新車販売は減っても自動車市場は拡大する

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電気自動車と自動運転、共同利用サービスなどの普及により、2025年頃から新車販売台数(乗用車)が減少に転じるという予測がある。クルマが売れなくなるのだから、既存の自動車メーカーは苦境に立たされる。だが自動車市場全体が縮小するわけではない。クルマでの移動はもっと便利になるからだ。これから到来する大変化の中身とは――。

■産業誕生以来の大変革をもたらすもの

2017年、ボストン コンサルティング グループ(以下BCG)は約半年間かけて、激変する自動車業界について詳細に検討・分析した。その結果、過去100年間とはまったく異なるトレンドが起きていることがわかった。

新たなトレンドを生みだす原動力は、1.技術の変化、2.社会の変化、3.規制の変化である。「1.技術の変化」では、電動化と自動運転が現実化しつつある。加えて「コネクティビティ」、つまり自動車がオンラインにつながるようになる。「2.社会の変化」としては、「シェアリング・エコノミー」が重要なキーワードになっている。最後の「3.規制の変化」としては、自動運転車に関する規制や排ガス規制などが各都市で動き出している。

バラバラに起きているこれらの現象を1つの大きな流れと捉えた場合、それによって自動車市場がどのように変化し、業界の利益構造をどう変えていくのだろうか。

まずは過去、世界における乗用車の新車販売台数がどのように推移してきたのかをグラフで示す(図表1)。グラフで分かるように、オイルショックやリーマン・ショックなど大きな景気後退によって販売台数が減少した時期はあるものの、過去100年間にわたり、ガソリン車を中心とした新車販売台数はおおむね伸び続け、自動車産業は順調に成長し続けてきた。

私たちの分析では、2025年頃を境に新車販売が二つに分かれ始める。新車販売のうち自らが乗車する目的で購入される乗用車の販売台数が減り始める。その一方で、シェアリング用自動車の販売台数は増加する。新車販売台数全体としてはほぼ横ばいとなり、従来型の自動車産業は成長を続けるものの、そのスピードは鈍化していく。

激変を起こす要素の1つは電気自動車の普及だ。ひとくちに電気自動車と言っても、ガソリンを一切使わないものから、ガソリンと電気、両方を動力源とするハイブリッド型、水素やバイオ燃料を動力源とする燃料電池車まで幅広いタイプがある。

このうち実用性という観点から、中長期的に普及すると見られるのはガソリン燃料を一切使用しない電気自動車(BEV)と、充電も給油もできるプラグインハイブリット車(PHEV)だ。ガソリンに比べて電気での走行は燃費が良い。現在はまだバッテリーは高価だが、将来的にはバッテリー価格の大幅な下落が進むと考えられるため、これらの普及が進むと考えられる。我々の試算では、新車販売台数(乗用車)に占める電気自動車の割合は、2017年にはわずか1%にすぎなかったものが、2035年には30%にまで伸びる。プラグインハイブリット車まで含めると、その割合は36%と、新車販売台数全体の4割近くに達し、ガソリン車を脅かす存在になっていく。

短期的に電気自動車の普及を後押しするのは、各国政府による「規制」だろう。近年、ノルウェー、フランス、イギリス、ドイツ、中国、インドなどが相次いで、将来的なガソリン車やディーゼル車の販売禁止を打ち出すか、もしくは検討していることが相次いで報じられている。二酸化炭素の排出規制も、欧州を筆頭に各国で強化が進む見通しだ。

2025年頃まではこうした規制が強力な後押しとなり、電気自動車の普及が進む。ただし、その後は規制よりも、「経済性」が大きな要因となってEV化が進んでいく。

■自動運転の普及が電気自動車の普及を促進

また、自動車業界の新たな潮流としては自動運転の普及だ。特定の条件下で無人運転が可能なレベル4、完全無人運転できるレベル5の自動運転車は、自家用以外に、運転手のいないロボタクシーやカーシェアリング(※1)、ライドシェア(※2)などの自動車のオンデマンドサービスでも使われるようになっていく。BCGの予測では、2035年の時点で新車販売台数に占める自動運転車の割合は23%。このうち自家用車とロボタクシーの割合はほぼ半々だ。これは、2025年までに自動運転車に対する規制が施行される、自動運転車のシェアリングサービスが開始される、自動運転車の部品コストが、類似のテクノロジーと同様のスピードで下がっていく、と仮定した場合である。

自動運転が普及することで、ロボタクシーなどのオンデマンド・サービスが普及すれば、その経済性がさらに進むと考えられる。多くの人が今よりも気軽に移動できるようになり、全体の移動距離も伸びていく。ちょっとした買い物のような、現在は自動車を使っていないシーンでも、玄関先まで迎えに来てくれる安価になったロボタクシーを使って移動することも考えられるからだ。

※1 登録を行った会員の間で、特定の自動車を共同利用するサービスあるいはシステムのこと。
※2 自動車の所有者・運転者と、目的地に移動するために自動車の乗りたいユーザーを結びつけるサービスあるいはシステムのこと。2010年に米国で開始された「Uber」を中心に、世界的に広がりつつある。

■利益が生み出される領域は大きくシフト

先ほど乗用車の新車販売台数が2025年頃に横ばいに転じると予想したが、自動車市場全体は今後も成長していく見通しだ。ただし、成長が見込まれるのは主に、今はまだ存在していない、または市場が極めて小さい分野である。

2017年の自動車業界を眺めると、既存ビジネスが利益の大半を占めていた。具体的には「従来の部品」「新車販売」「ファイナンス」「アフターサービス」などが利益の大半を占め、その合計額は2260億ドル(約23.9兆円)に上っていた。

この構造が、2035年になるとガラリと変わる(図表2)。旧来の新車販売がもたらす利益は減少し、代わりに電気自動車の販売やその部品、コネクテッドカーなどのデータ関連サービス、カーシェアやライドシェアなどのシェアリングサービスがもたらす利益が増大する。自動車業界全体の利益は3800億ドル(約40.3兆円)に膨らむ見込みだが、既存プレイヤーにとっては、そのプロフィットプール(利益がうみだされる領域)が新分野に大きくシフトしていくため、頭が痛い。

プロフィットプールが拡大していく新領域では、新規参入も相次ぎ、競争はますます激しくなっていくだろう。バトルゾーンには、日本でもすでにソフトバンクやNTTドコモなど、通信分野で実績のあるプレイヤーが参入してきている。加えて、アメリカやドイツの自動車会社も恐れつつ警戒しているのが、巨大市場を背後に控えた中国自動車産業の動きだ。

日本の自動車会社にとって、優位性を獲得している既存のプロフィットプールが減少していく一方で、今後はさらに「自動運転技術」「バッテリー生産設備」「充電インフラ」「自動運転タクシー車両」など成長分野への積極的な投資が求められるようになっていく。これら成長分野に対する投資は2030年までに自動車産業全体で9000億ドル(約95.5兆円)以上必要と試算しており、2035年までにはそれが2.4兆ドル(約254兆円)以上に膨らむ見通しだ。一方で、自動車会社の利益は今後減少すると考えられる。2017年の自動車会社の売上高利益(EBIT)率は、2017年の6.6%から、2025年には約1%ポイント減の5.5%になると予測される。自動車会社にとっては、利益が減少する一方で巨額の投資をせまられるという「ダブルパンチ」となる。

■日本メーカーの生き残る道

以上のことを総合し、自動車業界で起きている構造変化をわかりやすい図に起こすと、自動車会社とエンドユーザーの間にもう1つ、オンデマンド・プラットフォームが入った形になる(図表3)。ここでは、グーグルやアップル、テンセントなど異業種のプレイヤーも、デジタル・インテグレーターの座を狙って続々と参入してきている。オンデマンド・プラットフォームに対するサプライヤーの影響力は増す一方で、自動車会社は顧客との接点を失いかねない状況に置かれている。

このような状況下で日本の自動車会社が生き延びるには、根本的な発想の転換が必要になる。日本の自動車会社はこれまで、自動車の技術や作り方において数多くの革新を生み出し、それらを世界に「輸出」してきた。しかしながら、グローバル化した自動車産業界において、企業の国籍は意味を持たなくなってきている。各企業が世界の各市場のローカルなニーズに対して、どのような戦略を持ち、実行していくかが重要になっている。

昨今起きているのは、自動車の「作り方」ではなく、「使い方(サービスモデル)」に関する革新だ。イノベーションの意味が大きく変わったのだ。日本の自動車産業が米欧中に比べて遅れているのも、ここである。世界で3番目の市場国として、サービス分野でどのような革新を生み出せるか、が今後の重要な鍵を握る。

例えば、都市モビリティーの変化は、人々の暮らしや働き方にも影響を与える。そういう意味では、メーカーや国という単位ではなく、各自治体レベルでも、この問題に真剣に取り組むべきタイミングが来ている。BCGは世界経済フォーラム(WEF)と共同で、自動運転に関するボストンでの実証実験を実施しているが、この実証実験に手を挙げた理由について、ボストン市長がこんなことを言っていた。

自宅から駅やバス停が遠く、公共交通機関を利用することができない状況にあるボストン市民は依然として存在する。そこに自動運転を使った新しい公共のモビリティーサービスを提供することは、住民の生活環境を向上さる有効な手段となるだろう、と。

日本ではまだ、このような発想でモビリティー戦略に取り組んでいる自治体は少ない。もちろん、東京などの都市部と地方にあるモビリティーの課題は、性質がまったく異なっている。日本の自動車会社が世界の動きに遅れないためには、国が動き出すのを待つのではなく、より素早い動きができる自治体と組んで行動を起こすことも必要だ。

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古宮 聡(こみや・さとし)
ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
BCG産業財・自動車グループ アジア・パシフィック地区リーダー、BCG自動車セクター アジア・パシフィック地区リーダー兼日本リーダー。自動車メーカー、自動車部品メーカーなどを含む産業財企業に対して、事業戦略、グローバル戦略の策定・実行支援、デジタル・トランスフォーメーション、オペレーション改革、コスト削減、収益力強化、営業改革などのプロジェクトを手掛けている。【BCG自動車セクターサイト】https://www.bcg.com/ja-jp/industries/automotive/default.aspx
富永 和利(とみなが・かずとし)

ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター

BCG産業財・自動車グループのコアメンバー。産業財、自動車をはじめとする製造業企業を中心に、企業変革・PMI、グローバル市場戦略、デジタル新規事業、イノベーション戦略の策定・実行支援、技術ロードマップ策定などのプロジェクトを手掛けている。特に自動車業界、製造業のグローバルアジェンダのコンサルティングの経験が豊富。トヨタ自動車株式会社、ブーズ・アンド・カンパニーなどを経て現在に至る。

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(ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター 古宮 聡、ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター 富永 和利 構成=曲沼みえ)