線LGVの敷設は着々と進んだ。1989年9月にはパリからフランス西部に向かう「LGV大西洋線」が部分開業、翌年にはトゥールまでの全線180kmがつながった。同線には銀色に青帯の新型車両「TGV Atlantique(アトランティーク)」を投入し、営業最高速度世界一を塗り替える時速300kmで運転を実現した。日本では同年、上越新幹線の一部区間で時速275km運転を実施したが、スピードではTGVが一歩先を行く状態が続いた。

スピード最高記録は驚異の574.8km

あくなきスピードの追求はTGVの歴史の中でも特筆すべき点の1つだろう。もともとフランスは高速化に熱心で、TGV開業前に造られたガスタービン駆動の試作車「TGV001」は1972年に時速318kmを記録。南東線の開業に先立つ1981年2月には、営業用と同じ車両で時速380kmを記録した。


その後もスピードへの挑戦は続く。大西洋線延長区間の営業運行開始前の1990年5月にはTGVアトランティークの営業用編成を改装して高速走行実験を行い、鉄車輪を使う従来式鉄道としては前人未到のスピードである時速515.3kmを記録し、世界を驚かせた。

一方、日本で営業最高速度が時速300kmに達したのは500系「のぞみ」が登場した1997年で、ここで新幹線はTGVアトランティークと並ぶ「世界最速」の座に久しぶりに返り咲いた。高速試験では1996年7月にJR東海の試験車「300X」が時速443kmを記録したが、その後の速度記録はリニアに移行している。

だが、TGVはその後もスピードへの挑戦を続け、2007年には当時開業直前のLGV東ヨーロッパ線を使用した高速試験を実施。同年4月3日には従来式鉄道として過去最高の時速574.8kmを記録した。

路線の拡張も進んだ。1990年の大西洋線に続き、1992年には南東線のリヨンから南方向に向かう「LGVローヌ・アルプ線」が一部開業し、1994年に南東部の都市ヴァランス(Valence)までの全線(115km)が開通した。パリから北方向に延びる「LGV北線」(333km)も1993年にリールまで開業している。


英仏海峡トンネルを通ってイギリスと欧州大陸を結ぶ国際特急「ユーロスター」。初代車両はTGVがベースだ(筆者撮影)

TGVはフランス国内に着々と路線網を築く一方、1990年代半ば以降は国際列車としての存在感も高めていく。1994年には「ナポレオン以来の悲願」とされた英仏(ドーバー)海峡をくぐるユーロトンネルの開通により、パリ北駅/ブリュッセル南駅―ロンドン・ウォータールー駅間で国際特急列車「ユーロスター」の運転が始まった。現在も活躍を続ける初代ユーロスター車両はTGVがベースだ。


フランス・ベルギー・オランダ・ドイツの4カ国を結ぶ「タリス」。写真の車両はドイツ以外の3国を走る車両(PBA型)だ(筆者撮影)

1996年には、TGV車両を使った新たな国際高速列車「タリス(Thalys)」の運行が始まった。フランス、ベルギー、オランダ、ドイツの都市間を結ぶ高速列車で、各国の鉄道会社が共同で立ち上げたブランドだ。1997年にはベルギー国内に高速専用線「HSL 1」が開通し、ブリュッセルとパリ・ロンドン間の高速化が実現した。タリスはその後、ベルギーから独アーヘン、ケルン方面への運行も行われている。

需要増加で2階建て車登場

1990年代半ばには、車両の面でも新たな展開があった。客車部分を2階建てとした「TGV Duplex(デュープレックス)」の登場だ。


TGVデュープレックスの2階にあるカフェ(筆者撮影)

TGVは在来線を使って都市中心部にある駅に乗り入れているが、需要の拡大によってターミナル駅に出入りする線路の「渋滞」が問題化した。郊外を走るLGV部分の線路容量は空いていても駅に入れないため、TGVの増発が難しくなってきたのだ。

そこで1995年に登場したのがTGVデュープレックスだった。10両(客車部分は8両)の定員は初期型の「TGV-PSE」と比べ4割多い516人に増加。10両編成を2つ連結した20両の長大編成による運転も頻繁に行われており、輸送力の増強に大きな役割を果たしている。

21世紀に入ると、ヴァランスからさらに南に延びる「LGV地中海線」(391.7km)が2001年に開業、パリから南仏のアヴィニョン、ニーム、マルセイユまでが高速新線で結ばれた。これにより、従来は航空機に依存していたパリ―南仏間の輸送シェアが大きく変わった。TGVはパリ―マルセイユ間約750kmを3時間以内で結び、現在では旅客シェアの3分の2以上を鉄道が占めている。


パリ東駅で顔を並べるTGV(手前)とドイツのICE(筆者撮影)

ネットワークはさらに延び、2007年にはパリ近郊とアルザス地方のストラスブールとを結ぶ「LGV東ヨーロッパ線」が部分開業(300km)した。これにより、ドイツ、スイス、ルクセンブルクへの直行便が開設され、TGVによる国際列車ネットワークがさらに拡大した。

さらなる列車へのシフト狙う

2017年7月には、「LGVブルターニュ―ペイ・ド・ラ・ロワール線」(182km)と「LGV南ヨーロッパ大西洋線(南西線とも)」が同時に開業した。今のところ、この2線区がもっとも新しい路線だ。


シャルル・ド・ゴール空港駅に停車するTGV。国内航空では対抗するが航空との結節も重視している(筆者撮影)

前者は、LGV大西洋線ル・マン付近から分岐し、パリから見て西側に位置するラヴァル、レンヌ、ナントなどへの所要時間短縮を果たした。一方の南西線は、既存のLGV大西洋線のトゥールとボルドーを結ぶ302kmの路線で、これによりパリ―ボルドー間の所要時間が従来の3時間半から2時間強に短縮。ボルドーへの列車はパリだけでなく北部のリール、シャルル・ド・ゴール空港経由の設定もあり、国内航空路線から高速列車へのシフトを図ろうとする狙いも見て取れる。


9月22日にパリ・リヨン駅で開いたTGV40周年祝賀行事に出席したマクロン大統領は、2024年の投入を目指す新型車両「TGV M」のモデルを前に、改めてLGV延長の意向を示した。


9月22日にパリ・リヨン駅で開いた40周年記念式典で、新型車両「TGV M」を前にあいさつするマクロン大統領(写真:AFP=時事)

これは全長2700kmに及ぶ計画で、1つは南ヨーロッパ大西洋線終点のボルドーと南部トゥールーズの間、もう1つは南仏のニースからマルセイユ、モンペリエ、ベジエを結ぶ路線だ。2030年から5年以内の完成を目標としている。

コロナ禍によって鉄道も航空も瀕死の状態に陥る中、フランス政府はエールフランスへの支援に際して国内線の運航を削減し、高速鉄道へのシフトを進めることを条件とした。マクロン大統領は就任当初、在任中のLGV延長を否定し、「近距離通勤網の拡充を進める」としていたが、コロナ禍での交通機関救済にあたっては脱炭素社会への移行を念頭に、航空業界には大ナタをふるう一方、LGVの整備を重要課題としたわけだ。

高速列車同士の競争時代に

一方で、TGVには航空とは別のライバルが出現する。「オープンアクセス」による外国資本の高速列車がいよいよフランスにも進出するのだ。

これはインフラ保有と列車運行を別々とする「上下分離方式」に基づく市場開放で、従来の国鉄だけでなく、鉄道施設管理者から外資を含む民間オペレーターが運行枠を買い取って列車を走らせる仕組みだ。今年中にはイタリア鉄道子会社のテッロ(Thello)がミラノ―リヨン―パリ間の運行を開始する予定で、来年にはスペイン国鉄(Renfe)がリヨン―マルセイユ間に参入の見込みだ。


フランスの格安高速列車「Ouigo」(写真:kipgodi/iStock)

これらの新勢力に対し、フランス国鉄(SNCF)は2013年に運行を始めた格安航空(LCC)の列車版「Ouigo(ウィゴー)」を増強して対抗する。マクロン大統領が披露した「TGV M」は高速化を狙うのではなく、エネルギー効率の拡大を目指すという。車内レイアウトへの工夫や1等車の廃止で、乗車定員を従来形より20%以上増やす計画だ。

TGVの40周年はコロナ禍からの経済復興のみならず、気候変動という大きな課題がのし掛かり、鉄道を含む公共交通機関の仕組み全体が「新時代への転換点」に差し掛かったタイミングと重なった。課題が山積する中、欧州におけるTGVや高速列車を取り巻く環境は今後、どのように変化していくのだろうか。