日本の食文化に多大な影響を及ぼしたグルメ漫画『美味しんぼ』。ネットニュース編集者の中川淳一郎さんは、「人生でもっとも繰り返して読んだ漫画だ。ホレ込んでいる。しかし、だからこそ“反権威”だったはずの『美味しんぼ』が“権威”となっている状況には違和感がある」という──。
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■私が人生でもっとも繰り返して読んだ漫画だが……

私が自炊を中心にした食生活を送っていることは、プレジデントオンラインの連載をはじめ、さまざまなところで発言してきた。そんななか「自炊に関する本を出しませんか」と声がかかり、このほど自分なりに培ってきた自炊論をまとめた新著『意識の低い自炊のすすめ 巣ごもり時代の命と家計を守るために』(星海社新書)を上梓した。

中川淳一郎『意識の低い自炊のすすめ 巣ごもり時代の命と家計を守るために』(講談社)

以下の文章は、同書のために準備していた原稿に加筆修正を加えたものになる。個人的には筆がのった、思い入れのある原稿なのだが、「意識の低い自炊」という趣旨から少しはずれてしまうかもしれない……と考え直し、泣く泣く未収録にしたパートだ。とはいえ、このままお蔵入りにしてしまうのも残念なので、ここで紹介させていただこうと思う。しばし、お付き合い願いたい。

私が人生でもっとも繰り返して読んだ漫画は『美味しんぼ』である。食にまつわる知識は同作品から学んだ部分がかなりある。だが、物語の随所に作者・雁屋哲氏の思い込みというか決めつけが挟まれており、読んでいて「???」となることも少なくない。

『美味しんぼ』は雁屋氏の主義主張がふんだんに盛り込まれた作風が特徴のひとつで、これまでよくも悪くも、さまざまな話題を振りまいてきた。たとえば、東日本大震災後に東京電力福島第一原発の近くを訪れた主人公・山岡士郎が突然鼻血を出す、というシーンについては相当な批判を浴びた。また、ここまでのレベルではないものの、「それって一般化できますか?」と素直にうなずけない指摘や主張は多い。

■日本の食文化に多大な影響を及ぼす“権威”になった

そこで本稿では、私が『美味しんぼ』を読んで気になった描写をいくつか紹介しようと思う。私は全巻をトイレに置いており、用を足すときはたとえ数ページであろうとも目を通してしまうくらい、この漫画にホレ込んでいる。そうはいっても、疑問を呈したい部分があるのだ。

『美味しんぼ』は日本の食文化に多大な影響を及ぼした、ある種の“権威”ともいえる存在だが、納得できないものは納得できない。つまり私が伝えたいのは、権威に対しても臆することなく異論を述べるべき、ということだ。これは食に関することもしかりで、結局、味覚などについては、誰かが作った基準を全面的に信じる必要はないのである。

単行本の1巻で山岡は、自身が勤める新聞社の創立100周年記念事業である「究極のメニュー」作りを命じられる。だが、山岡はこの企画に反発を覚える。父・海原雄山が美食を追求するがあまり母親を過酷に労働させ、これが彼女の早逝につながったと考えていたからだ。そうした背景もあり、いわゆる「グルメ」の人々がフォアグラを絶賛しているのを見て、山岡は「日本の食通とたてまつられてる人間は、こっけいだねえ!」と言い放ち、その後アンキモを持ってきて、その自然が生み出した美味により彼らを黙らせたりする。

このように、もともと『美味しんぼ』は“反権威”の姿勢が色濃い漫画だった。ところが、いつしか同作および作者が食における“権威”と化していったのは実に皮肉である。

■悩みや諍いは「乾物」で解決できるのか

それでは、私が引っかかった描写を列記していこう。

【牛肉のそぼろをホメすぎている】

牛肉のそぼろは作中に数回登場するのだが、保存食として優れており、ピザにも合う、などといちいち絶賛される。確かにおいしいことはわかるが、複数回登場するほどのものではない。また、豚そぼろや鶏そぼろよりも格段に扱いが上である。

15巻で登場した「美味しんぼ風味噌ラーメン」では豚挽き肉を炒めたものが登場するし、83巻の「最高の豚肉」では豚そぼろも含めた絶品豚肉が登場するが、作品全体を見れば牛肉推しであることが明らかだ。その点において、豚肉推しの私は牛肉の回については若干引いた目で見ている。

【干したものの美味さを過大評価している】

基本的には「人間の考えや趣味嗜好は一面では測れない」といった文脈で生ものと乾物を比較し、「どちらにもよい点がある」か「干すことにより新たな魅力が生まれる」といった結論に着陸させ、悩む人や争う人をなだめる際に乾物が使われる。

たとえば「ナマコやアワビは干すことにより、より旨味が凝縮される。だから中国人の知恵は大したものだ」「北寄貝を干したものは『ウバ貝』と呼ばれ、生とは異なる味わいがある」といった調子だ。そこから、干したものとそうでないものを並べて「人間にもさまざまな側面がある」などと主張するわけだが、なぜ人生を評するにあたり、食べ物にすべてを語らせるのかがわからない。そして、それにより登場人物が素直に反省するのは安直である。

■化学調味料を過剰に敵視

【食通のサヴァラン氏が登場しすぎる】

「君が普段何を食べているかいってみたまえ。そうしたら君がどんな人間かいい当ててみせよう」と語った、フランスの食通・サヴァラン氏が登場しすぎる。これは確かに真理ではあるものの、あまりに頻出するのだ。

さまざまな登場人物がこのセリフを口にしたが、私はこれまで生きてきて、こんなことをいわれたことは一度もない。「好きなもん食わせろ。別にオレがマクドナルドのハンバーガーとかホテイのやきとり缶を食べたからってガタガタ言われたくない」と思う。

【化学調味料を過度にけなしている】

具体的な商品名は出さぬまでも、徹底的に「味の素」や「ハイミー」といったうま味調味料(化学調味料)を批判し続けている。

昨今、ラーメンの世界では「無化調(化学調味料を使用していない)」であることをもてはやす風潮があるが、一方で「ラーメンはうま味調味料が入っているほうがおいしい」「化学調味料を入れたほうが、味がまとまる」という層が、プロの料理人にも消費者にも数多く存在するいう事実を歪曲している。そして、うま味調味料を使う店を堕落の象徴的に扱っている。

■麦とホップだけで造ったビールへの偏愛が鼻につく

【麦とホップのみのビールしか認めない】

1980年代後半、「ドライビール戦争」が起きた。アサヒスーパードライの大ヒットに端を発して、各社が「ドライビール」投入。一大市場を形成して現在に至るのだが、『美味しんぼ』ではこれも批判の対象だ。

要するに、麦とホップ以外にいろいろな材料が入っていることを批判しているのだが、結局、いまでもスーパードライが売れ続けている事実が、このビールがうまいことの証左ではないか? それでも作者は「お前たちは味がわかっていない」といいたいのだろうか。

作者が認めているビールは「ヱビス」など麦とホップだけを原材料にしたものだが、世界的ブランドの「バドワイザー」にしてもアメリカで人気の「クアーズ」にしても、麦とホップ以外の材料は入っている。もっというと、ベルギービールなどは日本の分類では「発泡酒」になるものも多い。

ドイツでは16世紀に制定された「麦、ホップ、水、酵母のみを原材料とする」というビール純粋令が現在も適用されているが、その基準に照らし合わせると、ビールでも何でもない銘柄は世界中にある。いわずもがな、日本の基準でもビールではないものが多い。ドライビール批判、そして“麦芽・ホップのみビール”への偏愛はとても鼻につく。

■ファストフード批判に絡めた大企業への言いがかり

【日本の郷土料理を絶賛し、ファストフードを見下しすぎている】

真の国際化のためには日本の郷土料理を知る必要がある! ということから始まった「日本全県味巡り」は、ストーリーも何もあったものではなく、ひたすら取材をした相手をホメ称え、地元の料理を絶賛することに終始している。

かろうじて、長崎に関するシーンでは「やたらと味付けが甘い」ということについて山岡が嫌悪感を示す様子を描いているものの、基本的には山岡も、敵である海原雄山も、地元民や郷土料理への批判は皆無である。

対して、大量生産のファストフードやコンビニ食への批判的な目線は当初から変わらず、大企業への批判はもはや言いがかりのレベル。最先端の工場を案内する男性は大抵、吊り目で野卑な目をし、不気味な笑顔を浮かべた姿で描かれる。作者は電通出身なので、大企業の欺瞞などを間近に見てきたであろうことは想像できるが、それにしても「中小企業=エライ/大企業=諸悪の根源」的な思想に毒されている。

■職人を過度に礼賛し、社用族は「味のわからないバカ」扱い

【職人は全員が善人である、と描いている】

郷土料理とファストフードの関係性にも表れているが、個人経営の店については全面的に善人扱いをしている。取材をさせてもらっているのだから仕方がない面はあるにせよ、「職人」の立場であればエライ、という描き方は安直すぎる。意識の低い自炊人をもっと礼賛してもいいのでは。

もちろん「恥ずかしい料理自慢対決」といった回はあり、作者が意識の低い自炊を一概に貶めていないことは理解できるものの、社会的評価の高い料理人への評価が高すぎるきらいがある。加えて、いわゆるバブル時代の「社用族」のことを一切味がわからない人間扱いしているが、私が勤めた博報堂の先輩が連れて行ってくれた店はいずれもおいしかった。電通の人だって別に味音痴というわけでもないと思うのだが……。

【牡蠣と白ワインは合わない】

これについても、作中で何度も登場している。確かに、世間でいわれているほどには合わないかもしれないが、そこまで批判すべきものだろうか。「自分で味の判断もできずに、定番的な組み合わせをありがたがるヤツはバカだ」と主張したいのだろうし、一度くらいはネタにするのもよいだろうが、やり続けるのはもはや私怨としか思えない。

■とある超高級スッポン鍋を大絶賛

【スッポン鍋はコークスの高温で煮るからこそおいしい】

340年超の歴史を誇る京都のスッポン鍋の名店「大市」の作り方をベースに、スッポン鍋について触れた回がある。そこでは「1600度の高温で一気に炊き上げるコークスを使用するからこそウマい」的なことが述べられている。それ以外のスッポン鍋は認めないほどの勢いだ。

私は「ふるさと納税」で大分県中津市の“耶馬渓のスッポン鍋セット”をときどき取り寄せるが、これで十分にウマい。作者は「大市」にホレ込んでいるから手放しで絶賛しているのだろうが、私が同店を訪れた際はそこまで感動はしなかった。

同店の「○鍋(まるなべ。スッポン鍋のこと)」には、調味料以外はスッポンと生姜しか入っていないと『美味しんぼ』は述べる。だが、私は正直なところ、スッポンと一緒に白菜や春菊なども食べたいと感じたのだ。「いやいや、340年の歴史をなめないでください。スッポンはそれだけで食べるのがいいのです」といいたい向きもあるだろうが、「野菜が食いてぇ〜」と思う人間がいることも許してほしい。柚子胡椒を添えて、焼き豆腐や白滝あたりも箸休めで食べたいよ、とも思った。

ネットで同店のレビューを見ると、『美味しんぼ』での絶賛もあってか、歴史と伝統と値段の高さに「まいりました!」とホメ称えるコメントだらけである。ちなみにメニューは1人前2万4500円のコースのみで、先付としてスッポンのしぐれ煮が供された後、2回にわけて○鍋が出て、雑炊、香の物、果物と続く。

なお、『美味しんぼ』には大分県日田市の三隅川のスッポンこそ味が濃くて最高、という記述があるが、「大市」が浜名湖の養殖スッポンを使用していることが明らかになってからは、養殖容認方向に路線変更している。こうした点にも妙な権威主義と忖度を感じるのである。

■食嗜好の多様性を認めてもいいじゃないか

そもそも「日本全県味巡り」の企画が始まって以来、基本的には取材をした相手への忖度に終始し、初期の頃の「盲信されている通説や権威を斬る!」的な、どこか殺伐とした空気は完全に薄れてしまった。また、名作回と評判の「トンカツ慕情」に代表される「いい話だなぁ〜」とじんわり感動させるような情緒もなくなってしまった。

私が述べていることにも反論はあるだろう。だが、ここであえて『美味しんぼ』に異議申し立てをしたのは、とにもかくにも“料理というものは、多様性があるもの”という一点を示したかったからに他ならない。

■『美味しんぼ』ファンの視点で斬る細部の違和感

最後に余談として、『美味しんぼ』ファンがきっとモヤモヤしていたり、「そこ突っ込みたかった(笑)」と思っていたりするだろう点を箇条書きにしてみる。

・富井副部長の身体能力が高すぎる。ゴルフをすればバンカーショットがキレイにカップインするし、「キエーッ!」と叫びながら山岡にドロップキックを決めるシーンも頻出する。さらには泥酔した状態で女子大の柔道部員に絡んだ際、唐突に民宿の台所から屋外へ投げ捨てられてもかすり傷程度で済んでいる。

・板前を目指して日本にやってきたジェフが可哀想すぎる。当初は腕の立つアメリカ人板前として登場し、吸い物の味を見極める勝負で大多数の日本人が化学調味料を使ったものを「おいしい」と回答するなか、「味が不自然」と判断するなど活躍。味のわかる良心的なサブキャラとして扱われるのかと思いきや、過激な反捕鯨グループの一員として鯨料理店に乱入したり、材料を明かされないまま鯨料理を食わされて狼狽するバカとして描かれたりした後、ほぼ登場せず。

・「究極のメニュー」作りの後継者として、山岡の魂を引き継ぐはずの飛沢周一がまったく魅力のないキャラに。こいつが出ると話がつまらなくなる。そして、海原雄山と山岡の関係性(雄山が権威として登場し、美食に関する完璧な存在として山岡に立ちはだかる)は、そのまま山岡と飛沢の関係性にスライドしてしまっている。山岡が雄山のように描かれるのはどうもしっくりこない。

・名前付きで描かれる女性キャラクターが、基本的に全員“立派な人物”として扱われすぎている。悪く描かれるのは、バブリーな店に行き横柄な態度を取る女性のように名無しの人のみ。一部、大石警部の姉や二木まり子の叔母など傲慢な女性として登場するキャラもいるが、ほどなく“キップのいいお姉さん”扱いになる。また、山岡は同僚の荒川夫人(旧姓・田端)や三谷夫人(旧姓・花村)から何度もボコボコにされているのだが、その暴力に甘んじている。

繰り返しになるが、私は『美味しんぼ』の熱心な読者であり、上に挙げるような細部の描写を即座に思い出せるくらいには愛読してきたという自負もある。ここで述べてきたことは『美味しんぼ』を愛すればこその提言として捉えていただけるとありがたい。

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中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
ネットニュース編集者/PRプランナー
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。
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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎)