大学入試センター試験に臨む受験生=2017年1月14日、東京都文京区の東京大学(写真=時事通信フォト)

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日本を代表する私立大学である早稲田大学と慶應義塾大学の入試が変わりつつある。どちらも「一般・センター利用」の割合が下がり、4割強が「AO・推薦」になっているのだ。早稲田大学の鎌田薫総長は「一般とAO・推薦の比率を逆転させる」との方針も示す。なにが起きているのか――。

■慶應はセンター利用入試も廃止

早稲田大学における、一般入試・センター利用入試入学者の割合は、この10年減り続けていて、2017年は56.6%だった。その代わりに増えたのがAO・推薦入試だ。入学者の比率は33.9%(2007年)から、39.5%(2017年)に増加した。

慶應義塾大学も状況は同じだ。一般入試(センター利用方式を含む)入学者は、2007年から2017年の10年間で60.8%から54.5%に減っている。一方で、AO・推薦入試入学者の比率は、14.9%(2007年)から18.7%(2017年)に増えた。また、慶應は2012年度にはセンター利用方式を廃止しており、入試方法での独自性を強めている。

■「東大落ち」はいらない

リクルート進学総研所長の小林浩氏によれば、背景にあるのは偏差値の序列ではなく個性によって大学を選んでほしいという大学の姿勢だという。

「早慶が考えているのは、偏差値の序列に従うのではなく、きちんと大学を選ぶ形にしたいということ。東大の滑り止めとして受験する学生がたくさんいるけれど、それよりも早稲田に入りたい学生、慶應に入りたい学生を取りたいということです」(小林氏)

試験科目が異なるため、国公立と私立の偏差値を安易に比較することはできないが、参考までに河合塾の2018年度入試難易予想を見てみよう。文・人文学系の場合、東京大学(文科三類)の偏差値は67.5、早稲田大学(文−文)(文化構想−文化構想)の偏差値は67.5、慶應義塾大学の(文−人文社会)は65.0だ。いずれも、上位1〜2位にあたる。国立のトップである東大を第一志望とする学生が、滑り止めとして、私立のトップである早慶を受験することはありえる。

■首都圏以外の学生に向けた奨学金を充実

また、小林氏は「多様性の確保も早慶がAO・推薦入試を改革している理由だ」という。かつて早慶には全国から学生が集まっていたが、今は約4人に3人が首都圏の高校出身者になっている。多様性が失われつつあるのだ。

「早慶は首都圏以外の学生に向けた事前予約型の奨学金を充実させています。地方から意欲を持って、建学の理念に共感して入学する学生が対象です。多様な学生を取ることで、大学の中でダイバーシティを実現して、活躍できる人材を育てていこうとしているのです」(小林氏)

例えば、早稲田大学には「めざせ! 都の西北奨学金」、慶應義塾大学には「学問のすゝめ奨学金」がある。どちらも返済不要の給付型奨学金だ。また、2018年度入試から早稲田大学が導入した「新思考入試(地域連携型)」は、すべての都道府県からの受け入れを目標としており、「地域へ貢献」する意識を持つ学生を求めている。慶應義塾大学法学部のFIT(AO)入試B方式も、全国を7つのブロックに分けた選考をしている。

■大学が個性を競い合う時代に

大学が個性に合わせた学生を求める動きは、早慶以外でも起きている。例えば京都大学は、書類やセンター試験を通して高校での実績や能力を総合的に評価する「特色入試」を実施している。

「京都大学の山極壽一総長は、京大は研究者を養成するのがミッションだと言っています。研究者に必要な志を見るために、高校時代の学業活動報告書や大学入学後の学びの設計書を提出させ、面接をしているのです」(小林氏)

ほかには国際基督教大学は講義を聴いて設問に回答する試験を、上智大学はアカデミック英語能力判定試験(TEAP)の得点を提出する入試形式を設けている。

大学が自らの個性や役割に合った学生を求める入試は、欧米でも行われている。例えば英オックスフォード大学は、大学に合った学生を選ぶため約1万6000人の受験生全員と面接を行う。面接では「志望理由」を詳しく聞くため、「偏差値が高いから」では門前払いされてしまう。

■AO・推薦入試の増加は全国的な傾向

日本国内で見ると、2000年度から2015年度までの間に、大学全体におけるAO入試の入学者数は1.4%から8.8%、推薦入試は31.7%から34.7%に増加している(文部科学省)。AO・推薦入試の増加は全国的な傾向だ。

その一方で、AO・推薦入試入学者は一般入試入学者より学力が劣るのではないかという懸念もしばしば抱かれる。これに対して小林氏は「今後は、AOでも推薦でも学力の3要素を見る形になる」と語る。

「学力の3要素」とは、(1)知識・技能の確実な習得 (2)[(1)を基にした]思考力、判断力、表現力 (3)主体性を持って多様な人と協働して学ぶ態度の3つを指す。文部科学省が取り組んでいる高大接続改革で、この3要素をすべての入試区分で見ることが目指されているのだ。大学には、学力の評価方法をアドミッションポリシーや募集要項で明示することが求められるようになる。

「今まで、学力とは知識と技能を指していましたが、知識・技能をもとに答えが定まらない問題に解を出す力や、主体性・多様性・協働性も見ていきます」(小林氏)

■実は「最も成績が良い層」はAO・推薦組

大学入試において「学力の3要素」が重視されている背景には、従来の「詰め込み型」では対応できなくなった時代の変化がある。

「『偏差値の高い大学に入り、大企業に入る』というのが高度成長期日本の成功モデルでしたが、都市銀行の統合が進み、大手メーカーも海外企業に買収されるなど、随分と変わってきました。また、2017年に生まれた子どもは107歳まで生きると言われており、学ぶ時期、働く時期、老後の区分も変化しています。そこでは、詰め込み型ではなく、自分で学ぶ力をつけなければならないのです」(小林氏)

また、AO・推薦入学者の学力については、こんな話もある。早稲田大学広報課によると、各入試での入学者数や学部による違いはあるものの、「入試形態別で入学者のGPAを調査すると、本学の学部全体で最も成績が良い層はAO型入試・指定校推薦入試で入学した学生である」という。同大学におけるAO・推薦入試入学者が、一定の学力を持っていることを示す一例といえる。

■「受験勉強ができる」も個性のひとつに

入試方法の多様化が進んだ場合には、高校時代の経験や積み重ねの影響が大きくなりそうだ。「通っていた高校によって差が出るのではないか」という問いに、小林氏はこう答える。

「それはあると思います。ただ、私立の一貫校が良いという意味ではありません。受験に強い一貫校の中には、前倒しで授業を進めて最後の1年間を受験対策に使う学校もありますが、それでは太刀打ちできません。高校時代までの経験価値が大切になるのです。高校による評価の仕組みも変わり、評定平均だけではなく、部活動やボランティア、留学などの日々の活動も調査書で見られるようになります」(小林氏)

「学力の3要素」の育成と親和性がある高校の例としては、探究型の学習を行っているSSH(スーパーサイエンスハイスクール)やSGH(スーパーグローバルハイスクール)が挙げられる。SSHは将来の国際的な科学技術関係人材を、SGHはグローバルリーダーを育成するとして、文部科学省の指定を受けている高校だ。これらは、地方の公立校にも増えてきているという。

受験勉強ができるのも個性です。一般入試にしろ、AO・推薦入試にしろ、選抜性が高い大学には自分なりの個性を持っていかなければならなくなるでしょう」と小林氏。入試方法は多様化しているが、それは求めるレベルが下がることを意味するわけではない。各大学が自らの個性に合う学生を入学させるため、入試の選択肢を増やしているということだ。早慶でのAO・推薦の割合増加も、その変化の一つといえるだろう。

(フリーランス編集者・ライター 飯田 樹 写真=時事通信フォト)