「医療崩壊」が深刻化 国の「対策」に批判
大・中規模病院の医師不足が深刻化し「医療崩壊」とも言われる現状を改善しようと、政府・与党は2007年5月31日、両者でつくる協議会を開いて「緊急医師確保対策について」をまとめた。医療リスク(民事訴訟や刑事訴追)に対する支援体制の整備などを盛り込んだが、早くも「小手先の対策に過ぎない」と批判の声を上げる現場の医師も出ている。
政府・与党がまとめた対策は、6項目。A4版1枚にまとめられている。初期救急も含む地域医療に当たる「総合医」の検討や大学医学部の地域枠拡充などをうたっている。安倍首相は5月30日、同対策が正式決定する直前の対策案の報告を受け、「リーダーシップを発揮して取り組んでいきたい」と与党幹部に意気込みを語っていた。
「これでは小手先の改革に過ぎない」
「政府の医師確保策は小手先の改革に過ぎず、泥沼化するのを止められない」と批判するのは、東海大学東京病院(渋谷区)の元院長で、今も同病院などでメスをふるう田島知郎(ともお)・外科医(68)だ。日本乳がん学会長も務めた。田島さんは自身が米国で経験した、開業医と勤務医の垣根をなくす米国型オープンシステムの導入を図らないと抜本改革にならない、と訴えている。同システムの導入については、これまでにも学会論文やマスコミ取材のインタビューなどで必要性を主張してきた。今回の政府の確保対策に関する報道を見て、ますます導入が必要だとの思いを強くした。政府の対策が勤務医と開業医の役割を固定化する従来発想から脱却できていないからだ。
田島さんによると、オープンシステムとは、ほとんどの医師が開業医になるイメージだ。開業医が自身で開いた医院で診療するのではなく、地区の病院へ自らが主治医として出向いて診療、手術をする。病院という建物を借りる形だ。病院には、麻酔科医師や看護師、救急医だけが常駐し、高度な医療機器が導入される。病院への入院患者や外来患者の対応は、開業医が通って担う。一つの病院に何人もの開業医が出入りすることになる。一部を除いて勤務医がいなくなり、多くの医師が開業医として医療行為に当たる。診療報酬は、医者と病院側に別々に支払う。
現在、医療崩壊の大きな要因の一つと言われるのが、大・中規模病院の勤務医が、比較的時間の余裕があり経済的にも有利とされる開業医へ大量に移っていく現象だ。大・中規模病院は難しい手術を行い、人不足で激務でもある。それでいて、訴訟を起こされる可能性もある。
勤務医側には「開業医は治療や手術が難しい患者を病院の勤務医に回し、責任を押し付けている」との不満がある。残された勤務医はますます忙しくなり希望者が減り、医師不足に拍車がかかるという悪循環に陥っている。勤務医から開業医へという流れにどこかで歯止めをかける必要がある。
この点について、政府の対策案では、「交代勤務制など働きやすい勤務環境の整備」「医師、看護師等の業務分担の見直し」を図るとしている。拠点病院の勤務医を医師不足地域へ派遣する仕組みの検討もうたっているが、基本は勤務医を増やして、勤務医を別の病院の勤務医として派遣するという枠組みだ。「医師、看護師等の業務分担の見直し」については具体論はない。田島さんは、勤務医と開業医の関係を抜本的に見直すものとなっていない、と批判する。
勤務医と開業医の垣根なくせ、という意見
では勤務医から開業医へという大きな流れに対し、オープンシステムはどう役立つのか。田島さんによると、訴訟リスクの面では、勤務医と開業医の垣根が消えれば、勤務医は危険で開業医は安全という差はなくなる。少なくとも医者の数の面で見ると、現行の勤務医の危険な仕事を勤務医と開業医を合わせた数で行うことになるため、負担の平準化にはなる。
また、多くの開業医が複数の病院で仕事をすることで、従来のような同一病院の「親分子分」の縦の関係ではなく、横の技術交流が促される。優れた医師の技術がほかへ伝わりやすくなるし、競争の面から技術向上を磨かざるを得なくなる。そうすれば、難しい手術を伴う仕事への不安感も減少するはずだ。
過去に複数の開業医が共同で病院を使うという取り組みが一部で行われ失敗したが、勤務医との融合を図るものでなく「オープンシステムとは似て非なるものだった」そうだ。
田島さんの話を総合すると、今の勤務医には負担軽減になりそうだが、現行の開業医にはいいことがありそうにない印象が残る。しかし、田島さんは開業医のためにもなるという。優れた技術を学ぶことができる環境に身を置くことで向上心も満たされるし、高価な医療機器導入などによる経営面の圧迫から自由になり、医療行為に専念できる、などが理由だ。
では、なぜ議論の表舞台に上がってこないのか。田島さんは、名指しはしなかったが、「現状のままで金銭的に不自由せず、変化を嫌う医師の団体と事なかれ主義の行政が呼吸を合わせているからだ」と話した。
意見が分かれる面もありそうだが、この問題がようやく注目されだしたのは確かなようだ。