田原総一朗(たはら・そういちろう) 評論家・ジャーナリスト。1934年、滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒。JTB、岩波映画製作所、東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストとして活動を開始。著書多数。

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政治家・官僚を冷笑し、不景気に溜息をつく──。今、そんな諦めの境地に、経営者が甘んじていてよいはずがない。「責任はすべて経営者にあり」と断じる田原総一朗氏の真意は?

■衝撃が走った原発受注の失敗

経営者が意識を変えないと、日本経済は沈没する。それを強く印象づけたのが、09年12月に起きたアラブ首長国連邦(UAE)の原子力発電所の国際入札における日本の敗北だ。

原子力発電の技術で、東芝、日立、三菱重工は世界でトップクラスにある。そのうちの日立がアメリカのGEとタッグを組んで受注合戦に参戦した。相手は、アレバ率いるフランス連合と韓国電力率いる韓国連合。技術力の高さを誇る日本が勝てると、大方が思っていた。

ところが、日立は負けた。それも原発後進国である韓国に負けた。なぜ負けたかは明白だ。日立は商売が下手すぎた。たしかに韓国の提示価格は他国のメーカーより安かったが、決め手になったのは、燃料供給や運転、補修、使用済み核燃料の引き取りを受け入れ、さらに60年間におよぶ運転保障も付けたことだ。

日本の場合、プラントメーカーの日立は原発をつくっても運転はしない。運転は電力会社がする。ところが韓国は、メーカーと電力会社がタッグを組んだ。だから、こうしたサービスを提案できた。しかも、李明博大統領がUAEへ赴いてトップセールスまでやった。メーカー、電力会社、そして国が三位一体で動いたから韓国は勝てた。

日本にはそれがなかった。技術力でいけると思っていた。国際競争力イコール総合力だ、という意識が経営者に薄かった。だから負けた。こうした事例はたくさんあるが、この一件に強い衝撃を受けて今、トップ企業の経営者の意識も少し変わりつつある。とまれ、日本は世界の流れから立ち遅れ、この20年間に競争力の面で落ちこぼれているということを、今日の経営者は強く意識すべきだ。

これからの経営で大切なのは、物事を決断するスピード。例えばユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井正さんや楽天の三木谷浩史さんなどは、それをよく理解している経営者の好例だ。

彼らは、会議の前日であっても、「こういうことをやろうと思う。今から調査しろ」と電話で役員に指示する。必要ならアメリカでもどこへでも行け、会議の出席は電話で構わない、すぐ調査しろと。そして翌日には決める。決定のプロセスがわずか1日、などというケースは日常茶飯事だという。

ところが、一般に上場企業のサラリーマン経営者は、何か物事を決めるのに半年も1年もかかる。決断した頃には世の中が変わってしまう。なぜそうなるかというと、経営者も役員も冒険をしたがらない。責任を取りたくないからだ。

ユニクロの柳井さん、楽天の三木谷さん、あるいはソフトバンクの孫正義さんらは、独裁的経営者と言われるが、そもそも責任の重さと影響力は比例する。彼らが傍から見て独裁的に映るのは、経営責任を果たさんがために、強い影響力を行使しているからだ。

例えばユニクロは、05年から11年までに、売り上げを3倍に伸ばしている。柳井さんは、「20年までに売り上げを5倍伸ばす」と言うが、これもスピーディーな決断と、部下に対する強い影響力があればこそ。加えて「業界の不景気など関係ない。ウチはユニクロだ」と、外部環境を言い訳にする気など微塵もない。責任はすべて経営者が負っているのだ。

もう1つ、経営者の大事な仕事は、危機感、問題意識を共有することだ。日産を立て直したカルロス・ゴーンさんは、最高経営責任者に就任したとき、役員たちに「業績不振の原因は何か」と問うた。

すると役員たちは「政府の経済政策が間違っている」「景気の低迷で消費が萎縮している」などと口々に答えた。ゴーンさんは、次の質問をした。「では、トヨタやホンダは、なぜ売れているのか」と。すると、役員たちは誰もその質問に答えられなかった。

業績が悪くても自分の責任として捉えないのは、経営陣だけではない。開発部門は、よいクルマをつくっても売れないのは販売のせいだといい、販売部門は商品力がないのを開発のせいにする。ゴーンさんはそれを「他責の文化」と言った。

彼は大胆な目標を掲げてリストラに取り組んだが、その見どころの1つは、企業情報を社員たちにすべて公開したことだ。日産が販売台数を増やすためにダンピングをしていること、素材や部品の仕入れ価格がトヨタやホンダに比べて2割以上高いことなど、自社が抱える問題を公開し、危機感を共有した。さらに、目標が達成できなければ、自身も含めて役員全員を辞職させるとまで宣言した。

問題意識、危機感が共有できると、何をどう改善すればよいかという具体的な話になる。問題解決に対するモチベーションも高まる。実は、これが日産を立ち直らせる原動力になった。

伊藤忠商事の社長・会長を務めた丹羽宇一郎さんも、バブル崩壊後の低迷期に大胆な経営改革で同社を建て直した人だが、彼は譲れない経営理念として「クリーン」「オネスティ」「ビューティフル」を挙げた。清廉で隠し事をせず、見苦しくない経営。一見きれいごとだが、先述のゴーンさんのエピソードと通じるだけでなく、今の多くの勝ち組経営者は皆、似た言葉を口にする。

丹羽さんが素晴らしいのは「社員全員をエリートにする」という考え方だ。エリートとは、有名大学出身者という意味ではない。自分の頭で考え、判断し、実行できる人材のことだ。

まず、大事なのは企画力。新しいものに目を向け、取り込んで形にする力。次に、企画を実現する力。アイデアは誰にでも思いつく。しかし、重要なのはそれを実現できるかどうかだ。例えば、テレビ局なら番組の企画を出して、プロデューサーや編成が「面白いね」と言っても、たいていそこで終わってしまう。

ではどうするかというと、自分でスポンサーを見つけてくる。すると「面白いね」が「やってみようか」に変わる。マネジメントも込みで組み立て、明日からでもやれるというくらいの準備をする。

そして3つ目は、実現した企画がもし失敗したら責任を取ること。経営陣のみならず、社員においても仕事に対する責任をうやむやにしてはいけない。新しい企画はえてして既存の企画を否定する。だから失敗して責任を取るのが怖い。しかし、失敗を恐れて上司の言いなり、ものも言えないような社員ばかりでは組織は機能しない。

企画力、実現力、自ら責任を取る潔さ。これらを兼ね備えたのがエリートであり、社員全員をエリートにしていくことが会社の競争力を高める、と丹羽さんはいう。僕もまったくその通りだと思う。

日本経済の将来に対して悲観的な見方も多いが、僕はそう悪いものではないと思っている。不景気を理由に萎縮するのは、臆病風に吹かれるのと同じ。日本企業の技術力は相変わらず世界一だ。日本人は勤勉でよく働く。円高もあながち悪い要素ではない。日本への投資機会を狙っている海外の投資家も多いはずだ。

チャレンジ精神を失わないこと。既存の枠組みにとらわれず、必要ならば国内外を問わずあらゆる企業、組織とコラボレーションして、国際競争力を高めていくこと。それが今の経営者に求められている姿勢だと僕は思う。

(高橋盛男=構成 若杉憲司=撮影)