阿川佐和子氏

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■いかに相手が話しやすい空気をつくるか

取材で人に会う前は、ひととおり資料を読んで「こんなことを聞こう」とある程度決めておきます。ただし、10も20も質問項目を用意してインタビューに臨むようなことはしません。頭の中にあるテーマはせいぜい3項目。あとは、相手の話を聞きながら考えるようにしています。最初からメモを片手に、あれもこれも聞き出そうと前のめりになっていたら、自分の質問を切り出すタイミングばかりが気になって、肝心の相手の話が耳に入ってこないからです。

取材で大事なのは、いかに相手が話しやすい空気をつくるかに尽きます。そして、それにはいま目の前にいる人に関心を持ち、一言も聞き漏らさないぞと真剣に耳を傾けるのが一番です。この人は、心から自分の話をおもしろがって聞いてくれていると思ったら、誰だって悪い気はしないし、もっとサービスしてあげようという気になるでしょ。

これは取材だけでなく、あらゆるコミュニケーションの基本です。たとえば、あなたはお酒の席で、向かいに座る上司の話を聞きながら、近くに来たお店の人に、つい「あ、ビールもう1本。それからメニューももらえますか」と、注文するようなことをしていませんか。

これは上司に対し、「あなたの話には興味がありません」というメッセージを送っているのと一緒です。しかも、そこで話が尻切れトンボで終わってしまったら、上司の心の中には、「まだ続きがあったのに」というわだかまりがずっと残ってしまいます。コミュニケーションが苦手という人は、話し方や伝える技術以前に、案外こういうところに原因があるのです。

では、こういうときはどうしたらいいのでしょうか。たとえ自分のグラスが空でも、とりあえず上司の話が一段落つくまではしっかりと話を聞く。もし、途中でやむをえず話の腰を折ってしまったなら、「失礼しました。で、そのあとどうなったのですか」と、こちらから話の続きを催促するのです。

このようにして、ビールよりも何よりも、いまはあなたの話を聞きたいのですという気持ちが伝われば、相手は気持ちよくしゃべってくれます。

■重要なのは、先に相手の話をきちんと聞くこと

こちらに伝えたいことがある場合も、やはり重要なのは、先に相手の話をきちんと聞くこと。

「私顔色悪くないですか。夜寝られないんですよ。いえね、不眠症ってわけじゃなくて、ほら、お隣の赤ちゃん、元気なのはいいのよ。ただ夜泣きがひどくて。あれ絶対ストレスだと思うのよね、だって聞いてよ……」

あなたが営業に訪れた家のおばさんが、いきなりこんな話を始めたらどうしますか。「まいったな、こっちは商品の説明をしたいのに。この話早く終わってくれないかな」と、さもつまらなそうな顔で突っ立っているようでは、いい営業パーソンにはなれません。

「赤ちゃんの泣き声ってけっこう響きますからね。で、夜中に何回ぐらい……3回も、それはたまらないな」

そういうときはこういった具合に、たとえ自分に関係ない内容であっても、話をおもしろがって聞いてあげるのが正解でしょう。

人は一方的にしゃべっていると、だんだんと「自分だけが話をしてなんだか悪いな」という気になってきます。ましてやそれまで自分の話を楽しそうに聞いてくれていた人に対しては、マイナスの感情は持ちませんから、今度はこっちが聞いてあげようという流れに自然となるのです。

それから、話を聞くときは、相づちを疎かにしないこと。こちらが話しているのに、全く反応がない人がたまにいますが、こういう人が相手だと「この人聞いてくれているのかな」「ひょっとして私の話がつまらないのかな」と不安になって、話を続ける気持ちが萎えてきます。かといって、大げさすぎる相づちは不自然だし、息継ぎのたびにいちいち「はい、はい」とやられるのもうるさいだけです。相づちは、言ってみれば、あなたの話を誠実に聞いているという合図なので、自然体が一番いいと思います。

■わからない自分を努めて隠さないようにする

取材中、相手の話が難しくてわからないということもよくあります。まだ未熟なころは「こんなこと知らないと馬鹿にされるかもしれない」と、わかったような顔をしてそのままやり過ごすなんてこともなきにしもあらずでしたが、それでいい結果が出たことはまずありません。

いまはむしろ、わからないことをそのままにして話を進めるのは聞き手の恥だと思って、わからない自分を努めて隠さないようにしています。その際、私がよくやるのは、「その化学式は、要するに旦那さんの浮気に気づいた奥さんが、怒って家を出ていってしまったみたいなことですか」というような、たとえ話で確認するというやり方。これだと、こちらがどこまで正しく理解しているかがはっきりするので、相手も説明しやすくなるというわけです。

このように、こちらの聞きたいことと相手の話したいことが異なるときは、まず相手に話をしてもらい、そこから少しずつこちらの聞きたいことに舵を切っていくようにするという小技が役に立ちます。ただ、これは、いつも成功するとはかぎりませんけどね。私もまだまだ修業中なのです。

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阿川佐和子
1953年、東京都生まれ。東洋英和女学院高等部卒。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。『筑紫哲也NEWS23』『報道特集』などの報道番組から『ビートたけしのTVタックル』などのバラエティ番組の進行まで幅広い顔を持つ。2012年発売の『聞く力―心をひらく35のヒント』(文春文庫)は160万部以上の大ヒットに。

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(山口雅之=構成 大沢尚芳=撮影)