記録を捨て、チームの勝利に徹した西武・秋山 ©BASEBALLKING

写真拡大

 「いや、まずここに立っているのが…よく分からないんですけど…」

 その日の殊勲者を讃えるはずのお立ち台に、戸惑った表情の男。それもそのはず、男はその試合4打数無安打で1三振に倒れ、ヒーローとは呼び難い結果に終わっていた。それでも、西武プリンスドームにつめかけた観客は大きな拍手で彼を迎えた。

 男の名は、秋山翔吾。今シーズンの西武で不動のトップバッターとして君臨している27歳だ。

 秋山はこの試合の前まで31試合連続で安打を放ち、79年に高橋慶彦(広島)が打ち立てた連続試合安打の日本記録「33」まであと2試合に迫っていた。

 しかし、この日は楽天のエース・則本昂大を前に4打席凡退。ついに途切れたか…。1点リードの9回表に西武の守護神・高橋朋己がマウンドに登ったところでそう思ったファンが大半であったが、高橋が同点打を浴びたことで状況は一変。2-2となり、試合は延長戦に突入する。

 そして10回裏、一死走者なしで巡ってきた5打席目。見守る人々の祈りのような歓声の中で打席に入った秋山は、3ボール2ストライクからの6球目、外寄りの直球を見送り、四球を選んだ。

 ため息が漏れた西武プリンスドーム。ところが、それから約8分後、球場は歓喜に包まれる。

 秋山の四球の後、二死一二塁とチャンスを広げた西武は、4番・中村剛也がレフトスタンドに叩き込む第26号の3ランホームラン。劇的勝利で、チームの連敗は4でストップした。

 「“打っていい”という指示もあったんですけど、連敗している中で自分勝手なバッティングをしてしまうと流れも悪くなりますし、後ろでああやって打ってくれる人がいるんで」

 秋山はすっきりとした表情で語った。“個人の記録を捨て、チームの勝利を呼び込んだ四球”――。4打数無安打の男がお立ち台に立った理由はそこにあった。

 日本記録への挑戦は終わってしまったものの、6月3日の中日戦から1カ月以上も毎試合安打を打ち続けたという事実は変わらない。期間中に放った安打は実に59本。打率は驚異の.457を誇り、31試合連続安打は左打者の最長記録というオマケつきだ。

 最後に、「連続試合ヒットを期待して見に来てくださった方もたくさんいると思うんですけど、チームは戦っているので、また応援しに来てください。よろしくお願いします!」とヒーローインタビューを締めた秋山。その通り、記録が止まったからと言ってこれで終わりではない。

 ここまでシーズン通算でも85試合の出場で139本の安打を記録し、ペースで言うと年間234安打ペース。阪神・マートンが持つ日本記録(214安打)を軽々と超えて行く計算となる。記録は途切れても、今日からまた新たな戦いが始まるのだ。

 日々過熱していく報道などにより、「(プレッシャーに)かなりやられてるところもあった」と語っていた秋山であるが、プレッシャーとの戦いと言えば、これからが本番。ペナントが佳境を迎える中、個人としてもどれだけの数字を残し、いくつの記録を超えて行くことができるのか…。真価が試されるのは、まだこれからだ。

◆ 秋山翔吾

横浜創学館高〜八戸大 → 西武(10年・D3位)

生年月日:1988年4月16日(27歳)

出身:神奈川

身長/体重:183センチ/85キロ

投/打:右投/左打

守備位置:外野手

<今季成績>

85試合 打率.383(363-139) 本塁打8 打点30

得点64 盗塁12 出塁率.436 長打率.529 OPS.965