ティム・クックCEOが独占インタビューに応じた(筆者撮影)

3月27日、アップルは新型のiPadや子供達の創造性を育む教育用カリキュラム「Everyone can Create」を発表した。その会場にて筆者は、同社CEO、ティム・クック氏にインタビュー。彼が考えるこれからの時代の理想の教育について話を聞いた。
インタビューにはアップルで教育関係の製品を担当するプロダクトマーケティング担当ヴァイスプレジデントで流暢な日本語も話すスーザン・プレスコット氏も同席した。そのインタビューの内容を、最近のアップルの動向に関する解説も加えながら振り返りたい。

教育市場におけるアップルの役割とは?

ーー今日、アップルから非常に幅の広い教育に関する取り組みが発表されました。アップルの教育市場における役割はどのようなものだとお考えですか。

クック:まずは非常に強力な教育の道具をつくることです。でも、それだけでよい教育ができるとは思っていません。強力な道具が、教え子たちを奮い立たせる教員達と結びつくことこそが大事だと思っています。その結びつきこそが世界を導き、人類を前進させる次世代を育みます。

最近、我々はただ道具をつくるだけに踏みとどまらず、我々の得意分野で、こうあるべきだという視点を持つ分野で、子供達の技能習得の手伝いを始めました。我々自身の専門性をいかして、そうした領域に貢献したいと思ったのです。

どんな領域かは本日の発表でご覧いただいた通りです。

1つ目は「コーディング(プログラミング)」です。言うまでもなく、我々がもっとも得意とする分野です。

ただプログラミングを教えるカリキュラムをつくっただけではなく、まずはプログラミング言語をつくるところから始めました。

何故なら、それまで使われていたプログラミング言語は、書いたプログラムの見た目が技術的過ぎて難解だったり、ある意味、オタクっぽかったからです。過去に学ぼうと思う人々が少なかったのはそのためだと思っています。彼らはコードを書くことで自己表現をしていると思えていなかったのです。

Swift Playgroundsを核に

だから、使いやすさで定評のある我々のハードウェア製品と同様に、親しみやすさや使いやすさを備えたプログラミング言語をつくることにしました。

その後、人々が簡単にプログラミングを学び始められるよう独習教材の「Swift Playgrounds」を作り、さらにはこのSwift Playgroundsを核にプログラミング教育のためのカリキュラムを開発しました。

※ ※ ※


「Everyone Can Create」は、既存の授業プランに、写真撮影、作曲、映画制作といったクリエイティブな活動を組み込むことを支援する(写真:アップル)

クック氏の説明の途中だが、ここで1つ解説を挟ませていただく。

アップルがSwift言語を発表したのは2014年。それまではMacやiPhoneのアプリ開発には、故スティーブ・ジョブズ氏が1980年代に惚れ込んだObjective-Cという先鋭的で文法の美しさに定評があるプログラミング言語を採用していた。

「iPhoneアプリ開発者」という新たな花形職業につくために世界中にこの言語を学ぶ学校が現れた。そんな中、アップルが突然、新たなプログラミング言語「Swift」を発表した当時は、まだ初期のSwift言語が稚拙だったこともあり、その意図がわからないと不平を述べる人も多かった。だがアップルは改良を続け、ついにはこれを標準の言語とした。

その頃には、この言語のわかりやすさや使いやすさの評判が広がり、現在ではIBMなどもこの言語を推進するパートナーとなっている。SwiftはMacやiPhoneと言ったアップル製品だけでなく、WindowsやAndroid、Webサーバーのためのプログラミングにも使えるまでにその応用も広がりを見せている。

アップルは、その後、iPad上でSwiftを学べる独習型教材アプリ「Swift Playgrounds」を開発。最初はゲーム感覚でキーボードすら使わずにプログラミングの基礎を学び始め、その後、ステップアップしていけばロボットやドローンを操縦したり、本格的なiPhoneアプリの開発もできるというものだ。

Swiftプログラミング言語で使われる単語などが英語に近いため、日本国内では立教小学校など、英語の授業にSwift Playgroundsを取り入れるところも出始めている。子供達に英語を使ったことで「何かができるようになる」という達成感を与えることが目的だ。

Swift Playgroundsを出した後、アップルは教職経験者を雇い入れ、「Everyone can Code」という学校用のカリキュラムを開発。先生たちにSwift Playgroundsをどう使えば授業に組み込めるか、どのように授業を進めると生徒達のやる気がのびるかなどを細かく教える電子書籍の無料配布を開始している。この教員用の手引きは日本語化も行われており、すでに国内でも多くの学校が採用を始めている。

※ ※ ※


iPadで授業のプロジェクト用にビデオを撮影するワイルダー小学校の生徒(写真:アップル)

クック:この「Everyone Can Code」というプログラムを通して、これまで接点がなかった多くのコミュニティカレッジ(2年生大学)や技術学校、専門学校ともつながりました。そしていいプログラムをつくるのに4年間の学位の習得は不要で、それがなくても驚くようなことができることを知りました。

こうした成果に非常に満足をしています。ただ、そこで踏みとどまるのではなく、今度は我々が間違いなく、もっとも得意であるもう1つの領域でも世の中に貢献しようと思い始めました。それは「クリエイティビティ」です。

クリエイティビティこそアップルの強み

クリエイティビティは我々の会社を我々の会社たらしめている重要な要素であり、創業者の故スティーブ・ジョブズがもっとも情熱を感じていた領域でもあります。

世界中の多くのクリエイター達が、我々がつくった道具を使って驚くような表現を作り続けています。

そんな中、昨今になって教育界隈の人々も、改めて「クリエイティビティ」というものの重要さに目が覚め始めたのを感じています。

そこで我々が提供を始めたプログラム「Everyone Can Create」は、ただ音楽や美術の授業で使われるだけではなく、歴史や数学、そして科学の授業でも使えるようにつくられています。

そうすることで、それぞれの教科をこれまでと違った視点で見れるようになり、その教科により関心を持ったり、熱中できたりするようになるのだと信じています。さらには、生徒達が知らず知らずのうちにクリエイティブな表現技法も身につけられるものと信じています。

ちょうどコーディング用のカリキュラムが生徒達に知らず知らずのうちに「課題解決」の技能や「批判的思考」の技能を習得させているのと同様にです。

ちょっと答えが長くなりましたが、こうしたことこそがアップルの教育市場における役割だと思っています。

ーー「Everyone can Create」は、まさに私がアップルに期待していたものだったので、今回の発表を嬉しく思っております。

クック:そういっていただけると嬉しいです。クリエイティビティは何よりも大事であるに関わらず学校では欠如しています。誰もが「教科学習」という方法にあまりにも固執し過ぎて、それぞれの教科というサイロの中に止まってしまっているのです。本来、大事なのはその教科と、世の中のもっと広いコンテクスト(文脈)との接点であるべきはずなのに。

ーーつまり複数の学問が交わる「interdisciplinary(学際性)」の重要さ、ということですね。

クック:その通りです。そうしたモノの見方を身につけるのに4年生大学への入学まで待つ必要はありません。むしろ人生のもっと早い段階で身につけるのが良いと思っています。特にクリエイティブなスキルは、子供達が学ぶすべての教科と密接に結びつけて教えられるべきものだと思います。クリエイティビティというのは、何かかけ離れたものではなく、我々が何かを考えるときにその核となるものであり、人生でさまざまな体験をする上でもその糧となるものです。

「コーディング」というものに関してもまったく同じ目で見ています。実は「コーディング」というものもつまるところは自己表現の方法の1つなのです。

そして自己表現はどの教科においても大事なものです。

数カ月前、カナダの学校を視察しました。そこで我々が提供するコーディング教材を数学の授業に取り入れている教員の方と話をしました。

彼女はこの授業の結果、生徒達の習熟度や達成度が突出して高くなったと語っていました。

バラバラと思われていた教科の接点を増やすことの方が、サイロの中にこもらせて勉強させるより学習効果があると思います。これ以外にもいくつかの学校を見てきて、今では自信を持ってそう語れますし、これこそがすべてを変えるのだと思っています。

高等教育にも注力

ーーところで今回の発表内容はK-12(幼稚園から高等学校を卒業するまでの教育)の話が中心でしたが、大学機関などを含む高等教育についてはいかがでしょう。

クック:もちろん、高等教育市場にも非常に力を注いでいます。ただ、高等教育はたくさんの共通項がある一方で、何を学ぶかによって非常に多様性が生まれてしまう場でもあります。もちろん、K-12の教育も国や学校によって差異はあるでしょうが、高等教育の多様性はその比ではありません。だから今日はK-12の発表に絞りました。高等教育市場に関して1つ言えることは、Macの人気が非常に高いということです。なので、近々、また別の形でこの市場について語れればと思います。

ーー日本では2020年を目標に戦後最大と言われる教育改革が実施されます。

クック:よく存じています。

ーー今の時代を先導する企業として、日本の教育はどう変わるべきだと思いますか。

クック:実は日本はコーディング教育に関しては非常に熱心に取り組んでいると思います。クリエイティビティ教育も、まだ初期段階ではありますが取り組んでいます。我々がこれまでに得てきた知見などで必要なものがあれば、惜しみなく共有する準備はありますし、アドバイスもできると思います。

今回の発表会では、さまざまな教科でどのようにテクノロジーが役立てるかをお見せしましたが、そうした提案も共有していくつもりです。

ーーAI(人工知能)の台頭はあらゆる価値を変えると思っていますが、そうした時代にどういう教育的価値が重要になるとお考えですか。

クック:AIもそうですし、本日の発表にあったAR(拡張現実)も非常に大きな変化で、ゲームチェンジャーになると思います。どちらも現在、すでにある程度、使われ始めていますが、今後、指数関数的に使われることが増えてくると思います。じゃあ、そうした中でどういう価値が大事か。まず1つに「倫理」を学ぶことは大事だと思います。

大学入学や修士課程に進むのを待たずに、もっと早い段階から、いずれコンピュータが我々人間のように思考し始めるのだとしたらどうしたらいいかといった討論を始めるべきだと思います。そんな時代は、もう少し先のことではありますが…。

ただ、今がまだこうした技術の出発地点だからこそ、技術が人間性から乖離(かいり)した形で発展するのを抑え、むしろ双方を近づけることも可能だと思います。あまり他の人からは聞かない意見かも知れません。こうした技術の発展にどのようにすればヒューマニティを植え付けることができるのか、その可能性を探り、理解することが大事だと思っています。

AIの技術そのものはうまく使えば、不治の病と思われていたものを治療する方法を生み出したりと信じられないような成果を生み出すでしょうし、その良いポテンシャルは無限に広がりますが、それらすべてには「正しく使われれば」という条件が付きます。ARも同様に人間が本来持つ能力を拡張し、我々の対話をより豊かなものにするなどの可能性を秘めていて、殻の中に閉じこもってしまうVR(仮想現実)とは一線を画す可能性を持っています。

我々はAIもARも重要な技術と捉えており(iPhoneのOSの)iOS 11にはARkitやCoreMLといったARやAIアプリの開発を促す仕組みを搭載しつつ、バイオニックチップという半導体(ハードウェア)レベルでも、そのためのサポートを行っています。これら2つの技術は子供達だけでなく、全人類、全地球に影響を及ぼすものです。

数学と科学ばかりをやっていてはダメ

ーー子供にどういう教育を施すかは親の判断で、教育は非常にパーソナルなものでもあります。クックさんにはお子さんはいらっしゃいませんが、度々、他のインタビューなどで甥っ子さんがいらっしゃり非常にその教育を気にかけている様子を伺っています。最後の質問になりますが、クックさんの甥っ子さんに対する教育方針はどのようなものでしょう?

クック:ここまでで話してきたことの繰り返しになるかも知れませんが、彼には日頃から得意な数学と科学ばかりをやっていてはダメだと言っています。何故なら人々にキラメキを与えるのは、こうした異なる学科の接点にあるものだからです。なので、彼ができるだけ、そうした機会に触れられるように背中を押しています。

毎年、夏場はサマーキャンプに参加させて、彼が決して得意ではないことにいっぱい触れられるようにしています。昨年はモック・トライアル(学生同士で行う擬似裁判)に参加させました。昨年、彼は7年生(日本の中学1年生)だったのですが3週間かけて行われる擬似裁判に参加させました。裁判のための資料集めも彼にとって経験のない大変なことでしたし、裁判所での弁論にはスピーチの技量が必要とされます。スピーチは社会に出ると非常に重要なスキルですが、私が学生だった時代、学校はこうした技能の教育に力を入れていませんでした。

どのように弁論を進めるかを考えたり、誰か他の人の視点になって真剣に考えるというのは彼にとっても良い経験になったのではないかと思いますし、彼はその中で大変よくやったと思います。もちろん、最初は「なんでこんなことをやらせるんだ。と思ったでしょうがね」(笑)。私は教育における多様性を重視しています。そして1つの分野に閉じこもらず、大きな全体像を見る目を磨くことを。