3Dプリンターで複雑な和牛肉の構造を再現したり、3Dバイオプリンターでチキンナゲットを生成したりと、近年3Dプリンターを調理器具として利用する研究が行われています。そして、コロンビア大学の研究チームは鶏肉を3Dプリンターで出力するだけではなく、さらに3種類のレーザーを使って肉を焼くという「デジタルな調理法」を開発しました。

Precision cooking for printed foods via multiwavelength lasers | npj Science of Food

http://dx.doi.org/10.1038/s41538-021-00107-1

Engineers figured out how to cook 3D-printed chicken with lasers | Ars Technica

https://arstechnica.com/science/2021/09/engineers-figured-out-how-to-cook-3d-printed-chicken-with-lasers/

鶏肉をどのように3Dプリンターで出力し、どうやって焼いているのかは以下のムービーを見るとよくわかります。

Robots that Cook: precision cooking with multiwavelength lasers - YouTube

これまで肉を焼くには、オーブンや直火などの手法が用いられてきました。



今回、研究チームが取り組んだのはレーザーを使って肉を焼き、中まで火を通す方法です。



まず3Dプリンターで出力する鶏肉は……



フードプロセッサーでペースト状になるまで粉砕されます。



そして、ペースト状になった鶏肉を3Dプリンターで、1ミリ単位で正確に出力します。成形します。ただし、今の成形技術では鶏肉を立体的に出力することは非常に高難度とのことで、今回は薄いチップ状での成形となります。



今回の研究で用いられたレーザーは3種類。1つは波長445nmの青色レーザー。



そして、波長980nmの近赤外域(NIR)レーザー



最後に、波長10.6μmの中赤外域(MIR)レーザーです。



レーザーは、円を何度も重ねながら正確に鶏肉の上を走らせていきます。研究チームは円の直径や数を調整しながら、鶏肉を効率良く焼くためのパターンを模索しました。



なお、直火やオーブンではなく「レーザーで焼く」という手法のメリットは、加熱パターンを細かく設定できること。例えば以下のような複雑な模様の加熱パターンを作成することも可能。



青色レーザーを当てた時の鶏肉の表面温度をモニタリングしたCGモデルが以下。全体が加熱されるオーブンや直火と違って、レーザーによる加熱は局所的なものなので、レーザーの出力エネルギーや周波数、レーザーを動かす速度によって火の通り具合が変わります。特に鶏肉の場合、寄生虫や食中毒の原因となる菌を殺菌するため、約70℃以上に加熱する必要があり、火の通り具合は非常に重要。



以下のグラフはレーザーの総照射時間(横軸)と鶏肉の内部温度(縦軸)をまとめたもので、「Maximum」が最大内部温度、「Realtime」がリアルタイムに計測した内部温度。左のグラフが1つの加熱パターンを4回繰り返して走らせた場合、右のグラフが1つの加熱パターンを1回だけ走らせてじっくり焼いた場合です。左右のグラフの「Realtime」を比較すると、1回だけ走らせた場合の方がじっくりかつ効率良く内部まで焼けています。



内部温度がすぐに上がってしまうと、水分の蒸発につながり、肉の食感にも影響を与えます。これが焼く前の鶏肉。



そして焼いた後の鶏肉はこんな感じ。焼くことで水分が飛ぶので、身が収縮し、重量も軽くなるというわけです。



青色レーザーとNIRレーザーで焼き上がりを比較した場合、青色レーザーの方が鶏肉の重量と体積のロスが大きくなる傾向があると判明しました。つまり、NIRレーザーの方はより多くの水分を残しつつ火を通すことができるので、よりジューシーに焼き上がるというわけです。



さらに、レーザーは透明なパッケージを通過するので、パッケージに入れたまま肉を焼くこともできます。



肉に火を通したら、最後にMIRレーザーで焼き目をつけます。青色レーザーはより内部まで熱が浸透しやすいという特徴を持つのに対して、MIRレーザーは肉の表面を焼くのに適しています。複数の周波のレーザーを使い分けることで、中までしっかりと火を通しながら適度に表面が焼けるように鶏肉を調理することが可能になります。



実際にレーザーで焼いた鶏肉の断面はこんな感じ。



研究チームはパクリと一口食べて……



にっこりと微笑みました。実験では2人のテスターが味見をした上で、「レーザーで焼いた鶏肉の方が食感が良く、ジューシー」と評価しましたが、一方で「歯科医が歯に詰め物をするためにレーザーを照射した時みたいな匂いがする」「味にわずかに金属っぽさがある」という感想もあったそうです。



研究チームは、今回の研究内容はあくまでも基礎的なものであり、すぐに応用できるレベルではないとしています。しかし、将来的には調理を完全にデジタル制御下に置き、食品に対する考え方に変革をもたらすことができるだろうと述べています。