なぜここまで己を追い詰めなきゃいけないのか。俺は今この瞬間を強靭な精神で乗り切るため、あらゆる意味で走ってないとダメなんだ。立ち止まると虚しさに襲われる。だから俺は常にエッジに立ち、リスキーな状態に身を置く。困難なほうへ、人がイヤがるほうへ、憂鬱なほうへ、身をよじって向かう。それでしか大きな成果は得られないし、エッジに立てば立つほど、憂鬱であればあるほど、果実は大きい。

 角川書店を辞め、42歳で幻冬舎を立ち上げる無謀を冒したときもそう。ハンデだらけ、100人が100人、「失敗する」と言う状況で、俺はひとり大丈夫だと確信していた。郷ひろみの『ダディ』を初版50万部で出すという“暗闇のジャンプ”も、成功する自信があった。なぜなら、俺は圧倒的努力を重ねてきたし、これからもするから。

 無謀が鮮やかに決まれば、当然カッコいい。同時に顰蹙(ひんしゅく)も買うわけ。でも、嫌われてナンボだよ。それがないと、何かやったことになんない。結局、人生の成功と失敗なんて、死ぬ瞬間のたった一回にしかないんだよ。最期に「いい人生だったな」って、かすかにでも笑えれば、それでいいんだと思う。

 俺の好きな高杉晋作の言葉があるんだけどさ。《情あるなら、今宵来い。明日の朝なら誰も来る》。高杉が来てほしいと願ってる。もし今晩行けば、生涯の友として遇してくれるが、明日の朝では遅い。無理はつらいし、めんどくさいよ。でも、無理しなきゃ何も得られない。憂鬱でなければ仕事じゃないんだよ。

(撮影/山形健司)


■見城 徹(けんじょう・とおる)
1950年、静岡県清水市出身。1975年、角川書店入社。森村誠一『人間の証明』ほか、10年間で直木賞5作品を手がける。1985年、『月刊カドカワ』編集長となり、部数を30倍にする。1993年、幻冬舎を設立。今年『憂鬱でなければ、仕事じゃない』を出版


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