1991年にクロアチアが独立し、翌年にクロアチア・リーグが創始して以来、常に覇権争いを続けてきたディナモ・ザグレブとハイドゥク・スプリト。クロアチア・リーグとしては57試合目、ユーゴスラビア・リーグを含めれば147試合目となる「クロアチア・ダービー」が、9月11日にハイドゥクの本拠地ポリュウド・スタディオンで行われました。このカードが欧州でも指折りのダービーマッチに数えられる証拠として、FootballDervies.comによる2008年度のダービーランクでは「バルセロナvs.レアル・マドリッド」に次ぐ2位にランクしたことがあります。今回はこのダービーを両監督のコメントを中心に追っていきましょう。

nogomet-189578.jpgボスニア人の名将ヴァヒド・ハリルホジッチ(写真)を迎えて以来、4戦4勝のディナモ。チャンピオンズ・リーグ予備戦三回戦でモルドバのシェリフ・ティラスポルに敗北し、どん底の精神状態だったチームを引き受け、選手との対話と厳しい練習で短期間にて立て直しました。(詳しくは8月29日のレポートにて)
4連勝の後、ディナモ一同はザグレブ市内の魚介レストラン「カラカ」で宴会の場を持ちました。新監督の手腕にすっかり心酔した選手達は「ヴァハ」(ハリルホジッチの愛称)の名前を連呼。そこでハリルホジッチ監督が放った台詞は
「君達、ありがとう。しかし、そんなコールができるのも今のうちだ。更に厳しいトレーニングが待っているからな」
この台詞を聞いた選手達が再び歓喜した、というエピソードを聞けば、彼によってチームの雰囲気がいかに好転しているかが伺えるでしょう。

そんなハリルホジッチ監督は、ハイドゥクに対して心理戦を仕掛けました。試合3日前の記者会見で彼はこう発言します。
「ハイドゥクは我々のことを少し過小評価しているみたいだな。しかし、そんなシチュエーションが私は最も好きなのだよ! でもハイドゥクにとっては、ディナモ戦はまるでチャンピオンズ・リーグの試合のようなものだろう」
ディナモはリーグ連覇を5シーズンも続けながら、ライバルのハイドゥクを相手には2年半もリーグで勝利を収めていません。ハリルホジッチ監督は過去のダービーや、直近のハイドゥクの映像を10試合ほどチェック。"現時点ではディナモよりハイドゥクの方が詳しいだろう"と冗談を述べるほど、彼は時間を掛けながらハイドゥクの分析を重ねました。

「ダービーにおけるハイドゥクのアグレッシブさは特別だ。モチベーションやヤル気も巨大だ。我々は感情をコントロールする必要がある。これほどの盛り上がりを見せる試合が私は大好きだし、どう準備するかも知っているさ。リールを率いてマンチェスター・ユナイテッドと対戦した際、選手達には"オールドトラフォードには勝つためにやってきたんだぞ。奴らを食べてしまえ"と鼓舞したものだ。このダービーにどっちが勝利するかって? その質問に答えるつもりはないよ」
また、移籍期限ぎりぎりに補強した元ポルトガル代表DFトネル、モンテネグロ代表FWベチライ、スロバキアU-21代表FWシルヴェストルに関しては
「チームに同行する可能性はあるが、試合に使うつもりはない。明日、世界最高の選手がディナモに来たところでも、ハイドゥク戦には使わないよ。自分なりの主義があるし、既に在籍している選手達に敬意を払う必要がある。どの選手も自分のポジションを賭けて戦うものだしね」
と構想外であることを言明。しかし、これもまたハリルホジッチ監督が仕掛けた罠でありました。

nogomet-189579.jpgライバルのディナモに勝点で上回り、ヨーロッパ・リーグ本戦進出も決めたことで盛り上がるハイドゥク陣営。
「ディナモはリスペクトすべき強い相手だし、我々もそのことをよく理解して準備している。ディナモも自分達がすべきプレーを準備しているだろう。しかし、勝利するのは我々だ」
そう自信を覗かせる老将スタンコ・ポクレポヴィッチ監督(写真)は、敵将について聞かれるとトーンが上がりました。
「私はハリルホジッチをリスペクトしているよ。しかし、まず彼が私をリスペクトすべきだ。私の方が年上なのだからね(ポクレポヴィッチ…72歳/ハリルホジッチ…57歳)。チームに変革をもたらし、選手との接し方も異なるとは聞いている。でも、彼のコメントには興味ないし、読まないようにしている。この試合で興味があるのはハイドゥクの選手のことだけだ」

ポリュウド・スタディオンのスタンドは、ハイドゥク・カラーの「白」を着たサポーターが押し寄せ、ほぼ満員の3万人の入り。一方、ディナモのサポーター「BBB」のほとんどが応援ボイコットを続けているため、ディナモ応援で駆けつけたのはたった30人ほど。そんなプレッシャーに囲まれながら、その軟弱なプレーぶりからポリュウドでは「お嬢さんサッカー」をやるとまで馬鹿にされていたディナモ・イレブンが奮起します。

nogomet-189580.jpgハイドゥクのキープレイヤー、ボスニア代表MFイブリチッチに対しては19歳のMFアデミがしつこくマーク。クロアチア代表の左SBストゥリニッチには、対面する18歳の右SBヴルサリコが突破を許しません。そして事前告知と異なるDFトネルの先発起用。トネルにとってはデビュー戦ながらも、冷静な判断と一対一の強さでハイドゥクの選手を前に立ちはだかりました。前線からの激しい守備と運動量で上回るディナモが次第にハイドゥクを凌駕し、42分、MFバデリの左クロスにMFサミール(写真)がジャンピングボレーを決めて見事に先制。前半をディナモが1-0のリードで折り返します。

「ディナモが激しく出てきた前半、うちの選手の出来には失望したよ。我を失った状況に陥り、MFトマソフもMFシャルビーニもピッチ上では思った働きをしなかった。ハーフタイムに私は選手に怒鳴り散らしたさ」

試合後にこう述べたポクレポヴィッチ監督ですが、そのハーフタイムにはハイドゥクのスヴァグシャ会長までドレッシングルームに乱入したよう。喝が入れられた選手達は後半開始と同時に攻撃を畳み掛けます。

nogomet-189581.jpg52分にイブリチッチのCKからDFマロチャが放ったボレーシュートは、ライン上に立つバデリが辛うじてクリア。この場面でディナモのGKロンチャリッチが膝を痛めて負傷し、控えのケラヴァに代わった直後の59分、攻め続けたハイドゥクに同点弾が生まれます。イブリチッチがヴルサリコをフェイントで振り切って左から放ったシュートをケラヴァがセーブするも、弾いたボールをそのままシャルビーニ(写真)が押し込んで1-1。試合を通じてみれば、ディナモがブラックアウト状態になったのはこの後半頭の15分間だけでした。ハリルホジッチ監督はこう振り返ります。

「勝利は我々の手中にあった。しかし、後半に入ると選手達は自ら引いてしまったんだ。選手を一人か二人交代させる必要があったが、GKロンチャリッチが怪我し、DFビシュチャンも痛みを訴えた。でも、あの時間帯以外はゲームを支配したと思っている。あんな風に引くことでリードを守るものじゃない。これについては選手と語り合おうと思っている」

同点弾を決めた直後、ゴール裏のハイドゥク・サポーター「トルツィダ」が次々と発炎筒を投げ込んだために試合は数分間中断。ハイドゥクが逆転できなかったことは、この中断が原因だとポクレポヴィッチ監督は考えているようです。

「折角、ゴールが決まって同点に追いついたのに、発炎筒による霧のせいで我々の勢いが止められてしまった。もっとやれると私は期待していた。つまり、勝利を期待していたのだよ。でも最終的に引き分けという結果には満足だね」

中断後のディナモは目が覚めたかのように前半の形を取り戻し、67分、SBクフレから放たれた左クロスにMFエトーがヘディングシュートを見舞うもわずかにポストの外。その1分後にハイドゥクはシャルビーニのロングパスがゴール前のトマソフに通りましたが、シュートがミートしません。最後はお互いが消耗し、直接対決の第一幕は1-1の引き分けで終了。挨拶なしで引き上げようとするポクレポヴィッチ監督にハリルホジッチ監督が呼びかける形で、二人は最後に握手を交わしました。
(試合のダイジェスト動画はこちら)

引き分けに満足と率直に語ったポクレポヴィッチ監督に対し、ハリルホジッチ監督は
nogomet-189582.jpg「本物のダービーマッチが見れたことに満員の観客は満足したことだろう。コンタクトの多い激しい試合だったが、いずれもスポーツの範疇内だった。結果に私は不満だよ。勝利を逃したと考えているし、ここで勝っておけば自信という面で良かったんだけどね。しかし、選手達は全力を出したし、試合後は主審も私に対してディナモの真面目なプレーと振る舞いを褒めてくれた。少し腹が立っているのは、あるハイドゥク選手の振る舞いだ。それが誰かは口にするつもりはないが…。まあいい。人間というのは決して満足するものじゃないけど、全てを通して見た時、今の我々は満足できるとも言えるだろう」
と狡猾な彼らしく、含みを持たせたコメントを試合後に発しました。

一方、好々爺でありながら本音がポロリと出てしまうポクレポヴィッチ監督は、"なぜ交代枠が残っていたのにDFではなくてFWアフマド・シャルビーニ(MFアナス・シャルビーニの兄)を出さなかったのか?"と質問を受けると
「なぜ彼をベンチに留めたかって私が聞きたいよ!」
と吐き捨てました。どちらも経験豊富な自信家ながら、コメントだけ見ても好対照な二人。しかし、それぞれが持ち合わせるメンタリティが、惰性的なディナモ、情熱的なハイドゥクというチームにマッチングし、好結果を導いているのも事実です。

7節を終わってハイドゥクが4勝3分・勝点15の2位。ディナモは4勝2分1敗・勝点14の3位。開幕以来好調だった首位のリエカ(勝点16)が今節に土がついたため、両者の間で本格的な首位争いが始まるのも時間の問題です。同時に今週木曜からヨーロッパ・リーグのリーグラウンドもスタート。過密日程の中で息切れせぬよう、リーグで格下相手にどう勝点を積み重ねていくか。再び両者が対決するのは3月19日の第22節。チームが成績不振に陥ると直ぐに辞任や解任に繋がるクロアチア・リーグで、両雄が激しいつばぜり合いを重ね、再び両監督の舌戦が実現することを祈らんばかりです。



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