■ネルシーニョとの出会いが、田中順也のプレーを変えた

確か1年ほど前だったと記憶している。ネルシーニョ監督からポジショニングや動き出しなど様々な指摘を受け、プレーのひとつひとつに質の向上を要求された田中順也が、その指示の多さに頭の中が混乱し「今、ちょっと壁にぶつかっている感じです」と、やや沈んだトーンで話していたことがあった。その頃の田中は明らかにスランプに陥っていた。

2009年7月、当時順天堂大学に在籍していた田中は特別指定選手として柏に加入した。その時すでにネルシーニョの目に適い、本職のFWだけでなく、中盤の左サイド、あるいは柏が敷く独特な中盤ボックスの攻撃的MFにも起用され、複数のポジションを任されることになる。

だがその分、要求も増えた。「ネルシーニョに出会うまで、僕は頭を使ってサッカーをやってこなかったんです」と田中は冗談の意を込めつつも自虐的に振り返るが、2つないしは3つのポジションで、攻守両面において様々な動きを要求されれば、混乱するのも無理はないというもの。田中は昨季のJ2では要所で起用され、24試合出場6ゴールという成績を残している。ルーキーイヤーにしては合格点の数字だ。しかし、比較的出番が多かったとはいえ、役割としてはスーパーサブに近い存在であったのも事実である。

■若手3人がスタメンに名を連ねる

若手選手を多く抱える柏の中でも、2011年の柏は、スタメンには主に3選手が名を連ねている。その1人が田中であり、そのほかU-22日本代表の大津祐樹、酒井宏樹がいる。ただ面白いことにこの3人、昨季独走したJ2では必ずしもレギュラーではなかったのだ。

したがって、こういう見方ができはしないだろうか。今季、昇格チームながらJ1の首位を走る好調の要因のひとつに、昨季まで完全なレギュラークラスではない若手選手の著しい成長が、柏にとって戦力的な上積みになっているのではないか、と。

今季開幕前には、「まだまだですけど……だんだん分かってきました」と、田中はネルシーニョの求めるプレーについて、1年前とは大きく異なる言葉を残している。そして、それを裏付けるかのように、開幕戦ではスタメンとして2トップの一角に抜擢された。自身のストロングポイントをいかんなく発揮しただけでなく、開幕以降はここまでリーグ・カップ戦を含めて全9試合にスタメン出場を果たし、試合の状況次第でネルシーニョがシステム変更に踏み切る場面でも、田中は1トップや中盤左サイドなど複数のポジションでその役割を果たしている。ネルシーニョとの邂逅によって、田中の“プレーの引き出し”が増えた結果だろう。

■プレーの質が飛躍的に高まってきている

昨年から柏のコーチを務める布部陽功は、「順也に限らず」と前置きをし、「攻撃陣全体」としたうえで話してくれたのだが、やはり1年前と比較して「プレーの質が全然違う」という。以下は布部の説明である。
「パスの方向や距離、それからいつ動くか、どこに動くか、それらの質がすごく良くなったから無駄な動きが減りました。『プレーの質』については監督が最も要求するところ。それは監督が就任してからずっと積み上げてきたものです」

こうしたことは、おそらく大津にも当てはまってくる。大津は、昨季1年に渡り泣かされた怪我さえなければ、間違いなくスタメンの座に居座っていた可能性が高い。ただ、田中のプレーの質が大きく向上したのと同様に、大津のプレーにも以前とは違う変化が顕著に表れている。本人曰く、「以前はボールを持ったらとにかくドリブルを考えていた。でも今はパスかドリブルか、状況によってプレーを選択できるようになった」。

大津が最も得意とするポジションは中盤左サイド。それは背後がタッチラインで仕切られ、視野が180度に限定されること、そしてサイドバックとのマッチアップに専念できるという、“ドリブラー”ゆえの理由があったからだ。だが、田中と同じく開幕戦では2トップに起用されたかと思えば、今は主に中盤の攻撃的MFとして出場する。試合中はサイドだけのプレーに固執せず、レアンドロ・ドミンゲス、田中とフレキシブルにポジションを入れ替え、しかも“パス”という選択肢を得たことにより、局面でのドリブルをさらに生かす術を身に付けた感がある。