1月4日、ガンバ大阪のMF井手口陽介が、イングランドのリーズ・ ユナイテッドへの完全移籍を発表した。


海外への移籍を決めた井手口陽介

 彼にとっては、子どもの頃から憧れだった”海外移籍”。その決断にはサッカー人生でいちばん、時間を要したと言う。

「去年の夏頃から現実的に”海外”を考え始めましたが、そこからの半年は、何度も気持ちが行き来しました。シーズンが終わって、そろそろ決断しなければと思っても、答えがなかなか出せず……一度は答えを出したのに、また迷いが出たりもしました。

 それを払拭できたのが、オグさん(小椋祥平/ヴァンフォーレ甲府)に言ってもらった『若い今のうちにしか、そういうチャレンジはできないんだから、チャンスがあるならビビらず行け』という言葉でした。

 また、代理人の新井場徹さんが実際に現地に足を運んでくれて、僕が不安材料としていた、子どもの病院や育児にまつわる家族の生活環境や、チームのことなど、いろんな状況が見えてきたことで、自分の気持ちが落ち着き、決断に至りました」

 ちなみに、その決断をするうえで、ロシアW杯まで半年という状況は、妨げにはならなかったそうだ。

 井手口にとっての”日本代表”は、彼がこれまで何度も繰り返し話してきたように「痺れる戦いを数多く経験できる場所」ではある。だが一方で、いつの時代もそうであったように「サッカー人生の通過点」という考え方に変わりはなかったからだ。

 それよりも、ひとりのサッカー選手として、自身のサッカー人生をより理想へと近づけるために必要だと思う選択をしたかった。

「2016年の後半戦から、コンスタントに試合に絡めるようになってきた中で、正直、去年の夏頃から日本でプレーする自分に疑問を持ち始めました。というのも、Jリーグの上位クラブと戦うときは別として、それ以外の試合ではなかなか『やりきった感』を持てなかったから。というか、ほとんどの相手に対して、明確な『やれる』という自信を持てているのは、ある意味ヤバイな、と。

 これは日本代表に選ばれるようになり、国際試合の経験が増えたことも理由のひとつだと思います。日本代表に行けば試合はもちろん、練習をしていても自然と自分に緊張感が生まれ、『もっと、やらなアカン』とか『まだまだ足りない』と思えるけど、チームに戻るとなかなかそれを感じられなくて。もちろん『代表で感じた経験をチームの練習でも生かそう』とか、『課題に感じたことは、チームで克服しよう』とは思って、練習に臨むんですよ。

 でも正直、去年の後半は、自分が仮にそう思わなくても……つまり、普通にプレーしていてもやれてしまう状況でしたから。少し言い方は悪いけど、そういう”ぬるい”環境でサッカーをしていて成長できるのか、を考えたときに、違うなと。

 これまでの自分のサッカー人生を振り返っても、ガンバでも常に”飛び級”で育ててもらい、自分が敵(かな)わないと感じる人たちの中でプレーできたことで今の自分がある、と考えても、このまま自分が”普通にやれてしまう環境”でプレーするより、”もっと、もっと”と自分のケツを叩かなければプレーできないような環境でプレーするほうが、間違いなく成長できると考えた。

 それに、これまでも日本代表やW杯出場は自分の一番の目標ではなかったから。もちろん、出場チャンスがあるなら出たいし、出ることによって得られることもあるとは思います。さっきも話したように、日本代表に選ばれたからこそ気づけたこともたくさんありますしね。

 でも、海外に飛び出せば、もしかしたら日本代表戦のような”痺れる”戦いや”バチバチした感覚”を、所属チームで毎日のように味わえるかもしれない。そのほうが楽しいだろうなって思ったし、単純に年齢的にも……仮にロシアW杯に出場できなくても、4年後はまだ26歳になる年ですから。自分次第ではチャンスがあるはずだし、この4年間を海外で過ごすことで、もっと楽しくW杯を戦えるかもしれない。それならば、今しかチャレンジできないことを優先したかった」


日本代表で経験するような「痺れる試合」を日々味わいたいという井手口。photo by Sano Miki

 もっとも”海外”がひと筋縄ではいかない”場所”という自覚はある。リーズへの完全移籍とはいえ、半年間はスペイン2部リーグのクルトゥラル・レオネサへの期限付き移籍となるが、たとえ2部リーグであっても、そのレベル、選手の質を考えれば「簡単に試合に出られるとは思っていない」と井手口は言う。

「新井場さんにも言われたんです。『2部とはいえ、個々のレベルは想像以上に高いし、陽介がすぐにチームの中心になれるほど甘くはない。むしろ、厳しい』って。でも、僕としてはそこがウエルカムだなと。

 ガンバでもトップに上がって、ヤットさん(遠藤保仁)やコンさん(今野泰幸)、ミョウさん(明神智和/長野パルセイロ)に揉(も)まれて、なんとか乗り越えようと必死に戦ってきたように、厳しい状況を乗り越えてこそ、見えてくるものも絶対にある。この先、長く海外でプレーするためにも、まずは半年。スペインでしっかり自分と向き合いたい」

 加えて言うならば、移籍会見の席上で”言葉の壁”について尋ねられ、「言い方は悪いですが……ノリで(笑)」とは言ったものの、もともとの性格がすぐに環境に適応できるほど、オープンマインドではないことも自覚している。だが、それでもなお、井手口は海外でしか望めない成長に思いを馳せる。

「今のところスペイン語で覚えているのは、『hola(オラ/「やぁ!」という意味)』と『Gracias(グラシアス/「ありがとう」という意味)』のふたつだけなので、間違いなくコミュニケーションは苦労すると思います(笑)。ノリで乗り切れるくらいにならなきゃ、とは思っていますけど、本来の性格はそういうタイプでもない(笑)。

 でも、そうやって自分が心を開いて、環境に溶け込む努力をしたりして、メンタル的にも動じない自分になる必要も感じているし、慣れない環境に適応していく苦労? みたいなものも楽しめるようになりたいな、と。

 これはプレーも同じで、最初は周りも『どんなもんやねん』って感じで見てくると思うし、プロになりたての頃のように、周りの先輩選手が助けてくれるなんてこともまずないと思う。けど、そこは日々の練習から積み重ねて、試合で自分を示すということを繰り返す中で信頼をつかむしかない。

 そういうことを考えると……不安もゼロではないけど、ワクワクした気持ちのほうが大きいし、自分の決断に家族を巻き込んでいる責任もある。それをしっかり自分の肝に銘じて勝負したいと思います」

 そんな井手口に、彼の言葉にあった「この先、長く……」の意味を尋ねてみる。すると、意外なようで意外でもない、井手口らしい言葉が返ってきた。

「深い意味はないんです。10年、海外でプレーしているとかってなれば……単純に格好いいかな、と(笑)。とか言いつつ、試合に出られなくて『そんなことよく言えたな』ってことになるかもしれないけど。

 でも、起きていないことについて考えても答えはないからこそ、そうなったら、なったときにまたそこで考えればいい。だから、あえて今はバックリと理想だけを描いて、これまでどおり、自分のいる場所で精一杯やるだけです」

 その積み重ねが今の自分を作り上げてきたという自信と、悩み抜いて選択した決断に覚悟を秘めて――。

 井手口陽介は海を渡る。

◆ビッグクラブ移籍説の中島翔哉を直撃!「ポルトガルが気に入っている」>>

◆オランダでチームの中心になった堂安律を直撃!「ロシアW杯代表も狙う」>>

■海外サッカー 記事一覧>>