厳選!2歳馬情報局(2015年版)
■第15回:ラニ

 今からちょうど10年前、2005年の競馬界において、大きな衝撃を与えた一頭の牝馬がいる。ヘヴンリーロマンス(牝/父サンデーサイレンス)。同年のGI天皇賞・秋(東京・芝2000m)を制覇した馬である。

 2005年の天皇賞・秋。ゼンノロブロイやハーツクライといった強豪がそろう中、ヘヴンリーロマンスは、18頭中14番人気という低評価に甘んじていた。前走のGII札幌記念(札幌・芝2000m)で、牡馬を相手に勝利していたとはいえ、そのときとはレベルの違うメンバー構成。また、ヘヴンリーロマンス自身、それまでにGIでの好走実績がなく、牝馬同士の重賞でも大敗することがあった。そうしたことを踏まえれば、人気薄だったことは頷(うなず)ける。

 しかし、そんな戦前の予想に反して、ヘヴンリーロマンスは大金星を挙げた。超スローペースから直線に入ると、ゼンノロブロイなどとの叩き合いを制して優勝。場内が静まり返るほどの番狂わせを演じたのだ。

 この日は天覧競馬であり、スタンドには天皇・皇后両陛下の姿もあった。ウイニングランの際、鞍上の松永幹夫騎手が両陛下に敬礼した姿は、今も多くの人の記憶に刻まれているのではないだろうか。

 その後、現役を退いて2006年から繁殖牝馬となったヘヴンリーロマンス。実はもうすぐ、彼女の生んだ子の一頭がデビューのときを迎える。2歳馬のラニ(牡/父タピット)である。

 同馬を管理するのは、これまでの兄姉と同様、栗東トレセンの松永幹夫調教師。現役時代、ジョッキーとして母ヘヴンリーロマンスとコンビを組んだ"相棒"が、今度は調教師となって、その子たちと携わり、"母超え"を目指している。

 順調に調整されてきたラニは、9月13日の2歳新馬(阪神・芝2000m)でデビューする予定だが、同馬の育成が行なわれてきた大山ヒルズ(鳥取県)では、一体どんな様子だったのだろうか。齋藤慎ゼネラルマネージャーが、その印象を語る。

「ラニは、とにかく馬格(体格)が立派で、こちらに来たときから目立っている一頭でしたね。大山ヒルズでは馬体重が510kg〜520kgほどあって、調教をやっても体が減らず、不安なく育成をこなしてくれました。馬格の立派さは兄姉に共通しているもので、この家系の特徴だと思います」

 母ヘヴンリーロマンスは、現役時代、500kgを超える馬体重でレースに出ることが多かった。これは牝馬としては珍しく、非常に大きな体の持ち主だったと言える。また、彼女の子はこれまでに5頭がデビューしているが、齋藤氏が言うとおり、どの兄姉もサイズに恵まれている。そしてその中には、現在ダートで4連勝中、地方交流の重賞を連勝しているアムールブリエ(牝4歳/父スマートストライク)もいる。

 馬格の他にも、育成時代のラニから感じられる「長所」はあったようだ。齋藤氏が続ける。

「ラニが初めて強い調教をやったとき、調教が終わっても、息の乱れが少なかったんですね。それだけ心臓が強いというか、心肺機能が優れているのだと思います。育成中はへこたれることもなく、体の強さが印象的でした」

 なお、母のヘヴンリーロマンスは、2010年からアメリカで繁殖生活を送っており、ラニや先述のアムールブリエは、アメリカで生まれた"外国産馬"となる。そして、ラニの父であるタピットは、2014年の北米リーディングサイアーに輝いた人気種牡馬。日本でも、テスタマッタ(2012年GIフェブラリーS優勝)や、ゴールデンバローズ(牡3歳)などの活躍馬が出ている。この父母の組み合わせも、注目すべき点だろう。

 ただ、タピット産駒が良績を残しているのは、ほとんどがダート戦。また、姉のアムールブリエをはじめ、ヘヴンリーロマンスの子も、ダートを主戦にしている馬が少なくない。となると、ラニもダートでこそ強い可能性がある。

 この点について、齋藤氏は「今の時点では、(ラニに関しては)芝の長い距離が合いそうな印象を持っています」と、自身の考えを口にした。

 何はともあれ、芝で初戦を迎えるラニ。デビュー戦では、武豊騎手を鞍上に迎えて必勝を期す。はたして、母のように、ファンの記憶に残る走りを見せられるのか。まずは、間近に迫った初陣に注目である。

河合力●文 text by Kawai Chikara