2024年に渋沢栄一が描かれた新しい1万円札に切り替わる。元モルガン銀行日本代表の藤巻健史氏は「日本の財政が危機的な状況のなかで、新しい1万円札の印刷はなんとも気味が悪い。預金封鎖という最悪のシナリオもあり得るからだ」という--。

※本稿は、藤巻健史『コロナショック&Xデーを生き抜くお金の守り方』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
新1万円札のイメージ。日本の資本主義発展に貢献した渋沢栄一が肖像となっている=2019年4月9日、財務省 - 写真=時事通信フォト

■今の日本は、「ギリギリまで水が注がれたコップ」

政府が巨額の財政赤字を抱え、「異次元の量的緩和」により日銀が世界最大級のメタボに膨れ上がった今の日本。私はこの状況をについて、「このままではいずれハイパーインフレが起きてしまう」と何度も警鐘を発してきました。

今の日本は、いわば大きなコップに水(=お金)がこぼれんばかりになみなみと注がれた状態です。このコップが途方もなく大きかった上、政府や官僚がコップから水がこぼれないようコントロールしていたので、これまではなんとか、水がこぼれること(=ハイパーインフレ)を回避できていました。

しかし、もはやその水の量はコントロールできる限界ギリギリまで来ています。このような危機的な財政状況の中で、コロナショックが起きてしまったというのが、今の日本が置かれた状況です。コップが大きい分、その水の破壊力はすさまじいものがあるでしょう。

■インフレ率796億% 1日で物価が2倍になる恐怖

ハイパーインフレが起きると、国民にはどんな負担がのしかかってくるのか、ピンと来ない人も多いでしょう。そこで、他国の事例をいくつかご紹介したいと思います。

例えば、1946年7月のハンガリーでは、月間インフレ率4.19×10の16乗、1日のインフレ率は207%というすさまじいインフレが起きました。数字が大き過ぎて実感がわきませんが、これは、15時間で物価が2倍になるという恐ろしいスピードです。

このハンガリーに次ぐのが、2008年にジンバブエで起こったハイパーインフレです。こちらは記憶にある方も多いでしょう。とてつもない金額の紙幣がゴミのようにバラまかれている映像が、世界中に衝撃を与えました。

ただ、南アフリカに隣接するこの国は、かつては「アフリカの食糧庫」と言われるほど豊かな国だったのです。ところが、GDPの2割以上にのぼった貿易赤字を解消するために、お金を刷りまくった結果、激しいインフレが発生。2008年11月に、インフレ率は月間796億%に達しました。

物価が2倍になるスピードは、24.7時間、つまり約1日です。1日目に100円だったミネラルウォーターが、翌日になると200円、3日目には400円、1週間後には6400円になるわけです。

■誰も“悪夢”を否定できない「日本のジンバブエ化」

もちろん、インフレに応じて給料の額も上がるのですが、上がるペースはせいぜい月単位ですから、日々上がっていくモノの値段にはとうてい追いつきません。今まで築いてきた財産が一瞬にして霧散し、水も食料も買うことができなくなる……。まさに悪夢です。

現在のジンバブエは、一時期よりは安定したようですが、アフリカ有数の豊かな国だった時の面影はもはやありません。

「いくらなんでもジンバブエと同じようなことが、日本で起こるわけがない」……多くの人はそう考えることでしょう。しかし、その根拠はどこにあるのでしょうか。

今の日本は、国の発行した国債を日銀が通貨を増発して引き受ける「マネタイゼーション」を事実上行っています。マネタイゼーションを行って、ハイパーインフレを免れた国はどこにもありません。

こうした狂乱物価の後に待ち受けているものは何かといえば、ハイパーインフレ沈静策としての預金封鎖&新券発行、または日銀を廃し新中央銀行を設立することでしょう。いずれにしても、今の円は紙くずになってしまいます。

預金封鎖とは、銀行に預けた預金の引き出しに制限がかかる、あるいはまったく引き出せなくなることです。2015年には、経済危機に陥ったギリシャでこの引き出し制限が行われました。

■「渋沢栄一新1万円札」がもたらす最悪のシナリオ

新券発行とは、新しい紙幣を発行して、旧紙幣を使えなくすることです。新しい紙幣をもらうためには、旧紙幣を銀行に預けなければなりません。

藤巻健史『コロナショック&Xデーを生き抜くお金の守り方』(PHPビジネス新書)

タンス預金もあぶり出されるわけです。すべてのお金を銀行に預金させ、預金封鎖をしている間に準備をして新券を発行するのです。「旧福沢諭吉1万円札100枚を新アベ1万円札1枚に替える」といった、暴力的な資金吸収策が行われる可能性があるということです。

その可能性を考えると、2024年から使用されるという渋沢栄一新1万円札の印刷が、なんとも気味が悪くなってきます。

これはまさに、戦後のハイパーインフレ鎮静化のために、かつての日本で行われたことです。これまでの紙幣を新紙幣に切り替え、旧紙幣は使えなくなると発表。切り替えるためには旧紙幣を預金することが求められたのですが、一度預金すると、引き出せる額を1カ月300円に制限されてしまいました。こうして、多くの国民が資産を失ったのです。

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藤巻 健史(ふじまき・たけし)
フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。
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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)