鹿取 義隆氏【前編】「侍ジャパン」への入り口に立つ投手・指導者たちへ
2013年「全世代、世界最強」をスローガンに立ち上げられた野球日本代表「侍ジャパン」。そのコンセプトをつなぐテクニカル・ディレクターとして2014年から全世代のレベルアップに東奔西走しているのが鹿取 義隆氏である。
現役時代は高知商〜明治大を経て、1979年に読売巨人軍入りした鹿取氏。1990年には西武ライオンズに移籍し、独特の右サイドハンドから中継ぎ・抑え投手を中心に19年間で755試合登板・91勝46敗131セーブの活躍を見せた。現役引退後は読売巨人軍の投手コーチを7年間、以後は2006年・第1回WBCの日本代表コーチとして世界一に貢献。現在はテクニカル・ディレクターを務めながら昨年行われたプレミア12の投手コーチ、2014年・そして今年福島県いわき市で開催となるWBSC U-15ベースボール W杯で侍ジャパンU-15チームの監督も務めている。
では、そんな鹿取氏はピッチングの理論をどのように考え、選手たちに伝授しているのだろうか?今回は、ピッチングのテクニカルアドバイスや指導論を詳しく聞いた。
「打撃投手」は上達の近道鹿取 義隆氏(侍ジャパンU-15 監督)
――鹿取さんのテクニカルに関する知識は現役時代、指導者からの影響が大きいのでしょうか?それとも鹿取さんが現役時代、試行錯誤をしながらつかんだ技術なのでしょうか?
鹿取 義隆氏(以下、鹿取) 両方だと思います。たとえば僕が子どもの頃は、理に適った投げ方をしないといいボールが行かないことが分かるので、良い投げ方、握り方を覚えようとしていましたし、高知商業高校、明治大学でも良いボールを投げている投手がいれば「どうやって投げているの?どういう握り方をしているの?」って聞きに行きました。
実はこの考え方はプロに入ってからも変わりません。プロでは先輩たちに聞きに行けば、教えていただけますので、自分に当てはまるか分からないのですが、それを確認して覚えていった感じです。ですから指導者になっても、良い投手がいれば、ボールの握り方は聞きに行きましたね。私は「最初からできなかった」選手だからこそ、できるように人から聞いて覚えていった選手だと思います。最初からできなかったことが良かったと思っています。
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――「最初からできないからこそ覚えた」とても大事な言葉だと思います。では、鹿取さんは高知商時代、どんな高校球児だったのでしょうか?
鹿取 全く技術もない選手で、ただ野球を楽しくやっている高校球児でしたよ。もともとは捕手から入っていて、そんなに上手くなかった。投手になっても真っ直ぐしか投げられなくて、それでも曲がる(笑)。ボールの握り方すら知らなかったんです。でも投げていくうちに「こういう握りをすれば真っすぐが行く。こうすれば曲がる」と覚えていきました。そして私が投手として成長できたのは打撃投手です。間違いなくそうだといえます。
――あまり最近の高校球児は打撃投手には入りませんが、そこはオススメできるものなのでしょうか?
鹿取 僕に言わせれば打撃投手をしないで、上手くなる投手は天才です。相手がいなくても自分が投げるゾーンが分かっているということですから。でも、そうでない投手は打撃投手からやった方が覚えられると思います。絶対にやってほしいです。さらに言えば正しい投げ方ができるからこそ打撃投手ができる。打者相手に投げ続けるということは本番に近い経験ができます。相手打者がいるからこそ「どのコースに投げていけばいいのか」を覚えていきます。やみくもに速い球を投げても試合になりませんから。
なので、ずっとあの機会を与えてくれた高知商当時の松浦 徹監督(後に岡山学芸館監督)、松田 昇総監督(故人)には感謝をしています。あの時は1日何百球も投げていて「何でこんなに投げるんだろう」と思っていたんですけれど、上達していってその意味が分かりました。
――では、高知商卒業後に進んだ明治大でも相当な球数を投げていたのですか?
鹿取 普通ではなかったですね(苦笑)。当時はまずゲームで負けると300球ですから。僕の場合はあるオープン戦で序盤に結構打たれていまい、1回、島岡 吉郎監督の逆鱗に触れたことがありました。「1000球投げろ!」と言われて、試合中から試合後のチームの練習が終わるまでにずっと投げていて。
周りの捕手は「そんなことするな、やめろ!」と言うんですけど「せっかくだからやっておこう!と思って。もちろん悔しさもあったんですけど、何か意味があるだろうと思ってやりました。そうすると500球〜600球ぐらいになると、ボールを受け取ったら、もう足を上げて投げている。まるでピッチングマシンのようになっていた中で僕は「正しく投げれば壊れない、どういうバランスで投げれば故障しないのか」を考えていけるようになったんです。あ、でもこれはやらなくていいですよ!(笑)
[page_break:高校生は「正しい技術」、指導者は「試合での振り返り」を]高校生は「正しい技術」、指導者は「試合での振り返り」を鹿取 義隆氏(侍ジャパンU-15 監督)
――なるほど。球数を多く投げるには正しい投げ方をすることが大事なんですね。ここでのポイントはどこになりますか?
鹿取 特に高校生には正しい技術を習得してほしいと考えています。彼らは小中学生に比べて体ができてきているので、多少無理した投げ方でもパフォーマンスができてしまうんです。しかし、そうすると故障するリスクがある。だからこそ正しい投げ方を覚えてほしいですので、ぜひ投げ方を知りたいと思う球児は「キミも侍ジャパンになれる!」を読んでいただきたいと思います。
――そういえば、高校指導者の方に話を聞くと「高校1年生でもキャッチボールができない」と嘆く指導者もいました。
鹿取 「キャッチボールができない」というのはどのレベルなのか分からないですが、キャッチボールができない選手はだいたい故障してしまいます。野球は投げないと始まらない競技。審判ですら投げることがありますから。だからこそキャッチボールは大事にしてほしいですね。
――野球は心技体といいますが、選手の「心」の部分、メンタル面についてはいかがですか?
鹿取 メンタルが最初から強い選手は誰もいませんし、少ないゲーム経験で強くなることはまずありません。プロでも打たれれば「メンタルが弱い」といわれるのですが、そこでメンタルサポートをするのはコーチの仕事だったりします。なぜなら、試合になればいろいろな状況があります。投手であれば「ランナー一塁」になれば「バントがある。盗塁もある。じゃあどうしようか?」と慌ててしまうことがある。もちろん練習でも実戦に即した練習をすると思いますが、やっぱりゲームが一番覚えられる。場数を踏んで、反省をしながら次へ進んでいくことが大事です。
――結果に対して「何が良かったのか、だめだったのか」を振り返ることがメンタルを強くするために大事になるわけですね?
鹿取 それもコーチの仕事ですよ。「今日はここが良かった」と思うところはしっかりとほめて、そして良くなかったことも教えて、課題を与えることが大切です。そうするとメンタルは絶対に強くなります。ゲームごとに課題は増えますけど、それを毎回しっかりと消化していくことでメンタルは強くなっていきます。
後編では、動作解析の重要性や高校球児へメッセージをいただきました。
(取材・文=河嶋 宗一)
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