大阪桐蔭vs鳴門
【先発した菅(鳴門)】
大阪桐蔭を体感した下級生たち、次なる伝説創世へ
四国勢としては2009(平成19)年の第62回・秋田国体での今治西(愛媛)以来6年ぶり、徳島県勢としては1999(平成9)年の第52回・大阪国体での徳島商以来16年ぶりとなる全国制覇の夢は「あと2つ」で届かなかった。
最後の大会にして巡ってきた大阪桐蔭との公式戦初対戦。絶対的なエース右腕・板東 湧梧(3年・JR東日本入社内定)、5番・稲岡賢太右翼手(3年)の大駒2枚を欠くとはいえ、主将・河野 祐斗遊撃手(3年)をはじめ甲子園春1勝・夏ベスト8進出に貢献した「神セブン」はそのままに臨んだ鳴門は、「切れのいい内角のボールを投げていた」(森脇稔監督)相手左腕・網本 光佑(3年)から11三振を奪われての完封負けでシーズンを終えた。
結果、国体初制覇・1951(昭和26)年・第23回センバツ以来、62年ぶりの全国頂点を逃した彼ら。ただ、その中でも「大阪桐蔭」を体感した下級生たちは多くの収穫を得ている。
まず、花巻東戦に続き先発マウンドに立った1年生左腕・菅 良磨(左投左打・168センチ68キロ・鳴門第二中出身)は3回5失点ながら自責点は2。「打球が違うし、体つきやスイングスピードは県内ではない。いい経験をした」と本人も手ごたえを感じたようだ。
【主将・鳴川宗志(鳴門)】
2年生で唯一旧チームからのレギュラーであり、現在は主将を河野から引き継いでいる9番・鳴川 宗志左翼手(2年・右投左打)もめったにない事象を体感した。5回表、大阪桐蔭の4番・近田 拓矢一塁手(3年)の打球はドーム球場であれば天井に当たりそうな高い弧を描いて鳴川の前へ飛んだ。結局「左翼前二塁打」とし「あんな打球は見たことはない」と驚きながらも反省の弁を述べた新主将。ただ、まるで往年のキューバ主砲、オレステス・キンデランを思わせる強烈すぎる近田の打球を知ったことも彼にとっては大きなことだろう。
さらに、新チームでは女房役を務める向 洸旗(2年・173センチ78キロ・右投右打・徳島東シニア出身)はこの試合では三塁手・左翼手とポジションを変えながら2打数1安打と奮闘。
花巻東戦では好リリーフに高校通算2号アーチと大活躍だった橋川 亮佑(2年・右投左打・181センチ75キロ・徳島ホークス<ヤング>出身)も、2回無失点に三塁強襲安打。「スイングは凄かったが、コースに投げれば打たれない自信があった」自負を結果で示したのである。
既に秋季徳島大会では準々決勝で池田に延長12回激闘の末に5対10で敗れ、長い冬に入ろうとしている新チーム。「先輩たちから『冬練習がんばってね』という励ましをもらった」と苦笑いした鳴川はこう次の決意を述べる。
「先輩たちは狙い球を絞ってどんどん振っていた。新チームでもそういう形を作っていきたい」
「悔いの残らないようにやってほしい」。この試合を最後に野球と別れを告げ、就職へと歩を進める甲子園満塁男・松本 高徳三塁手(3年)ら、伝説を作った3年生たちを継ぐために。今日闘った4人を核とする1・2年生たちは、この試合で得た収穫と課題を糧に「伝説創世」への準備を進めていく。
(文=寺下 友徳)