夫のDVから逃れ、モスクワ市内のホテルに避難した歌手のイニタ・アフチャモバさん(2020年5月21日撮影)。(c)Alexander NEMENOV / AFP

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【AFP=時事】新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウン(都市封鎖)が始まってから約1か月が経過した4月下旬、ロシアの首都モスクワで暮らすイニタ・アフチャモバ(Ineta Akhtyamova)さん(50)は、夫からの暴力に耐えかねて家を出た。

 市内の小さなアパートで夫と暮らしていたアフチャモバさんは、新型ウイルスによる外出禁止令の影響を受け、歌手として活動することができなくなり収入も無くなっていた。そのような生活が続く中、怒りを爆発させた夫が食事を作っていたアフチャモバさんに殴りかかり、出て行けと大声で怒鳴りつけたのだ。

「家を出た。もう耐えられなかった」とアフチャモバさんはAFPに語った。

 これまで夫に殴られたときは友人たちの家に逃げ込んでいた。しかし、ロックダウン下ではどこにも行き場がなかった。友人たちはウイルス感染を恐れて、アフチャモバさんを家に入れたがらなかったのだ。モスクワ全体がロックダウンされていたため、女性のための保護施設2か所にも受け入れを断られたが、最終的にNGOの助けを借りて市内東部にある小さな二つ星ホテルに一時的に避難することができた。

 人権団体らによると、ロックダウンが敷かれるようになってから、世界ではドメスティック・バイオレンス(DV)の発生件数が急増しているという。社会から隔離されたストレスと経済的不安による恐怖が、健全な関係さえをもむしばんでいるというのだ。

■沈黙の苦難

 中でも、ロシアの状況は他よりもひどい。女性のための権利運動に携わるマリーナ・ピスクラコワ・パーカー(Marina Pisklakova-Parker)氏は「法律がないことが原因」と指摘する。

 ロシアでは2017年、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領がDVに対する罰則を軽減し、多くの虐待加害者が処罰を免れることができるようになった。

 こうした現状について人権擁護者たちは、接近禁止令のようなDVを取り締まる法律がないこと、全国的に保護施設が不足していること、そして助けを求める訴えに警察がなかなか対応しないといったことが、ロシアの女性を無防備な状態にさらしていると訴える。

■パートナーのコントロール

 ロックダウン前の推計では、DV被害に遭った女性はロシア全体で1650万人近くに上っていた。そしてロックダウンが始まると、この流れがさらに悪化した。女性支援団体「ANNA」の創設者であるピスクラコワ・パーカー氏によると、同団体のホットラインに寄せられた緊急電話は、2月から4月にかけて約30%急増したという。ピスクラコワ・パーカー氏は、もしDVを厳しく取り締まる法律が整備されていたら、適切に対処できていたはずと指摘する。

 ピスクラコワ・パーカー氏をはじめとする運動家ら数人は4月、DV被害者を緊急に保護するよう政府に求めた。当局が十分な保護施設を用意し、女性に対する暴力について啓発活動を行う必要があるとの訴えだった。

 しかし、こうした訴えに政府が耳を貸すことはなかった。内務省は5月、DVが増加しているという証拠はなく、さらには4月の数値が昨年比で9%減少したと発表したのだ。

 NGO「キーテジ危機センター(Kitezh Crisis Centre)」のアリョーナ・サディコワ(Alyona Sadikova)所長は、外出制限令の発令以降、同センターでは400件以上の電話を受けたと話す。

 新型ウイルスが流行する以前は、女性たちが虐待者から離れ、仕事を見つけ、子どもを幼稚園に通わせることができていた。だが今では多くの女性が違う手段──じっと座り、黙って耐える──に甘んじているとサディコワ氏は指摘する。「国の経済は見通しが立たない。それで多くの人が我慢するようになっている」

 ピスクラコワ・パーカー氏も、多くの被害者がパートナーによって厳重にコントロールされているため、助けを求めることすらできない状態にあると話す。そして、「私たちが今見ているのは、ほんの始まりにすぎない」と述べ、事態がさらに悪化することも考えられるとして、当局による即座の対応を求めた。

 他方で経済危機により、女性だけでなく、その虐待加害者も職を失うケースが増えてきている。外出制限が緩和されたとしても、緊張状態がさらに悪化することも考えられるとピスクラコワ・パーカー氏は予想している。

「規制が解除されたら、その余波で家庭内暴力の波が押し寄せてくることが考えられる」

「この問題には今、できる限り集中することが非常に重要なのです」

【翻訳編集】AFPBB News

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