「ロケット科学者のように考える」と、不安な時代こそうまくいく(写真:Gearstd/iStock)

コロナ禍は、全世界を先行きの見えない不安に陥れています。ですが『ロケット科学者の思考法』の著者でありNASAの火星探査車プロジェクトに参加したオザン・ヴァロル氏は、先が見えない不安な時代こそ大きな飛躍のチャンスであり、「ロケット科学者のように考える」とうまくいくと言います。

『ロケット科学者の思考法』とはいったいどんなものなのか? 一部抜粋のうえ、再編集してお届けします。

ロケット科学者の思考法には9つの原則がある

1969年ニール・アームストロングは、人類にとって偉大な一歩を月に踏み出した。その50年後2021年2月、探査車パーサビアランスは宇宙の生命の痕跡を求めて火星に着陸した。

この偉大な飛躍はしばしば、技術の勝利として称賛される。だが実際は、不可能を可能にするためにロケット科学者が用いた「思考プロセス」による偉業なのだ。そしてそれは、宇宙物理学の博士号や特別な才能がなくても誰もが身につけられるものでもある。

コロナ禍の影響もあって、世界が目も眩むほどのスピードで変化している現代、ロケット科学者的思考は不可欠だ。その9つの原則のうちの1つ、「第一原理から判断する」をご紹介しよう。

この「第一原理から判断する」というロケット科学者の思考法で問題解決を行ったのが、航空宇宙メーカースペースXの創業者で、テスラの共同創業者としても知られるイーロン・マスクだ。

南アフリカに生まれ、子どもの頃から変化を好むところがあったマスクが初めてビデオゲームをプログラムし販売したのは12歳のとき。17歳でカナダ、のちにアメリカに移住し、ペンシルベニア大学で物理学と経営学を専攻。卒業後スタンフォード大学大学院に進むも中退し、弟のキンバルと共同で初期のオンライン街案内サービスを提供するジップ2という会社を設立した。

1999年、28歳のときにジップ2をコンパックに売却し、マスクはたちまち億万長者の仲間入りを果たす。彼はジップ2の売却益をもとに、オンライン決済サービスのエックス・ドットコム(のちにペイパルに社名変更)を立ち上げた。その後ペイパルをイーベイに売却したマスクは、1億6500万ドル(約172億円)を手に会社を去った。

取引成立の数カ月前には、マスクはすでにリオデジャネイロのビーチにいた。けれど、リタイア計画を練っていたわけではない。彼が読んでいたのは『Fundamentals of Rocket Propulsion(ロケット推進力の基礎)』だった。かつてペイパルを立ち上げた男が新たに目指したのは、宇宙だった。

マスクはスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ、通称スペースXを立ち上げた。火星移住と人類を惑星間種族にするという大胆な目標をかかげて。だが火星に宇宙船を送るロケットを購入しようとして愕然とした。アメリカ市場では、2機のロケットに1億3000万ドル(約136億円)と途方もない値がついていたのだ。

そこでマスクは、ロシア市場をのぞいてみることにした。しかし、ロシア側の提示額もミサイル1機2000万ドル(約21億円)という法外な価格だった。マスクの財力をもってしても、アメリカやロシアでロケットを購入することはできなかった。

マスクほどの富豪にとっても、宇宙開発企業を立ち上げるために支払うロケットのコストはあまりにも高すぎた。別の手を打たなければならないと、彼は痛感した。

アプローチが大きく間違っていたことを思い知らされたマスクは、諦めかけていた。しかし彼はやめるのではなく、最初の原理に立ち戻ろうと決めた。ロケットを扱うマスクはまさにロケット科学者の思考法で問題解決を行ったのだ。

「彼らがそうしているから」ではだめ

アメリカの伝説的な投資家ウォーレン・バフェットが言うように、「ビジネスにおいて最も危険なことばは、『ほかの誰もがやっている』だ」。多くの人はそうした“猿真似”をしてみんな我先にと競争の真っただなかに入っていき、押し合いへし合いしているのだ。

ロケットを購入しようと思ったとき、マスクは初めて自分がそうした競争のなかにいることに気づいた。彼の思考はほかの人が過去にしたことに悪い意味で影響を受けていた。だからマスクは物理学の勉強に立ち戻り、最初の原理を判断のよりどころにしようと決めたのだ。

第一原理思考の重要性を説いたのはアリストテレスだ。彼はそれを「物事が知られる最初の基礎」と定義した。フランス人哲学者で科学者のルネ・デカルトは、「疑わしいと思うことすべてを疑い、自分のなかにまったく疑いようのない何かが残るかどうかを見きわめること」と説明した。

現在の状況を絶対不変なものとみなすのをやめて、鉈(なた)をふるおう。自分なりのビジョン――またはほかの人のビジョン――をもとに将来の道を決めるのをやめて、それらに対する忠誠心を捨てよう。ジャングルを切り開いて進むように、今抱いている思い込みを切り捨てるのだ。あなたの手元に基本の要素だけが残るまで。

ロシアから手ぶらで帰国の途についたマスクの頭に、突然ある思いがひらめいた。帰りの飛行機で、マスクは同行していた宇宙コンサルタントにもちかけた。「僕たちでロケットを作るのはどうかな」。「ロケットの」本を片っ端から読んでいたのは、こういうわけだったのだ。

マスクにとって、第一原理を使うとは、物理学の法則から始めて、宇宙にロケットを飛ばすのに何が必要かを自問することだった。彼はロケットを最も小さい従属部品や基本的な原材料に解体し、「ロケットはなにでできているか」を考えた。そして、材料費が一般的なロケットの価格に占める割合は2%ほどしかないということがわかった。驚きの数字だ。

価格にそうした開きが生じた原因のひとつが、宇宙産業における「外部委託の慣例」だ。そこでマスクは、自社の手でゼロから次世代ロケットを作ろうと決意した。スペースXのロケットに使用される部品のおよそ8割は社内で製造されている。そのため、コストも品質も生産ペースも効率的に管理できる。外部のベンダーにほとんど委託しないので、アイデアから実行までを記録的なスピードで実現できると考えた。

「前にできなかったから」を疑う

第一原理思考によってスペースXは、ロケット科学の領域に深く浸透しているもうひとつの前提に疑問を感じるようになった。それは「ロケットは再利用できない」というものだ。

NASAのスペースシャトルの再利用は、迅速でも完全でもなかった。とりわけ飛行頻度を考慮すると、点検と改修にかかるコストはとんでもない額になる。そしてスペースシャトルの再利用は、結局うまくいかなくなった。

類推によって判断するなら「NASAでうまくいかなかったのだから、私たちも無理に違いない」とするのが普通だろう。だがその考え方は間違っている。再利用反対の根拠はたったひとつ、スペースシャトルのケーススタディ。しかしながら、問題があるのはスペースシャトルだけであって、再利用可能なすべての宇宙船ではない。

2015年12月、貨物を軌道に送ったスペースXのファルコン9ロケットの1段目が、首尾よく地上に垂直着陸した。再利用可能なブースターを地球に着陸させたのだ。以来、同社は回収した数多くのロケットを改修して再利用し、保証つきの中古自動車のように再び宇宙に打ち上げてきた。かつて無謀な実験と言われたことが、今では当たり前になりつつあるのだ。

第一原理思考によって生まれるイノベーションによって、スペースXは宇宙飛行にかかるコストを3分の1に満たないほど劇的に削減することができた。

業界の外に人材を求め思考パターンを変える

実は、行動を起こさない――過去の実績の幻にとらわれている――ほうが、リスクははるかに大きくなる。今いる場所を飛び立たない限り、行きたい場所にたどり着くことはできないのだ。小説家のヘンリー・ミラーは、「今の面白みのない自分から脱却し、もっと上に行くためには、炭になり石にならなければいけない」と書いている。

過去の実績を台なしにする危険があったとしても、あなたが何者であるかが変わるわけではない。あなたはこれからそれを突きとめるのだ。焼け跡の混乱が収まれば、美しい何かが空を駆け回るだろう。

しかし、重要なのは「正しい思考プロセスへの責任が伴わない限り、破壊だけを実行しても十分でない」ということ。根本的な思考パターンを変えなければ、ほとんど同じことが続くだけ――何度解体ショーを開こうとも。


根本的な思考パターンを変えるには、それにうってつけの人材を雇う必要がある。業界を変革しようとするなら、業界の外に人材を求めるのが有効だ。そこでなら、思考を縛りつける見えないルールで周りが見えなくなっていない人々を見つけられるだろう。

初期のスペースXは、自動車や携帯電話業界の人材を多く採用した。どちらの業界もテクノロジーの変化が急速で、迅速な学習と適応――第一原理思考ができる人の証し――が必要とされるからだ。

最初の原理に戻ることは、あなたが思っているよりも簡単だ。建物を解体する本物の鉄球ではなく、思考という架空の球を使えばいいのだから。