「経営陣の近場人材」ばかりが出世する不条理
あなたの会社でも内部事情による「ガラパゴス人事」が行われていませんか?(写真:LeoWolfert/iStock)
多くの日本人が熱狂したワールドカップ(以後W杯)から早くも約1カ月が経過。次のカタール大会に向けて日本代表新監督に、森保一氏が就任することになりました。ニュースで大々的に取り上げられているので多くの方が知っているはずです。森保氏は、東京五輪代表監督と日本代表監督の兼任になります。2000年シドニー五輪と2002年W杯日韓大会で指揮を執ったフィリップ・トルシエ氏以来で、日本人として初です。代表経験のある選手たちからは「必ずついていく」「すばらしいチームになる」と歓迎する声が出ています。日本監督による過去最高成績を達成してくれるのではという期待感の高まりすら感じます。ところが、サッカーファンは大いに盛り上がり、喜びの声ばかりなのかと思えば、
「日本サッカーで人事のガラパゴス化が進みそうで心配です」
とネガティブな意見も耳にします。どうしてなのか? その理由は森保新監督の能力ではなく、選定方法に問題を感じているからのようです。
多くの方がご存じかと思いますが、ガラパゴス化とは、日本独特の進化を遂げた結果、世界での適応力を失い、最終的に競争力を失う、淘汰されることをさす、日本で生まれた言葉です。携帯電話の「ガラケー」(ガラパゴスケータイ)という言葉が有名ですね。通信方式も日本独自に開発され、海外の標準規格と大きく異なるため世界市場で売りにくく、海外勢の後塵を拝しました。サッカー代表監督の選考でも、世界の趨勢と関係なく、内部事情による「ガラパゴス人事」が行われているのではないかと危惧されているのです。
「目の届く範囲」で「勝手知る」
新監督を一言で言うと、選考をする側の人たちが「よく知っている人」というところでしょうか。日本代表チームのW杯ロシア大会にも帯同していました。「目の届く範囲」で「勝手知る」ということが選考で優先されたとしたら、世界で勝てる、世界基準のサッカーからかけ離れてしまうと、ファンが心配するのもうなずけます。
人選する時間が十分にあり、監督候補が世界中に多数いる状況下、いったいなぜ身近な人材から選んだのか。結果が出るのは先ではありますが、筆者もファンの懸念には共感する部分があります。それは日本社会、および日本企業の人材登用に通じる問題点と思えるからです。
日本企業もサッカー日本代表の監督選びと同様、次世代の経営を担う幹部人材を登用するときに「目の届く範囲」「勝手知る」中から選ぶ傾向があります。会社の役員に対してどれだけ名前を覚えてもらっているか、その仕事ぶりを知ってもらっているか、にかかってしまう。まったく無能な人材を登用するわけではありませんが、
「同じ会社の部下たちでも面識がない人物を幹部に登用することは考えがたい」
ということになるのです。なかには些細な対面の場面の言動や行動だけで「あいつは優秀だ」との評価を得てしまうこともあるようです。知人である不動産会社の幹部になった人物は同僚の披露宴でのスピーチを聞いた役員が
「なかなかしっかりしたことを言える人物だ。将来が嘱望される」
と傍に呼び、酒を飲みながらの初対面。その対面をきっかけに幹部に登用されたのでは……と話してくれました。ちなみに筆者がある会社の幹部登用を決める会議に参加したときに
「この●●くんという人物は面識がないから推薦はできないよ」
と数名の役員が「知らない」「だからダメ」とのコメントで抜擢がされなかった場面に遭遇したことがあります。重要な選考なので、自分が知らない人では検討しようがないというのはわからなくはないのですが、幹部になるような人物は自分の守備範囲にいるはずだと信じ、それ以外を排除しているとしたら、大変もったいないことです。
大企業でも「知らないから抜擢しない」が起きている
ちなみにこの会社は中堅クラスの規模でしたが、同様に「知らないから抜擢しない」というような選考は大企業でも起きています。といいますか、むしろ大企業ほど人材は全国規模で点在しており、本社の経営陣からすれば知らない幹部候補が、各地に山のように埋もれている可能性があります。
筆者はかつて従業員が1万人を超える大企業で、本社勤務が1回もない、役員との接触機会も限られた職場に長く勤務していました。本社でないところで、幹部としての活躍の可能性を感じる人材に遭遇したことは何回もあります。ただ、残念ながら幹部候補への抜擢はされないケースが大半。
ある一人がつぶやいた言葉を今でも覚えています。「自分は本社の人からすれば誰も知らない存在ですから、(登用されなくても)仕方ないですよ」と肩を落として言うのです。実際、本社の役員からすれば「知らない」存在で、候補にもならなかった気がします。幹部を選ぶのが本社役員の守備範囲までであるがゆえの、残念な出来事に見えました。
でも、幹部を選ぶ人たちの守備範囲だけで選考を行っていいのでしょうか? いいわけがありません。経営幹部の近くにはいないだけで、社内に逸材がいる可能性はおおいにあります。力があるにもかかわらず、たまたま経営層の近くにおらず、埋もれた人材。そんな人がくすぶらないために、経営陣は幹部候補をもっと広い範囲で探すべきです。自分に近づいてくる人物や、たまたま縁があった人物だけでなく、接触機会を広く設けるべきでしょう。
「仕事ぶり」がわかるようにすることが大事
そうした可能性を広げるため、社内の幹部候補人材の「見える化」を実現するシステムを導入する企業が増えています。HRテックにおけるタレントマネジメントと呼ばれるサービスの活用ですが、大事なことは幹部候補の「仕事ぶり」がよくわかるようにすること。
取得した資格やスキルに加えて、取り組んだプロジェクトと成果、また部下等からの評価。これまで関わりがなくても仕事ぶりがわかるようにプロファイルを残しておくことが重要です。最近はクラウドで費用対効果の高いサービスが続々と登場しています。たとえば、プラスアルファ・コンサルティングが開発したタレントパレットというサービス。これは、社員の仕事ぶりを柔軟に残しておけるだけでなく、無料で利用できる適正テストなどを用いて「社交性」や「協調性」、「環境順応性」といった性格・タイプを、科学的アプローチから8つの座標軸で適性判断することができます。こうした機能を活用して、適任な幹部候補の発掘を進めたいものです。
また、HRテックに頼るだけでなく幹部人材を発掘するためのイベントを行うことも有効でしょう。たとえば、役員が担当部門を越えた形で行うプロジェクトを必ず担当するということ。それにより、広く幹部候補との接触機会を増やそうとする会社が増えています。業務改善や新規事業の立ち上げなど、会社が抱える課題の解決を部門横断で取り組む機会を創出。そのプロジェクトにおいて新たな幹部候補との出会いが生まれることが期待されているということです。
そもそも、組織横断のプロジェクトは縦割り組織で生まれる弊害を払拭する効果があります。各社が果敢に取り組む傾向が出ていますが、新たな幹部候補の発掘という「副次的な効果」も期待できるこは会社にとって有益です。いずれにしても幹部候補を「目の届く範囲」で「勝手知る」対象だけで選ばないように仕向けること。競争の厳しい時代、このことがますます重要になっていくのではないでしょうか。