2019年8月にマイナーチェンジを受け商品力を高めた日産「セレナ」(写真:日産自動車

日本自動車販売協会連合会(自販連)の乗用車ブランド通称名別順位による2019年の乗用車(軽自動車を除く登録車)販売ベスト10のうち、7車種がトヨタ車だった。次いで日産が2車種、そしてホンダ1車種の順である。


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7車種をベスト10入りさせたトヨタの販売台数は、7車種の合計で70万5892台。2車種の日産は、21万1428台。1車種だったホンダは、8万5596台で、いずれにしてもトヨタの圧勝ぶりが明らかだ。

そのなかで、日産は「ノート」がベスト10の2位に入るが、1位のトヨタ「プリウス」と7115台差と、ほぼ1カ月分の販売分に当たる台数で負けている。もう1台がミニバンの「セレナ」で、6位(9万2956台)だ。

発売3年を経てなお健闘するセレナ

これは、同じ5ナンバーミニバンの競合となるトヨタ「ヴォクシー」(8位:8万8012台)、ノア(17位:5万2684台)と比べ、優位に立つ。ヴォクシー/ノアはほぼ同じクルマで車名が異なる兄弟車だ。合算すれば13万台超えになり、1位のプリウスさえしのぐ台数となる。

しかし、統計どおりに車名別で見れば、2016年の発売から3年目となった5代目セレナの販売は、なお健闘していると言えるだろう。


プレミアムスポーティをコンセプトとした「AUTECH」もラインナップ(写真:日産自動車

ちなみに、1990年代に誕生した当時、一世を風靡した5ナンバーミニバンの先駆けといえるホンダ「ステップワゴン」は、現行車が2015年の発売から4年となるためか、昨年は18位(5万2676台)と、セレナの6割弱の販売台数にとどまっている。

車名別でトヨタを上回り、競合のヴォクシーやノア、そしてステップワゴンより上位で昨年を締めくくったセレナ人気の秘密は、どこにあるのだろうか。

セレナは、商用バンとして生まれた「バネット」の乗用版である「バネットコーチ」の後継として、1991年に「バネットセレナ」の名で誕生した。さらにさかのぼると、1969年の「サニーキャブ」にまで歴史をたどることになる。


「セレナ」の祖となる「バネットコーチ」(1980年)(写真:日産自動車

そもそもが、商用のワンボックスカーとして製造されてきた経緯があり、バネットも運転席/助手席の下にエンジンを搭載する、キャブオーバーと呼ばれる車体形式を持っていた。

エンジンの上に乗員が位置することで、そこから後ろはすべて荷室として広々と利用できるので、キャブオーバーは商用車として重宝された車体形式である。ちなみにトラックも、エンジンの上に人が乗っている。

こうした経緯は、トヨタのヴォクシー/ノアも同様で、ノアの前身となるのは1976年に初代が登場した「タウンエース」という名の商用ワンボックスカーだ。これに乗用のワゴンも追加されている。車体形式は、当然というべきキャブオーバーだった。

前輪駆動化でワンボックスからミニバンへ

その昔、乗用車といえば、4ドアセダンか2ボックスの小型ハッチバック車を指し、ステーションワゴンでさえ基本的には商用バンをベースにしたものだった。今日、当たり前のように存在するミニバンも、先祖をたどれば商用のワンボックスカーに至るのである。


1991年に登場した「バネットセレナ」もキャブオーバーだった(写真:日産自動車

5ナンバーミニバンという価値を導入したのはホンダで、1996年に前輪駆動の乗用車プラットフォームを使ったステップワゴンを登場させ、市場を席捲した。これに触発されて、ノアもセレナも前輪駆動を採り入れてミニバン化され、現在に至る。

セレナは、1999年の2代目でキャブオーバーのワンボックス車から前輪駆動のミニバンとなった。以後、ステップワゴンやノアとともに、三つ巴の展開をするのである。

そうしたなかで、「ハイウェイスター」という走行性を重視した車種や、「キタキツネ」の愛称でアウトドアを印象付ける車種などによる販売戦略が採られたが、2代目の途中から家族で出かける喜びを訴求する特徴づけを強化。“男のミニバン”から、温かな家族像を印象付けるミニバンとしてのPRを行い、独自の地位を築いた。

そもそも、ミニバンといえば家族のためのクルマだが、改めてそこに絆の深さと安心を再認識させたのだ。

その戦略が2007年以降、ミニバンとして3年連続で1位という販売を記録することにつながる。4代目ではさらに、軽い力でも3列シートを折りたためるようにするなど、女性視点での商品価値の充実にいっそう磨きをかけた。

e‐POWERとプロパイロットの価値

現行の5代目では、家族の絆という中核の価値や、女性でも扱いやすいといった利便性はそのままに、技術の日産らしい競合と差別化を図る技術で、5ナンバーミニバンとしての魅力を向上させた。それが昨年の販売実績に表れていると言える。

1つは、日産が「e‐POWER」と名付けるハイブリッド車(HV)の投入だ。


「ノート」はe-POWERの登場により3年連続コンパクトカーNo.1となった(写真:日産自動車

ノートから導入されたe‐POWERの特徴は、電気自動車(EV)「リーフ」の電動技術を応用したモーター駆動によるシリーズ式ハイブリッドである点だ。それによって、ブレーキペダルを操作せず、アクセルペダルのみでの加減速や停止が可能となった。日産はこれをe-POWER Driveと呼ぶ。

【2020年3月9日16時30分追記】初出時、e-POWER Driveに関わる記述に誤りがあったため、上記のように修正しました。

若干の慣れが必要だとはいえ、使い慣れれば日常的に安心感の強い運転操作となる。万一の危険に遭遇したら、アクセルペダルを素早く戻すだけで強い回生が働き、すぐに減速できるのだ。

もちろん、最終的にはブレーキでの減速・停止が危険回避には不可欠だが、アクセルペダルからブレーキペダルへ踏みかえるまでの空走時間をなくし、事故を未然に防げる可能性を高めている。

また、ワンペダルを日常的に利用するためのアクセル操作は、丁寧な足の動きを求めるため、燃費を向上させることもできる。そして、ブレーキパッドの摩耗を抑え、保守管理費の節約にもつながる。EVを含め、モーター走行のよさを発揮できるのが、日産方式のハイブリッドであり、ワンペダルでの運転なのだ。

車線維持などを含む、前車へ追従しながら一定速度での走行を支援する「プロパイロット」を、最初に採用したのがセレナであった。これは、高速道路の移動を楽にするのはもちろん、横風などに対し車線内を維持して走行し続けることを促す、安心機能でもある。


2019年のマイナーチェンジでプロパイロットは下り坂での設定速度保持など機能向上が図られた(写真:日産自動車

運転にまだ不慣れな人や苦手意識を持つ人にとって、高速道路の運転は敬遠されがちだが、プロパイロットを活用すれば、遠出も苦にしなくなる可能性があるだろう。しかも、プロパイロットの作動スイッチは簡単明瞭で、すぐに覚えられる。

さらにその副次的効果として、ハンドル操作をクルマが誘導する機能により無駄なハンドル操作が減って、ミニバンで車酔いしやすい3列目シートでの乗り心地も改善されることになる。

EVの経験が独自の価値を生み出した

技術の日産が構築した先進技術が、家族の絆を大切にするミニバンへの安全と安心、そして快適性をさらに高めた。そして、その領域はヴォクシー/ノアが追いつけずにいるアドバンテージでもある。

ステップワゴンは、ハイブリッド車もあり運転支援機能を追加しているが、モーター駆動を最大に生かしたセレナを凌駕する商品性は得られていない。EVを市販した経験の有無で、ミニバンのハイブリッドカーの商品力がここまで違ってきているのである。

ワンペダルを実現するe‐POWERというシリーズハイブリッドと、運転支援のプロパイロットの機能を手に入れたければ、セレナ以外に選択肢はない。ここに、セレナの強みがあるのだ。

今後、さらにセレナの魅力を高めるとするならば、日産がリーフで築いた電動化技術による商品性の広がりをさらに採り入れ、生かしていくことがカギを握るのではないか。

5ナンバーミニバンのEV化やプラグインハイブリッド(PHEV)化はもちろんだが、例えば、リーフの「プロパイロット パーキング」がセレナにも装備されれば、白線の引かれた駐車場なら、縦列でも並列でも自動で駐車させることができる。女性ドライバーなどからは、「駐車だけでも自動でやってくれるクルマがあれば欲しい」と切実な話を耳にする。

プロパイロット パーキングの操作は実に簡単で、モーター走行であるがゆえに、前進も後退も、ハンドル操作もすべて自動で行い、駐車を済ませると自動的にパーキング(P)にシフトされるという具合だ。

モーター走行を生かしたユニバーサルデザインへ

またe‐POWERは、福祉車両においても独自の強みを発揮する。

オーテックジャパンで製作される車椅子仕様の福祉車両の場合、e‐POWERであることによって、車椅子を乗せやすい低床でありながら、EV走行させることで静かに住宅地へと近づけるのだ。EVほどバッテリー搭載量が多くないから、車椅子仕様も容易に作れるのである。


オーテックジャパン扱いとなる福祉車両「ライフケアビークル(LV)」も複数用意(写真:日産自動車

またEV走行ができれば、屋内にクルマごと乗り込むことだって不可能ではない。高齢者や障害が重篤な状態の際、施設などとの連携を図っての屋内への乗り入れは、有効な手段の1つとなるだろう。

なお、3列目シートを折りたたんで車椅子を載せる際にも、窓から外の景色を眺められる収納方式により、セレナの3列目席は閉塞感を薄らいでもいる。

高齢化社会を迎える日本の5ナンバーミニバンとして、モーター走行を生かした福祉車両の充実が、消費者の信頼や期待をさらに高めていくことになるだろう。

それはまた、単に標準車と福祉車両という区別ではなく、セレナ自体が福祉を視野に入れたユニバーサルデザインを進化させることで、世代を超えた家族の絆の結びつきをいっそう強めていく車種となることを期待させるのである。