南野について語ったリバプールのユルゲン・クロップ監督【写真:Getty Images】

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【イングランド発コラム】リバプール定例会見で指揮官が語った出場機会減少の真相

「サウサンプトンから話が来た時『この話は無下に断れない』と思った。タクミは信じがたいほど素晴らしい選手だが、我々が彼に十分なチャンスを与えられなかったというのは事実だ」

 2月2日、南野拓実のレンタル移籍が決定した翌日、定例会見に出席したユルゲン・クロップ監督は真摯な表情でそう語り始めた。

 そしてこの直後に、「なぜ南野に出場のチャンスが与えられなかったのか」の理由について語り始めた。しかし、その前に話を少し遡らせたい。

 それは昨年12月19日のクリスタル・パレス戦のことだ。クロップ監督はこのアウェー戦でモハメド・サラーを休ませ、敢然と南野をFWで先発起用した。このドイツ人闘将の期待に応える形で、日本代表MFは試合開始早々の前半3分、見事なリーグ戦初ゴールを決めた。

 南野がプレミア初ゴールを奪ったこの試合は、リバプールの歴史的な試合ともなった。日本代表MFが先制点を決めたこの試合、最終的にレッズは7点を奪い、創設128年の歴史を誇るリバプールのアウェー最多得点試合ともなった。

 この試合で南野は90分間フル出場し、躍動した。キレキレだった。2点目も相手DFがクリアしようとしたルーズボールに南野が飛び込んで、ナビ・ケイタ、ロベルト・フィルミーノとつないで、最後にサディオ・マネが決めた。3点目と5点目のフィルミーノのゴールは、先制点を決めた南野の走りが相手DFを引きつけ、ブラジル代表FWにスペースを与えて生まれた。ゴールを決めると、いつもは自分がおとりになる稀代の偽9番が、”愉快でたまらない”という笑顔を見せたのが印象的だった。

 また、このフィルミーノの2点に挟まれた4点目のジョーダン・ヘンダーソンのゴールも南野の胸トラップが起点。さらには6点目のサラーのヘディングゴールにつながったCKも南野が絡んでおり、結局この試合最後のゴールになったサラーの個人技だけが光った7点目以外、すべてのゴールに日本代表MFが爪痕を残していた。

 この活躍で、しかも年末年始のプレミア特有の過密日程が絡み、南野の出場機会が増えると確信したサッカーファンは大勢いたに違いない。

南野にとって影響が大きかったファン・ダイクの負傷離脱

 しかし、結果は真逆となった。あのクリスタル・パレス戦の活躍は全く無意味だったのかと思ってしまうほど、南野の出番は減少した。

 あの7ゴール大勝後の公式戦9試合で、日本人アタッカーが先発したのは、新型コロナウイルスの集団感染が発生してユースチームを送り出すしかなかったアストン・ビラとのFAカップ4回戦だけ。リーグ戦はバーンリー戦の後半39分から出場したのみで、後半アディショナルタイムの4分間を合わせてもわずか10分間のプレーに留まっている。

「例えばセットプレーだ。ここでは単純にサイズ(身長)が問題だ。うちのディフェンスはただでさえ高さが足りない。そこにタクミを送り出すのか? セットプレーの守りは非常に重要だ。メディアはそれほど注目しないが、この守りが勝敗を分ける」

 クロップ監督のこの言葉を聞いて、クリスタル・パレス戦後の南野の出番減少の理由が氷解した。結局、今季のリバプールの不振、そして南野の期限付き移籍も、すべては守りの大黒柱であるオランダ代表DFフィルジル・ファン・ダイクの不在に帰結してしまうのだ。

 GKアリソンとともに、悲願のプレミア優勝の最後のピースだった守護神の不在で、セットプレーが今季のリバプールの弱点になっていることは一目瞭然だ。あの強靭な肉体を持ち、チームを鼓舞して守りを組織するファン・ダイクがいなくなり、リバプールはセットプレーに対する高さも強さもまとまりも失ってしまった。

 しかも守りだけではなく、味方のCKやFKで攻める場面でも、ポイントゲッターだったオランダ代表DFの不在が大きく響いている。

 さらにイングランド代表DFジョー・ゴメスも膝の靭帯損傷で今季絶望。そしてカメルーン代表DFジョエル・マティプも故障がちで満足な活躍ができない。こうしてレギュラーのセンターバックが総崩れとなり、弱点となったセットプレーの守りを南野の起用でさらに弱体化させるわけにはいかない。

 クリスタル・パレス戦で南野がプレミアでも通用する力を見せたにもかかわらず、ドイツ人闘将がディボック・オリギやプレミア経験値の高いジェルダン・シャキリを優先起用した舞台裏にはそんな理由があったのだ。

“オーストリアのクロップ”が率いるサウサンプトンへの貸し出しなら「理屈に合う」

 とすれば、ファン・ダイクもゴメスも今季絶望という状況では、今後も南野には出場機会は巡ってこない。

 それでもクロップ監督はできれば南野を”手元に置いておきたい”と思っていたという。しかし、期限付き移籍を申し込んできた相手がサウサンプトンということで、今季一杯の放出を決断した。

「他ならともかく、サウサンプトンなら理屈に合う」とクロップ監督。指揮官のラルフ・ハーゼンヒュットル監督は“オーストリアのクロップ”という異名を持ち、ドイツ人闘将の十八番であるカウンター・プレスを駆使する攻撃的なサッカーを標榜する。“ドロップ10”を採用して守りに守って接戦をものにするというような監督のチームなら、クロップ監督も南野を貸し出すことはなかっただろう。

「Southampton makes a lot of sence(サウサンプトンは大いに理屈に合う)」

 そう、この言葉のとおり、サウサンプトンはクロップ監督にとって、南野の受け入れ先として“大いに理屈に合う”チームだったのだ。

「サウサンプトンの残り試合は17。コンディションさえ維持すれば、タクミはその全試合に出場できる。そしてサウサンプトンを助け、最終的には我々を助けることになる。(入団当初にも)言ったとおり、タクミはうちにとって将来的なプロジェクトだ。とにかくタクミに必要なのは、プレミアの試合を連続して経験すること。そして17試合が終われば、自信をつけ、全く違った気持ちになって戻ってくるはずだ」

 この会見の言葉を読み解く限り、ファン・ダイクを欠いた今季のリバプールでは、クロップ監督は安心して南野をピッチに送り出すことはできない。しかし26歳の南野から出場時間を奪えば、選手としての成長も著しく阻害してしまう。

 そんなところにサウサンプトンから期限付き移籍の話がきた。攻撃的なサッカーで今季のプレミアの台風の目となっているチームなら、南野を送り出して不足はない。

サウサンプトンは今の南野にとって絶好のレンタル先

 惜しむべきは、吉田麻也が昨年1月にイタリアのサンプドリアに移籍してしまったことか。

 あの陽気で男気の塊のような日本代表主将が今もサウサンプトンでプレーをしていれば、達者な英語でチームメートに「タクミをよろしくな」と挨拶して、あっという間にチームに溶け込ましていたことだろう。

 しかし、もちろん麻也がいなくても、クロップ監督が認めたように、サウサンプトンは今の南野にとって絶好のレンタル先だ。

 この半年間でプレミアの経験値を上げ、溜まりに溜まったフラストレーションを吐き出すように躍動し、目に見える数字も残して、来シーズンには押しも押されもせぬプレミア戦士となって、リバプールに凱旋してほしいものである。(森 昌利 / Masatoshi Mori)