鈴木涼美さん

写真拡大

 AV女優を引退した後に新聞記者となり、現在は作家として活動する鈴木涼美さん(35)。渋谷ギャルとして女子高生ブームの真っただ中を生きた彼女に、あの時代の光と影について聞かせてもらった。

「'90年代なかばには援助交際やブルセラが『朝まで生テレビ!』や新聞などで取り上げられるなど、女子高生が注目されていた。私も含めて、当時の女子高生の多くがそうした話題を耳に入れていたので、当時の渋谷にはブルセラショップに行く子、援助交際をする子、またそれらに興味を持つ子が一定数いました。

 とはいえ、援助交際も実際の経験者は、それほど多いわけではありません。渋谷の近くの高校に通っていた私の周りでも、今でいうパパ活的に“お茶を飲むだけでお金をもらった”ような場合も含めて、その数は20%に満たないくらい。日本全体ではもっとずっと少ないはずです。当時の女子高生がみんな乱れていたわけではないんですよね」

売り値は「P10」「B12」「L7」

 鈴木さん自身は1999年に高校入学。携帯のiモードが出始めたばかりで、SNSもなかった時代。女子高生の情報源はもっぱら街中や学校での知人・友人からのクチコミだった。

「ブルセラの初期は、お店が女子高生から下着を買い取って、本人の写真をつけて販売していたけれど、それでは本物かどうかわからない。だから“生脱ぎ”が主流に。なかには生理用品や唾液、排泄物まで売る子もいました。店に売り上げの4割ほど取られたけれど、生脱ぎといってもパンツの下にTバックをはいていたし、ほとんどリスクなく指1本触れられずに性を売れる時代でした」

 当時のブルセラショップに集まる女子高生は、偏差値の低い学校からお嬢様学校、難関で知られる名門校までさまざま。店内はマジックミラー仕様で、女子高生たちがズラリと並び、胸には4ケタの番号と、「P10」「B12」「L7」などと書かれた値札がつけられていた。

 Pはパンツ、Bはブラジャー、Lはルーズソックス。数字は売り値で、それぞれ10=1万円、12=1万2000円、7=7000円ということ。これら“商品”の価格は自分で決めていたとか。

 客は気に入った女子高生の番号と購入するものを店員に告げる。すると指定された女子は、その場で脱いで、電話ボックスのような場所の小さな窓から商品を渡し、伝票を受け取る。

「ブルセラはセックスなし、お酒もつがず、話もしなくていいので何も失った気がしない。当時の女子高生たちが、自分を万能と感じてしまった理由のひとつです」

 その後、法律が改正されて取り締まりが厳しくなり、ブルセラショップは'00年代前半に衰退。だが女子高生の中には、同じ女子高生の元締めを介したり、街で声をかけてくる人と直接やりとりしたりして、援助交際を続ける人もいた。

「当時は、手の届く範囲にそうした誘いがたくさんあって、好きな彼氏がいるとか、親がすごく厳しいといった理由がないと、流されやすい状況でした。それに自分たちが時代の中心を担っていて、何をやっても自由だという自信があったのでしょう」

キャバ嬢やAV女優のイメージが激変

 2002年、鈴木さんは慶應義塾大学に現役合格する。そのころ、女子大生のバイト先としてブームになりつつあったのはキャバクラ嬢だった。実際に勤めるとまではいかないまでも、体験入店を繰り返し、1日で1万5000〜2万円を稼ぐだけの女性もいた。

「女子高生ブームとキャバ嬢ブームは時代的にほぼ連続しています。特に、女子高生時代にブルセラなどで気軽に稼いだ子たちのニーズに合ったのは、体験入店。ドレスは借りられるし、ヘルプなのでお客との携帯番号の交換も不要。体入荒らしと呼ばれる女性もいた」

 鈴木さんも、大学に通う傍ら、キャバクラやAVなど夜の業界をうろうろする女子大生として過ごした。

 平成が終わろうとしている今、キャバ嬢やAV女優に世間が向ける眼差しの変化を感じている、と鈴木さんは言う。

 とりわけ'05年創刊のファッション誌『小悪魔ageha』の存在は大きい。ギャルブームを再燃させ、キャバ嬢のスタイルとイメージをも変えた。

「いまのキャバ嬢は服がロングからミニドレスになって、メイクも控えめ。異世界というより普通の女の子のイメージ。インスタでも圧倒的に女子のフォロワーが多くて、ファッションリーダーになっています。以前はあくまで稼ぐ手段だったのに、最近では中学時代から憧れの職業だったとか、お母さんが応援して店に送ってくれるという話も」

 AV女優も同様で、紗倉まなや明日花キララなど、テレビ出演したり、作家業に進出したりするなど、AVの枠を超えた人気を誇る女優たちの活躍も目立つ。

 だが一方で、こんな懸念も抱いている。

「ブルセラだって、みんなが店に行ってコミュニケーションをしなくちゃいけないし、店のオジサンとも話さなくちゃいけないし、うまくやっていこうと社会を学びました(笑)。

 ところが今はネットを使えば個人売買が可能になったし、パパ活はアプリに登録するだけでできる個人売春みたい。ここ20年でデリヘルの数は飛躍的に増え、デリヘル嬢は自宅と派遣先の送迎をしてもらい、会うのはお客さんとドライバーだけに。どれもコミュニティーを壊す流れですよね」

 かつての女子高生には、渋谷という街と、ギャル同士のつながりという味方があった。

「風俗業界で女同士の友達ができないと、なにか困ったときに相談したり、助け合える人がいない。夜の女の子たちが孤立する問題は深まるばかりです」

《PROFILE》
鈴木涼美さん ◎1983年生まれ。作家・社会学者。慶應義塾大学、東京大学大学院卒で元キャバ嬢、元AV女優、元日経新聞記者という異色の履歴。著書に『オンナの値段』(講談社)ほか