県立西脇工業高等学校(兵庫) 今夏、公立校ながら激戦区兵庫を制し、初の甲子園出場を果たした西脇工業高。それを実現したのは、春の大会後に打撃や走塁に関する考え方や練習アプローチを変えたことが大きかった。

写真拡大 (全2枚)

夏の兵庫を制した公立高校の年間計画とは?

 今夏、公立校ながら激戦区兵庫を制し、初の甲子園出場を果たした西脇工業高。練習開始時間の少し前に学校に到着すると、ユニホームを着た野球部員たちが校内を熱心に掃除していた。出迎えてくれたのは、西脇工の監督を務めて5年目の木谷忠弘監督だ。

「一日の始まりは掃除からですね。落ち葉の多い季節もありますし、ゴミの出る場所って季節や天候によって違うじゃないですか? そういったゴミたまりやすい場所を日々、予測しながら掃除しなさい、と常々言っています。そういった予測がきちんとできる選手はグラウンドでも実によく考え、予測しながら野球をするもの。全部つながってるんだなぁといつも思わされますよ」

 学校の授業がある日の練習時間は16時前から19時まで。片づけとミーティングを終えた後、19時半に解散となるが、個人練習をしたい選手は最大20時半まで居残ることができる。月曜日は基本的には休み。現在の部員数は一年生33人、2年生26人の合計59人だ。

「練習時間が少ない割に人数が多いので、個人や少人数でもこなせるようなメニューをたくさん作り、常に全員がなにかしらの練習をしている状態をキープすることを強く意識しています」

 年間ベースにおける、練習メニューの考え方についてうかがってみた。 「秋の公式戦が終わり、シーズンオフに突入すると、年末までは守備練習は一切せずに、体力強化トレーニングとバッティング練習中心のメニューを組みます。1.2キロのバットでソフトボールを打つロングティーや6秒に1回のペースで行う素振りを30分〜60分こなすことで、スイングスピードを上げていくことに主眼を置きます」

 走り込みは期間限定でおこなうのが西脇工流。2週間徹底的に走り込む時期を冬の間に二度設定するという。「一番きついと言われる400メートル走を走り込むメニューが中心です。この走り込み期間を設定する理由は、体力強化よりも『嫌なことに挑戦する』という精神面強化の側面が大きいです」

 年が明けると、今度は守備中心のメニューに切り替わる。「守備に関しては1月から3月の間に力を入れることで十分間に合うと思っています」 木谷監督は「でも…」と前置きした後、続けた。「年間でこういう練習計画を立てたから甲子園にいけたのかどうかはわからない。新チームが同じことをやったら来年も甲子園にいけると言い切るつもりもない。今夏、甲子園に行けたのは、春の大会後に打撃や走塁に関する考え方や練習アプローチを変えたことが大きかったと思っているんです」 その興味深い話、ぜひお聞かせください!

春季大会で痛感した打撃力向上の必要性

 「今年は春季大会で全然打てなかったんですよ。相手投手のストレートが130キロを超えてくると簡単に振り負けるし、イメージしていない球種が来ると、手を出すこともできずに見逃してしまう。なんだかピッチャーとの勝負以前の問題かなと思うようになりましてね…。ちょっとこのままじゃいかんなぁと」

 そこで木谷監督はフリー打撃のあり方を見つめ直すことにした。鍵と感じたのは「時間」だった。「バッティングピッチャー役は野手が務めることも多く、投じるボールは試合よりも遅いので、振り負けることはないんです。しかし、試合で投じられるストレートは、投手の手をボールが離れてからバッターの手元までわずか0.4〜0.5秒で到着してしまう。その時間をきちんと処理できずに振り負けてるわけですから、練習においてもその時間にもっとこだわる必要があるんじゃないかと」

 そこでバッテリー間の距離を詰めることで、試合と同じ時間を作り出すことにした。投げられるボールが緩くても、距離を短くすれば、時間を短縮することができる。「だいたい15メートルくらいの距離までバッテリー間を詰めると、野手が投げる球も試合と同じような時間で打者の元に到着するんです。この距離でピッチャーはストレートと変化球を混ぜて投げる。もちろん球種は打者には知らせません」

 その上で木谷監督は「甘かろうが、コーナーいっぱいだろうが、ストライクは全部振っていくように」という新たな要求をバッター陣に課した。

[page_break:「標準装備」の精度アップが無駄なアウトを減らす]「標準装備」の精度アップが無駄なアウトを減らす

 「バッテリー間の距離は詰まってる上、ストレートがくるか変化球がくるかもわからない。その上でストライクには全部手を出せといわれたら、がむしゃらに反応で勝負していくしかない。すると、自然と始動も早くなっていき、タイミングを取る力も上がっていったんです。面白いもので、きちんとタイミングを取れる選手は、きわどいコースのストライクは打ってもファウルになり、甘い球は強い打球がヒットコースに飛ぶ傾向が強いことが分かってきた。そこからは練習試合においても、『ストライクは全部振れ!』ということにしました。6月後半くらいまで、試合の中でもすべてのストライクに手を出していく中で、自分がどういうコースに強いのか、どのボールに手を出したらいい結果がでないのか、といったことを選手一人一人がだんだん感覚的にわかるようになっていったんです。スピードボールへの対応力もアップし『140キロくらいまでの球なら速く感じなくなった』という声が選手から出るようになりました」

 気が付けば、課題であった反応力が大幅に上がっていた。選手たちには「追い込まれてもなんとかなる」という自信が芽生え、チーム全体の打撃のしつこさは飛躍的にアップした。「2ストライク後のファウル率がかなり上がりました。きわどい球もファウルで逃げられるようになると、相手バッテリーはもっときわどい球を投げようとするので、フォアボールやワイルドピッチが増えていく。うちに有利になるような状況が増えていったんです」

 この取り組みの成果は、甲子園出場を決めた兵庫大会決勝でもいかんなく発揮された。「セカンド後方へのサヨナラポテンヒットは0ボール2ストライクからの外角の遊び球を拾ったもの。普通はなかなかあの球には手を出せないものですが、とっさの反応力で、拾うことができた。やってきたことは正解だったと思いましたね」

 春の大会後、打撃と同様にバントと走塁に関しても見直しをおこなったという。 「バントに関してはわがチームは『しっかり殺した打球をピッチャーのやや一塁寄りに転がせればすべての場面で通用する』という考え方が根本にあるのですが、とにかくこの場所にしっかり転がせるようになることを徹底的に練習して極めようと」

 夏の兵庫予選の犠打数は7試合で26個。走者を進めたい場面で着実に送り、試合のリズムを作っていった。 「走塁に関しては考え方を大幅に変えたんです。たとえばリード。春の大会までは全メンバーに左足が5メートルラインにかかる位置までリードをとらせていた。これくらいリードをとらなければ盗塁を成功させることはできないし、けん制でアウトになっても仕方ないと思っていたんです。弱者が勝っていくためにはそれくらい割り切ったことをしないといけないんじゃないかと。ところが、けん制でアウトになったりすると、やはり試合の流れを相手に一気にもっていかれたりする。弱者の戦いというものをもう一歩突っ込んで考えた時に、貴重なアウトはもっと大事にしたほうがいいのではないかと。けん制アウトや、第二リードで飛び出してのアウトは言ってみれば『無駄なアウト』。限りなくなくしていくべき、という考えに至ったんです」

 各選手にとっての「絶対にアウトにならない中での最大限のリード幅」「絶対にアウトにならない中での最大限の第二リード幅」というものを徹底的に洗い直した。

 「打球判断に関しても考え方を変えました。それまでは前へ前へという気持ちが強すぎて、ライナーで飛び出してしまい、戻れずにライナーゲッツーになってしまうシーンが結構多かったのですが、こういうアウトもなくす必要があるなと。そこでチーム内の約束事を『ゴロとライナーの判断をしっかりと見極めてからスタートを切ろう。そのことで多少スタートが遅れても構わない。ライナーゲッツーを絶対に食らわないことを優先しよう』というものに変更しました」

 西脇工では「絶対にアウトにならない中での最大限の行為」のことをチーム内で「標準装備」と呼ぶ。「もちろん、まったくリスクを冒さないというわけではなく、勝負をかけなければならないところではリスクも張っていきます。でもそれは標準装備が100パーセント身についていてこそ。標準装備ができているからこそ、リスクを張ったプレーの成功率も上がってくるんです」

[page_break:西脇工流・守備論]西脇工流・守備論

 「通常のシートノックは大会前にちょっとやるくらいで基本的にはやらない」と木谷監督。 「短時間で各選手がたくさんのボールを受けられるから」という理由の下、この日もノックはポジション別におこなわれた。外野こそひとくくりだが、内野に関しては各ポジションにノッカーが一人つく格好だ。その間、キャッチャー陣は外野の一角で二塁送球練習を繰り返し、ピッチャー陣はバント処理の練習をおこなっていた。各選手の待ち時間の長いシートノックをあまりやりたがらない理由が分かった気がした。

 木谷監督は内野でノックを受けている選手に視線を向けながら言った。「うちの内野手はゴロを処理する際、打球の強さや、捕った場所、捕った体勢によって、どういったスローイング方法をその後に選択するのかをあらかじめ決めてあるんですよ」

 スローイング方法の選択肢は基本的に4種類。ゴロを捕った後、投げる方向へ数歩走ってから投げる「稼ぐ」という名のパターン。ゴロ捕球前にしっかりと右足を踏んでから、左足付近で捕球し、すぐに軸足である右足を一歩踏み出し、捕球と送球を一連の動作の中で流れるようにおこなう「踏む」という名のパターン。守っている選手から見て右側に飛んだゴロを回り込んで捕球した際に、一歩右足を踏みだしてから送球するパターン。同様のケースで、捕球後に右足を動かさず、左足だけを一歩踏み出し、ワンバウンドで送球するパターンの4つだ。

「サードやショートに飛んだ正面の強いゴロなどは稼ぐパターンで一塁に送球します。基本的にはバットに当たってから4秒以内でファーストに到着すればいいと選手たちには常々言っており、なにも慌てて投げる必要はない。数歩一塁へ向かう分だけ、投げる距離も縮まるし、投げる際の体重移動もしっかりと行えるうえ、ボールを握り替える時間も十分作れる分、送球はより正確になる。ショートが三遊間寄りの深い打球を回り込んで捕った際に体重が後ろにかなり残ってしまったときは、右足を一歩出していると間に合わなくなるし、上体だけで投げても暴投になりやすい。そういうときは、軸足である右足を固定してしまい、左足だけ一歩踏み出してワンバウンドで投げる、といったようにあらかじめパターンを決めてあるんです」

 このことを徹底して以来、悪送球は飛躍的に減少したという。「練習の時から、『この打球はこう投げる』と決めて守備練習をおこなっているので、選手たちも慌てないし、迷わない。失点に直結しやすく、試合の流れも相手に持っていかれやすいスローイングミスが激減したことは勝率アップにかなりつながりましたね」

 「逆シングルで捕球する練習はあえておこなわない」ことも西脇工流の特長だ。「逆シングルを捕球法の選択肢に入れてしまうと、回り込むべきか、逆シングルで捕るべきかの判断を強いられる場面がでてきてしまう。そうすると回り込んで捕れたものも捕れなくなってしまう場面がでてきてしまい、トータルではマイナスなんじゃないかと。別に逆シングルをやるなと言っているわけじゃないんです。どうしても追いつかない打球は選手たちも本能的に逆シングルで捕ろうとしますので。ただし練習でやっていないので、逆シングルでうまくいかなかったとしても『仕方ない』で済ませます」

 さらに木谷監督は、チームで大切にしているという「ゴロ捕球理論」を明かしてくれた。「うちのゴロ捕球に対する考え方は『グラブの捕球面が、ゴロが転がる軌道のラインのどこかに入っていれば、必ずボールはグラブに収まる』というものなんです。よくゴロは、落ち際で捕れとか、ショートバウンドで捕れとかいいますよね? でもゴロ捕球を「このポイントで捕らなければならない」という発想でおこなうと、そのポイントにうまくグラブを持っていけた時はいいのですが、少しずれるだけでエラーを誘発しやすくなる。『前に出ないと自分の捕りたいバウンドで捕れない!』といった焦りにもつながりやすくなります。その点、『ゴロのラインにグラブの面を入れる』という発想だと、どのバウンドでも捕れるので、無理やり前に出る必要もなく、イレギュラーバウンドに対する対応力も上がる。この考え方を導入してから、チームの捕球エラーもかなり減りました」 やはり激戦区のてっぺんをとるチームには確固たる背景が存在するものだ。

 木谷監督は言う。「今夏、甲子園出場をつかんだ子らが能力的に例年よりも優れていたとは思わない。ただし『自分のできることとできないことをきちんと判断できる』選手は多かった。そしてその能力が甲子園出場を後押ししてくれた部分はけっして小さくはなかったと思う」

 グラウンドで元気な声を張り上げ、練習に励む教え子たちに視線を配りながら、指揮官は最後にこう結んだ。「この夏は、自チームの戦力と取組み方、考え方がうまくはまったんだと思います。けっして強いチームではないんだけど、いろんな運にも恵まれて、結果的に負けなかった。でも新チームにおいても、旧チームと同じやり方をするとは限りません。新チームの場合は、去年とは違う山の登り方を試みることが、甲子園という山の頂につながっている可能性もありますから」――。

(文・服部健太郎)