止まっているエスカレーターの違和感を克服する

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日本では、ごくたまに故障等の理由で止まっているエスカレーターの上を歩く機会がある。
そんなとき、みなさんは必ず妙な違和感を覚えることだろう。泥の中に足を踏み入れたような、空気が一瞬よどむようなあの感覚。

以前、ネットでも話題になったが、この感覚は「エスカレータ効果」等の名前で研究対象となっており、脳の運動を司る部分がエスカレータが動いているかのように重心を勝手に移動してしまうがために起こる、と説明されている。
要は「エスカレーターは動くもの」と脳が決めつけているがゆえに、変な感覚になるらしい。

日本ではさほど多くないこの停止中のエスカレーターを歩く、というシチュエーションだが、実は海外では日常茶飯事である。

私の住む上海も例外ではなく、日常生活の中で、止まっているエスカレーターを通らない日はないといっても過言ではない。
おそらく電気代節約の意図が大きいのだろうが、比較的人が少ない時間帯になるとエスカレーターはだいたい止まる。例えば、私が通っている語学学校は築20年強の古いビルなのだが、朝10時までと、夜20時以後、エスカレーターは止まっている。
また、雨が降っているときなど、外に設置されたエスカレーターはかなりの確率で止まる。すべりやすい等、安全上の事情があるのだろうが、別に通行できないわけではないので、みなその上を普通に歩いている(このへんの鷹揚さが海外)。

▲結構止まっていることが多い海外のエスカレーター

上海生活もそこそこ長くなって来た昨今、気づいたことがある。
昔ほど、止まっているエスカレーターを歩くときの違和感を覚えなくなっているのだ。もちろん完全に無くなっているわけではない。しかし、明らかに日本にいた時に比べると弱くなっている。
日本にいたときが「有明海の泥に足を踏み入れた感じ」だとすると「もずく酢に足を踏み入れたくらい」には軽減している。もずく酢に足をいれてはいけません。

もしや脳が「エスカレーターは動くもの」と、あまり思わなくなっているのかもしれない。この調子で行けば、完全にあの違和感を克服できるかもしれない。

そこで、我が脳に対して、エスカレーターは動いているときばかりではなく止まっていることもあるんだよ、と厳しく覚え込ませるべく、止まっているエスカレーターを集中的に歩く特訓をしてみた。

週末の朝、幸いなことに外は雨。普段なら外にあるエスカレーターはかなりの確率で止まっている。案の定、近所のエスカレータ付き歩道橋に行ってみるとがっつり停止中。素晴らしい。私以外の人は誰も素晴らしいと思ってないけど。

意を決してエスカレーターに一歩目を踏み出す。う……ん。まだちょっと違和感がある。足が重くなるあの感覚は完全にはなくなってはいない。
脳のやつめ、まだこいつが絶えず動く階段だと思っていやがる。こんなに日常的に止まっているのに。

周りの中国人が不審そうな目を向ける中、繰り返し止まっているエスカレーターを登り下りしてみる。目線を上に向けたり、下に向けたり、時には目をつぶってみたりしてみるが、なかなか違和感は消えない。

▲雨だとたいてい止まります

そのまま雨中のエスカレーターを20回くらい往復してみたが、例の感覚は完全には消えなかった。足がパンパンになってきたのと、周囲の目が気になって来たので、場所を変えることにする。

まだ朝早いので、古めのビルにいくつか入ってみると、薄暗い中に停止中エスカレーターは容易に見つかる。早速、つかつかと登ってみる。心無しか、先ほどの外エスカレーターよりかえって足が重くなった気がする。
どうも、エスカレーター周囲の景色や、明るさなども影響するようだ。自分の脳の騙されやすさに辟易しながら繰り返し登る。また登る。

▲閉店後のショッピングモールも止まります

その日は、夜も含め、合計100回以上、止まっているエスカレーターの登り下りにチャレンジした。こんなに階段を上り下りしたのは高校のときの部活以来。今、ぷるぷると震えるヒザを必死に揉みほぐしながらこの原稿を書いている。

結論から言うと、この特訓を開始した時点から比べても、かなり違和感は無くなった。しかし、完全にゼロになったかというとそこまでは行かなかった。
先ほどと同じ喩えを使うならば「もずく酢に足を踏み入れたくらい」から「お湯で薄めたリンスの入った洗面器に足を踏み入れたくらい」にはなったかもしれない。どんどん喩えがわかりづらくなっているが、伝わっているのだろうか。不安である。

いずれにせよ、エスカレーター違和感は、訓練次第で軽くなっていくことはわかった。今後も、止まっているエスカレーターを見かけたら積極的に登って行くこととしたい。
そしていつか完全に違和感を克服したあかつきには、特技としてプロフィールに書き込みたいと思う。40歳を超えて新たな特技を見つける日が来ると思わなかった。
(前川ヤスタカ)