「羽田アクセス線」で激変、東京の鉄道勢力図
京浜急行電鉄の空港線。JR東日本の羽田空港アクセス線が実現すると大きな影響を受けそうだ(撮影:尾形文繁)
「早ければ2028年にも開業」――。JR東日本(東日本旅客鉄道)が新たな中期経営計画を発表した7月3日以降、同社がかねて検討を進めてきた「羽田空港アクセス線」の開業時期について、各メディアで報じられた。ついに事業化に向けてスタートしたのだろうか。
今すぐ着手すれば10年後に完成
この点について、JR東日本の深澤祐二社長は、「2028年開業とは言っていない」と明言する。むろん、JR東日本は羽田アクセス線の開業に意欲を燃やしており、少しでも早く開業したいということは間違いない。
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深澤社長によれば、現在行っている作業は2つ。まず、羽田アクセス線は羽田空港の地下を走るため航空局などの関係各所と調整を行い建設計画の精度を高めている。また、3400億円という巨額の事業費をどう手当てするか、そのスキームを検討している段階だという。
こうした基本計画案が固まると、約3年かけて環境アセスメントが行われる。そして環境への影響がないことが確認できてようやく、新線建設が認可される。工事に要する期間は約7年という。つまり、今すぐ環境アセスに着手できれば、10年後に工事が終わるというわけだ。
「当社の希望としては、今年度中にスキームをはっきりさせたい。環境アセスにもできるだけ早く取りかかりたい」(深澤社長)。開業時期はともかくとして、羽田アクセス線構想ががぜん現実味を帯びてきたのは間違いない。
羽田アクセス線は2016年に国土交通省の交通政策審議会答申で「事業計画の検討の深度化を図るべき」と位置づけられるなど、国や東京都が整備を期待している路線である。当面の構想は都内主要駅と羽田空港国内線ターミナルビルの直通だが、交通政策審議会は、国際線ターミナルへの延伸についても「検討が行われることを期待」している。
出所:JR東日本、国土交通省などの資料を基に編集部作成
同路線の構想の中心にあるのは、東海道貨物線の東京貨物ターミナルと羽田空港国内線ターミナルビル間の約6kmの新線建設だ。さらに東海道線と東海道貨物線を新設線でつなげば東京駅と羽田空港が直通する。また、りんかい線と新設線をつなぐことで、西側では新宿、渋谷と、東側では新木場と羽田空港が乗り換えなしの1本で結ばれる。同時にりんかい線と京葉線を新木場駅で相互直通させる計画もある。
つまり、羽田アクセス線は上野東京ライン、常磐線、宇都宮線、高崎線、埼京線、京葉線に直通し、関東の広範なエリアから集客できる。羽田空港から東京ディズニーリゾートに乗り換えなしで行くといった芸当も可能になるのだ。
羽田アクセス線の長所は主要駅と空港が乗り換えなしで結ばれることだけではない。主要駅―羽田空港間の所要時間も劇的に改善される。東京―羽田空港間は東京モノレール利用時の28分、京浜急行電鉄利用時の33分から18分へ、新宿―羽田空港間は京浜急行線利用時の43分、東京モノレール利用時の48分から23分へ、臨海部では新木場―羽田空港間が東京モノレール利用時の41分から20分へと短縮される。
京急は運行本数増加で対抗する
羽田アクセス線が登場すると、京急と東京モノレールは羽田空港へのアクセスで現在得ている主役の座を追われかねない。両社は羽田アクセス線にどう対抗するのだろうか。
京急の鉄道輸送人員に占める羽田空港利用者の割合は年々増え、全体の約1割に迫る。空港線の運賃には新線建設費用を回収するための加算運賃を上乗せしているため、収入ベースのウエートはさらに大きい。国際線利用者と横浜方面の利用者は羽田アクセス線の影響を受けないと思われるが、新宿、渋谷方面からやってくる国内線利用者は、京急が何も手を打たないと羽田アクセス線にシフトするのは必至。
京急の対抗策は利便性の改善だ。「(2027年頃に予定されている)京急品川駅の地平化によってホームは2面3線から2面4線になる。また、羽田空港国内線ターミナル駅に引き上げ線を新設することも検討しており、これらによって品川―羽田空港間の輸送力増強が可能になる」と、京急の担当者は説明する。
もし品川―羽田空港間の運行本数が現在よりも大幅に増えて、待たずに乗れるようになれば、羽田アクセス線への利用者転移を多少は食い止めることができるかもしれない。京急は品川駅前に大型ビジネスホテルやショッピングセンターを抱えており、これらを再開発して大規模複合施設に建て替える計画もある。リニア中央新幹線開業で重要性が高まる品川駅における京急の存在価値低下は何としても回避したいはずだ。
東京モノレールは、親会社のJR東日本が進める羽田アクセス線構想について様子見の構え(撮影:今井康一)
一方の東京モノレールは2002年からJR東日本の子会社となっている。羽田アクセス強化に向けて東京駅へ延伸するという独自構想を持つが、首都圏全体に効果があるJR東日本の羽田アクセス線構想と比べると影が薄い。
運行本数増で対抗する京急に対し、東京モノレールは「羽田アクセス線の詳細が決まっていない現状では、対策について検討は行っていない」(同社広報)と、当面は様子見の構えだ。
ただ、羽田アクセス線が実現したとしても、東京モノレールは国際線ターミナルに乗り入れていることから、京急同様、国際線利用者の流出は防げそうだ。天王洲アイル、流通センターなどへの通勤路線として存続させるといった形で、羽田アクセス線とのすみ分けが図られるかもしれない。
大田区が推進する蒲蒲線
羽田アクセス路線を新設する構想はほかにもある。押上と泉岳寺を東京駅付近で結び、成田空港と羽田空港を直結させる「都心直結線」は交通政策審議会で検討されたものの、採算性でほかの候補路線に劣り、対象から外れた。
もう1つは大田区が推進する「蒲蒲線」(新空港線)である。東京急行電鉄多摩川線の矢口渡付近から京急蒲田までの約1.7kmに新線を建設し、分断されている東急・JRの蒲田と京急蒲田を鉄道でつなぐ。JR東日本の羽田アクセス線構想が飛び出すはるか昔、30年近く前から検討されてきた構想であり、大田区は事業費を1260億円と試算している。
鉄道事業者として蒲蒲線に関心を寄せているのが東急である。蒲蒲線が完成すれば、東急沿線の住民は渋谷に出なくても、東横線の多摩川駅から羽田に向かうことができるため、東急沿線住民のメリットは大きい。また東急側は東横線と多摩川線を結び、渋谷から蒲田まで直通させるとしており、東京メトロ副都心線、西武鉄道池袋線、東武鉄道東上線など首都圏西部の広範なエリアからの集客をもくろむ。
東急蒲田駅に出入りする池上線と多摩川線の車両。東急・JRの蒲田駅と京急蒲田駅を接続する「蒲蒲線」構想に近年注目が集まっている(撮影:尾形文繁)
地図で見るかぎり、渋谷―羽田空港間は羽田アクセス線と比べて遠回りのようにも思えるが、東急電鉄の郄橋和夫社長は、「将来の羽田のキャパシティを考えるとJRさんだけでは足りず、複数の交通手段を存在させる必要がある」と発言、蒲蒲線の重要性を強調する。
蒲蒲線で東急とつながる京急は、従来から「成り行きを見守っている」(広報)と静観の姿勢を貫いてきた。しかし将来は、JR東日本が実現を目指す羽田アクセス線への対抗軸として東急とタッグを組む可能性がある。
京急蒲田駅の「高低差」が問題
問題は、東急と京急では2本のレール間の幅(軌間)が異なることだ。そのため、京急蒲田で空港線に乗り入れるわけではなく、「今のところは、いったん乗り換えていただく」(郄橋社長)としている。京急蒲田駅の空港線ホームは地上階にあるが、蒲蒲線ホームは地下設置が予定されており、乗り換えはやや不便だ。
空港線に乗り入れるためには、軌間が異なる路線を自由に走れるフリーゲージトレイン(FGT)の開発を待たねばならないなど、越えるべきハードルは高い。さらに、京急蒲田では両路線に高低差があるため線路の直通はできず、蒲蒲線を大鳥居まで延伸して直通させる必要もある。延伸工事を行うと、全体の事業費は3000億円を超える。
交通政策審議会答申では羽田アクセス線と蒲蒲線、どちらも高い採算性が見込まれているが、もし両方とも建設された場合、はたして計画どおりの収益を上げられるだろうか。鉄道だけが羽田アクセスではなく、首都高速中央環状線の開通で空港バスが格段に便利になったエリアもある。事業化に関しては、あらゆる可能性を考慮して、慎重に見極めを行うべきだろう。