『石井桃子のことば』発行:新潮社/価格:1600円(税別)

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私も毎朝楽しみにしているが、NHKの朝ドラ『花子とアン』の視聴率が絶好調のよう。『赤毛のアン』はよく知っているけど、翻訳をした村岡花子さんのことは今回、初めて知ったという人も多いのではないだろうか。という私もあまり知らなかったので、今回とても興味深くドラマを見ている。もちろんドラマなのでフィクションではあるけれど。

そんな村岡花子さんと同じく、児童文学界において欠かせない人物に、石井桃子さんがいる。石井桃子さんといえば、A・A・ミルン作『クマのプーさん』、ピータラビットの絵本シリーズ、ミッフィーの絵本『うさこちゃん』シリーズをはじめ、数多くの名作を翻訳した方であり、『ノンちゃん雲にのる』などの著作も多数。村岡花子さんとは1957年に「家庭文庫研究会」を結成して、子どもたちの読書を支える文庫活動を共に行なってきた。石井さんは2008年に101歳でお亡くなりになられる少し前まで活躍されていたので、ご存じの方も多いことと思う。

そんな彼女の仕事と生涯をまとめた一冊『石井桃子のことば』 (新潮社刊)が5月に発行された。

本書は編集者、翻訳家、作家として活躍した彼女の仕事についてだけでなく、これまであまり知ることのなかった生い立ち、そして彼女自身が遺した数々の珠玉の「ことば」を、著作、談話、身近な人々から集め、紹介した一冊。

私自身、子どもの頃は特に気にせず、石井さんの翻訳した作品に親しんできたけれど、本書を読み、改めてそのバイタリティに驚いたり、偉大さに気づかされた。101年の生涯を1冊にまとめるのは大変なことだったのではないかと思う。編集した若菜晃子さんにいろいろお話を伺った。

――まず今、改めて石井桃子さんの本を企画したきっかけを教えていただけますか?
これまでに、石井先生のお仕事やご生涯を一冊にまとめた本がなかったのが、本書を企画した大きな理由のひとつです。私自身、子ども時代は石井先生の本で育ってきましたが、石井先生ご自身のことはほとんど知りませんでしたし、知ろうにもまとまった本がありませんでした。そこで書籍という形で、誰が見ても石井先生のことがわかる入門書を作りたいと思ったんです。

――石井さんの「生涯」ではなく「ことば」という、くくりにした意図は?
いざ本にするとしても、ただまとめるだけではおもしろくないし、百一年も生きた方ですから、なにかひとつ柱(テーマ)がないと、まとまりがつかない。そこで考えたのが「ことば」でした。実は2011年に杉並区の郷土博物館で開かれた「石井桃子展」をたまたま見に行ったときに、展示されていた色紙のことばに胸を打たれた経験があったんです。それが本書の巻頭1ページ目に掲載した「子どもたちよ 子ども時代をしっかりとたのしんでください おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の「あなた」です」ということば。石井先生は子どもだけでなく、おとなに向けたことばにも、すばらしいものをたくさんお残しなのではないかと考えて、その「ことば」を、先生のお仕事やご生涯とともに、多くの方にお伝えできればと思ったのがきっかけです。

本書には石井さんが幼いころの写真から、戦後5年間、農業生活をしていた宮城県鶯沢での写真、アメリカ、カナダ、イギリスを訪れた際に出会った人々との写真など、貴重なものが多く掲載されている。

――資料や写真を集めるのもかなり大変だったのではないでしょうか?
石井先生が設立に関わった、東京子ども図書館に保存されているものが多いですが、これまでメディアに出ているものはそのごく一部なので、この本の内容に合わせて全部探し直して、資料も撮り直しました。その他にも、身近な方々からお借りした資料や写真も数多くあります。また今回はゆかりの場所(浦和、鶯沢、追分、荻窪など)を取材し、撮り下ろしの写真が多いのも特徴です。

――改めて、石井さんが手がけた本の全リストにも驚きました。
初めての画像付き全著作リストですので、これもあれも石井先生の手によるものだったのかと再発見する方も多く、ご自分の子ども時代に思いをはせる方もいらっしゃって、それぞれ楽しんでいただいているようです。リストの作り直しから、画像のないもの探しから、内容の確認から、長く暗いトンネルを歩いておりましたが(笑)、やはり作ってよかったと思っております。小さいお子さんのいらっしゃるお母さんには、子どもの本選びの参考として、また、石井先生のことを詳しく知りたい方には、資料としてもご活用いただけるのではと思っております。

「石井桃子が出会った人々とことば」というページでは、主に石井さんが仕事で関わった日本人、外国人の方々からのことばが紹介されていて、その交流の幅広さが一目でわかる。石井さんは生涯独身だったけれど、菊池寛氏、井伏鱒二氏など、男性とも親しく交流されていたことが伺い知れた。

――読んだ方からはどんな感想がありましたか?
巻頭の「子どもたちよ〜」に、はっと胸をつかれる方は多いです。このひとことを目にして、この本は心して読まねばと思ったとおっしゃって下さった方もいらっしゃいました。読み進むうちに、大事なことばには付箋を立てながら読んだという方もいらして、石井先生のことばがそのままダイレクトに、読者の方の心に入っていっているようで、とても嬉しいです。

たしかに、心に響く「ことば」が数々出てくる。また『ぐりとぐら』シリーズで知られる中川李枝子さん、福音館書店の創立に関わり、現在の児童書出版の礎を築いた松居直さん、東京こども図書館の理事長であり、石井さんとの関わりも深い松岡享子さん、また、石井さんが夏を過ごした軽井沢の追分で17年間、共に過ごした西村素さんなど、身近な人々のお話からは、素顔が垣間みられるエピソードも。とにかく読み応えたっぷり。

――今回この本の編集を通して、改めて石井桃子さんについて、そのことばについて、どんなことを感じましたか?
ことばというのは、やはりその人が生きてきた中で生まれるもので、その体験と思考に根ざした「ことば」は、その人にしか言えない、かけがえのないものだと思います。石井先生のことばは、先生ご自身がご自分のお仕事、人生に対して常に真摯であったからこそ生まれたことばであり、だからこそ私たちはそのことばに胸を打たれるのだと思います。人生をまっとうするというのは、こういうことなんだなと深く感じ入りました。遠く足元にも及びませんが、私も本作りの末端に連なる者として、今回の本を作らせていただく過程で、これからの仕事の支えになることばをたくさんいただきました。そのことも本当にありがたかったと思います。

石井桃子さんの偉大な仕事の数々を知る資料としてはもちろん、ひとりの女性の生涯を描いた本としてもとても楽しめたし、少なからず石井さんの手がけた本で育った者として大きな感動も覚えた。今、朝ドラにハマっているみなさんにも読んでほしい1冊。ぜひその「ことば」に触れてみてください!
(田辺 香)