福田正博 フットボール原論

ジュビロ磐田名波浩監督が、6月30日の川崎フロンターレ戦(1−3で敗戦)後に3勝5分9敗で最下位という成績不振の責任をとって辞任した。後任には、鈴木秀人ヘッドコーチの昇格が決まった。今回の監督交代をふまえて、元日本代表の福田正博氏がプロサッカークラブの指揮官を務めることの難しさを考察した。


2014年から磐田を率いて6年目で退任した名波浩監督

 名波監督の退任劇はクラブ間の資金力格差や、長くチームを率いることの難しさについて考えさせられた。

 名波体制が誕生したのは、2014年9月末。前年のJ1で17位になってJ2を戦っていたジュビロ磐田は、『J2優勝』と『J1昇格』を目標に掲げて、2014年シーズンからペリクレス・シャムスカ氏を監督に招へい。しかし、シーズン終盤の順位が自動昇格圏外などを理由に契約を解除し、チームの指揮は名波監督に託された。

 磐田はこのシーズンでのJ1昇格は逃したものの、翌シーズンJ1に復帰。3年ぶりのJ1となった2016年は13位、2017年は開幕前に中村俊輔を獲得したことも好影響をもたらして6位に躍進した。

 しかし、さらなる上位進出を目指した昨シーズンは、故障者が増えたこともあって波に乗れず、残留争いに巻き込まれて16位。今季は下位に低迷してシーズン途中の退任劇となってしまったものの、名波監督が約5年のキャリアで示した指揮官としての成果は、間違いなくある。

 磐田は初優勝した97年、99年、2002年と過去3度のリーグ王者になっており、その黄金期を支えたクラブOBたちが名波監督のもとで強化を続けてきた。だが、当時と現在を比較して、いまの磐田の資金力は潤沢とは言えない。それが名波体制を苦しめた遠因だったのではないかと考えている。

 黄金期の磐田には日本人選手は日本代表クラスが多く、それに加えて、現役ブラジル代表のドゥンガや、元イタリア代表のサルバトーレ・スキラッチらも在籍していた。現在では、代表クラスの日本人は海外へ移籍することがほとんどであり、また、世界的なタレントを獲得するには莫大な金額が必要になる。

 名波監督は、数年後には黄金期のような上位争いをすることを目標にしていたはず。だが、常に優勝を争うビッグクラブになるためには、能力の高い選手を毎年補強し続ける必要がある。それを実現するだけの資金力が、いまの磐田に十分にあったとは言えないだろう。

 Jリーグに限らず、各国リーグには、大きく分けて4つのグループがある。「残留を目指すエレベータークラブ」「中位」「トップ5圏内」、そして「優勝やトップ3を狙うクラブ」だ。本拠地のある地域の人口や商圏の広さなどもクラブの運営に大きく関わってくる。このヒエラルキーのなかで、いまの自分たちがどこの立ち位置なのかを見極めて、そのうえで強化や戦力補強、育成を進めていかなくてはいけない。

 ヴィッセル神戸や名古屋グランパス、浦和レッズのように豊富な資金力を持つクラブであれば別だが、そうした資金力のないクラブは、Jリーグで上位争いを毎年続けるのは難しい時代になってきていると言える。あるいは、川崎や鹿島のようにタイトルを獲り続けて、ここ数年で一気に増えた優勝賞金を強化費にするクラブにならなくてはいけないだろう。

 名波監督は就任から6シーズン目で退任したが、Jリーグでは西野朗監督がガンバ大阪で9シーズン(2002年〜2010年)、湘南を2012年から率いる者貴裁(チョウ・キジェ)監督が今季で8シーズン目を迎えている。世界を見渡せば1986年から2013年までマンチェスター・ユナイテッドを率いたアレックス・ファーガソン氏の27年や、1996年から2018年までアーセナルを率いたアーセン・ベンゲル氏の22年のケースなどあるが、これは異例中の異例だ。

 国内外にかかわらず最近の傾向として、監督は3シーズンくらいで交代するケースが目立つ。代表例はジョゼップ・グアルディオラ監督だ。2008−09シーズンから4シーズンバルセロナを率い、1シーズンの休息を挟んでバイエルンの監督に就任。ここを3シーズンで去ると、2016−17シーズンからはマンチェスター・シティを率いている。どのチームでも長期政権を確立できる実績を残してきた名将であっても、1チームでの指揮期間は3、4年ほど。この理由のひとつには、欧州トップクラブの監督業の心身への負荷が、我々が想像できないほど大きいことがあると思う。もちろん、マンネリ化による求心力の低下という側面もあるだろう。

 監督の仕事の主たるものは、選手を掌握することにある。ただ、選手というものは長く同じ監督のもとにいると、その存在や言葉に慣れてしまうものだ。ファーガソン監督やベンゲル監督のようなケースは稀で、どんな名将であっても、チームに刺激を与えられなくなっていくものだ。そうした面での苦労は、指揮官になって6シーズン目の名波監督にもあったはずだ。

 名波監督は非常に魅力的な人間性を持ち、発信力もある。長く在籍したジュビロ磐田のカラーが強いものの、セレッソ大阪や東京ヴェルディでのプレー経験もあり、海外リーグでプレーした実績もある。今後、招へいを考えるクラブも多いはずだ。

 彼は、オファーがあっても彼の心を揺さぶるようなモチベーションを持てなければ、簡単には首を縦に振らないだろう。ただ、名波監督は意気に感じれば動く人柄なだけに、そうした心意気で彼を口説き落とすクラブが現れて、ふたたび指揮官となる姿を見たいと思う。