「メンタルを鍛えようとしてはいけない」数々のトップアスリートを救った発想の転換
文部科学省の疲労研究班が行った調査では、日本人のおよそ6割は「慢性的な疲れを抱えながら暮らしている」そうです。また、ビジネスパーソン3000人を対象に実施された最新のアンケート調査では、なんと8割以上の人が「日頃から疲れを感じている」と回答しています。
なぜ日本人は、こんなにも疲れを抱えているのでしょうか?
「動作解析」の専門家で、多くの現役プロスポーツ選手を指導するメディカルトレーナーの夏嶋隆さんによれば、
「ストレスなどによる精神的疲労や、情報化社会にさらされている脳の疲労など、さまざまな要因が絡み合って“疲労”は生まれます。しかし、疲労がとれない大きな要因の1つは、日本人の多くが“疲れる姿勢”“疲れる動作”を習慣にしていることが挙げられます」
夏嶋さんの著書『疲れないカラダ大図鑑』では、この“疲れる姿勢・動作”を“疲れない姿勢・動作”に変えることで肉体的疲労を改善する方法のほか、精神的疲労や脳疲労を解消するための“疲れない生活習慣”を紹介しています。
ここでは、プロアスリートも実践してるという「メンタルコントロール術」に焦点をあてて紹介したいと思います。
(※本稿は『疲れないカラダ大図鑑』(夏嶋隆著・アスコム)の一部を再編集したものです。)
「鋼のメンタル」を手にする方法
何が起きても動じない、疲れない、つねにベストパフォーマンスを発揮できる「鋼のメンタル」を誰もが欲しいことでしょう。
スポーツ界でもよく「メンタルを鍛える」ことの大切さがうたわれます。昔から勝負事には「心技体」が重要だとされていますが、果たしてどうすれば目には見えない心を鍛えることができるのでしょうか?
その答えは、「メンタルを鍛えようとしないこと」です。
いきなり禅問答のようになってしまいましたが、数々のアスリートと接する中で、このように確信しています。アスリートが一流になれるかなれないかの境目は、どれだけ「技術」を伸ばすことができたか否かです。つねに向上心を持ち、トレーニングを実直に続けられた選手は、技術の向上とともにメンタルも強くなっていきます。
なぜなら、何百回、何千回と同じトレーニングをして身につけた技術は、体に刷り込まれているため、どんなに緊張する場面でも心を乱すことなく力を発揮できるからです。もし、「本番に弱い」という選手がいるとすれば、それはまだまだ技術が伴っていないからだと言い換えることができます。
たとえば、テニスの大坂なおみ選手は、長く「メンタルが弱い」と言われてきました。しかし、全豪オープンで優勝してからは「メンタルが成長した」と評されています。この間、彼女がしたことは4人の信頼できるトレーナーたちとともに、徹底的にテニスの技術を磨いたことに他なりません。自分の苦手なショットや、考えうる試合展開を徹底的に分析していくことで、1つ1つ、不安要素を消していったのです。
その「結果として」、彼女は何事にも動じない「鋼のメンタル」を手にすることができたといえます。
ビジネスでのメンタルも技術が決める
一般の人が「メンタルを強く」「本番に強く」なるためにも、同じことがいえます。
メンタルを強くしようと、自己暗示のような心理学的アプローチをしても、技術が伴っていなければ、本番での不安が消えることはないでしょう。
たとえば、絶対に失敗できないプレゼンがあるとしましょう。何も準備をしないままプレゼンに臨めば、本番前は不安に押しつぶされそうになり、本番中はイレギュラーな事態にパニックになるかもしれません。準備不足だと、誰だってそうなります。
しかし、プレゼンに向けてあらゆる準備を行い、練習を重ねて技術を高め、考えうるプレゼン中のトラブルをあらかじめ想定しておけば、不安や緊張は必ず和らぎます。もちろん、それでも緊張してしまう、不安になってしまうのが人間というものです。しかし、少なくとも、徹底的に技術を磨いておくことは、自己暗示をかけるなどの心理学的アプローチに比べて、圧倒的にあなたの心を安定させてくれるでしょう。
ただし、技術を鍛えるためには「努力」が必要です。そして、努力をするには、つねに「向上心」を持ち、人の意見に耳を貸す「素直さ」、そして自分の人生は自分で切り開くという「積極性」が必要です。
これを達成したいという明確な向上心を持ち、上司や後輩の意見をしっかりと聞き、自分が間違えていたら素直に改善し、そして他人本意ではなく自分で課題を解決するために努力を重ねる。これを繰り返していけば、あなたは、いつの間にか「鋼のメンタル」をわが物にし、どんな世界でも一流と呼ばれる人材になれることでしょう。
パワーポーズで脳を覚醒させる
陸上競技の100メートル走でスタートを待っている選手の中には、両手を大きく上げて自分を大きく見せたり、大きな声を出してガッツポーズをしたりと、それぞれのやり方でテンションを上げている様子が見られます。
このような仕草(しぐさ)は、コーチングの世界で「パワーポーズ」と呼ばれ、やる気や自信をアップさせるのに有効だとされています。
脳の側坐核(そくざかく)という部位には「やる気スイッチ」があります。仕事や勉強をする際、どうにもやる気が起きないときは、やる気スイッチをいかに素早くオンにできるかにかかっています。
スイッチをオンにするきっかけが、「パワーポーズ」です。たとえば、仕事のやる気が出ないときは、立ち上がって両腕を高く上げて、「よっしゃ! 仕事やるぞ! うおー!」などと叫んでみてください。すると、やる気スイッチがオンされ、脳からドーパミンやアドレナリンといった物質が分泌され、やる気になってくるのです。
ハーバード大学のエイミー・カディ教授は、パワーポーズをとるだけで、やる気や意欲を伸ばすホルモン「テストステロン」が増え、ストレスホルモンは低下すると発表しています。心の疲れを吹き飛ばすためにも、スプリンターのようにパワーポーズをしてから、仕事や勉強に臨んでいきましょう。
スルー言葉を身につける
どんな世界にも「心を疲れさせる人」というのが一定数います。あなたに悪意を向けてきたり、嫌みを言ってきたりする「残念な人」のことです。人に悪意を向けてくる人は、じつは劣等感の塊で、あなたの能力を恐れているから、それを解消するためにマウンティングしてくるわけです。スポーツの世界でも、才能ある後輩に悪意を向ける先輩、という構図はよく見られます。
そんな悪意に、繊細な人ほどまともに対応してしまうようです。いちいち心を疲れさせないために「華麗にスルーする」ワザを身につけましょう。
【残念な人の悪意をスルーするための方法】
残念な人「俺ならその仕事、10分で終わるんだけど」
あなた「そうですね。そう思います」または「わかりました。それで?」または「さすがです。ありがとうございます!」
これで完璧です。残念な人の立場とあなたとの関係性によって、言い回しには気をつける必要があるでしょう。ただしその場合も、テキトーに相づちを打ち、テキトーに褒めておけば十分です。これで残念な人は、あなたの前から去っていくでしょう。
《PROFILE》
夏嶋隆 ◎メディカルトレーナー。動作解析専門家。大阪体育大学サッカー部、関西国際大学サッカー部トレーナー。1957年、大阪府出身。大学を卒業後、実業団バレーボール部の指導者としてキャリアをスタート。当時無名だった久光製薬バレーボール部をいきなり国体優勝に導くが、道半ばに完治不能と言われたけがを負い旧日本軍の軍医だった医師の治療を受け回復。その治療方法と真摯(しんし)な姿勢に感銘を受け、同医師に師事。手技療法の道に進む。そこでの経験をもとに、動作解析の専門家として活躍を始める。とくにアスリートからの支持は絶大で、指導を受ける現役選手は、サッカー界だけでも30名以上。現在も、スポーツ界の発展に尽力し、けがを負った人を救い続けている。