『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』(村瀬秀信著/双葉社)
横浜スタジアムの脇を流れる大岡川で産湯をつかった著者が放つ、愛と笑いと涙の大洋ホエールズ&横浜ベイスターズ球団回想録。

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プロ野球ペナントレースはいよいよ後半戦へ。
例年通り団子状態のパ・リーグに対し、セ・リーグは巨人が抜け出てはいるが、3位以内のクライマックスシリーズ(CS)出場権の行方はまだまだわからない。特に注目すべきなのが、前半戦を4位で折り返した横浜DeNAベイスターズだ。
前半戦が最下位以外なのは2007年以来6年ぶり。2005年以来のAクラス=球団史上初のCS進出にも期待が持てる位置につけている。好調なのは順位だけではない。前半戦終了時点での平均入場者数は昨年から10.4%増。ファンの期待度が例年以上に違うのだ。

今年のベイスターズはこれまでと何が違うのか。
なぜ、5年連続で最下位&この10年間で9回もBクラスなのか。
そして、ベイスターズファンはなぜ弱くても応援し続けるのか。

『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』は、そんなベイスターズにまつわるさまざまな「なぜ?」を、選手、OB、球団経営者など30人超へのインタビューを通してつまびらかにしていく。著者は村瀬秀信。ベイスターズファンとしても有名で、Numberにおけるベイスターズ記事で、愛するが故の人情話を展開し続けているスポーツライターだ。その村瀬が話を聞いた人名を並べるだけで、この本の本気具合がわかる。

平松政次、遠藤一彦、高木豊、山下大輔、田代富雄といったホエールズ時代のスター選手たち。
佐々木主浩、谷繁元信、石井琢朗、鈴木尚典、波留敏夫といった98年の日本一メンバー。
三浦大輔、内川聖一、古木克明、木塚敦志といった「暗黒期」を支えた主力選手たち。
近藤昭仁、中畑清、大堀隆、池田純といった歴代の監督や球団社長。

“4522敗”とは、1954年球団創設から2012年シーズン終了までの約半世紀にわたる総敗戦数。これは、プロ野球史において最多の数を誇るという。その「負け続けてきた歴史」を振り返ることで、これからのベイスターズの歩むべき道も見えてくる。

物語は98年のベイスターズ日本一から始まる。
98年の優勝時、後に監督に就任することになるとは露知らず、解説者席で「これから、ベイスターズの時代が来るかなという感じがしますね」と語った牛島和彦。それほどまでに98年のベイスターズは勢いがあり、20代の選手が中心で先が楽しみなチームだった。
だが、この「若さ」こそが後の暗黒時代の予兆だったと、当時のチームリーダーだった進藤達哉は語る。
「そう。あの時のメンバーはベテランに駒田さんがいて、その下に中根さんがいるぐらい。ほとんどが30歳の手前でした。今だからわかるんですけど、それぐらいの年だと自分のことで手一杯で、考え方や技術的なもの、そういったことを下の世代に伝えることまで意識がいっていなかったと思うんです」

この発言も含め、本書におけるベイスターズの歴史をひも解いていくと、野球に限らない「組織運営の理」のようなエッセンスが数多く登場する。

例えば、横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズへと変貌を遂げた1993年に、ベイスターズだけでなく球界を震撼させた大量解雇事件。その解雇された一人である高木豊は、「横浜の体質」をこう語る。
「強いチームは伝統を守ります。人を大事にします。弱いチームは人に責任をなすりつける。ドラフト1位が最も活躍しない球団はどこか。それは大洋だった」

その激震を乗り越え、1998年に38年ぶりの日本一に輝いた時の球団社長で、佐々木主浩ら選手たちからも絶大な信頼を得ていた大堀隆は、その後のベイスターズが低迷に陥った原因を問われ、
「ベイスターズが今の低迷を招いた原因。そのすべては人事ですよ。チームの上から下まですべてにおいて、言ってみればマネジメントに問題があったんです」と断言した。

さらにさかのぼれば、前身の「大洋ホエールズ」時代からその予兆があったという。
「クジラ一頭穫れば給料はまかなえる」
「クジラと監督は外から穫ってくるもの」
といういかにも“漁師気質"な球団・大洋ホエールズ。後にベイスターズ初代監督にもなった大洋ホエールズの生え抜きスター・近藤昭仁は語る。
「フロントの人間はずっと野球を知らないんです。それが後々まで続く災いの元ですよ。(中略)チームが弱くなった一番の問題点である、スカウトにしても編成にしても野球がわかってなければ上手くいきようありませんって。昨日まで船に乗って魚穫っていた人が、次の日に選手穫ってんだからね(笑)」

漁師集団から市民球団へ。そして、TBS時代を経て現在のDeNAへ。
DeNAベイスターズの若き球団社長、池田純。先日、波留コーチと口論を戦わせたことでも話題になった人物は、ベイスターズという球団の歴史的問題点をマネジメント視点で解説する。
「そもそも入った時に驚いたのが、会社としての方向性や戦略が何もなかったこと。各々に課せられたミッションもないし、目標を振り返るようなシステムもない。そういった、普通の会社にあるようなものがまるでないっていう状況だったんです」

池田はさらに続ける。

「球団内部の業務なのに、野球界の人間ではないと言っちゃいけないタブーのようなことがあるんです。でも、私は野球界では素人なんで、そんなタブーはわからないんですよ(笑)。例えば、『なんでドラフトの方針やレポートが残ってないんですか?』『なんで歴代の監督の方向性とかが書面で残ってないんですか?』なんて聞くことは、今までタブーだったらしいんです。だけど、野球技術の各論ではなくて、あるべき組織論を言っているだけです」

漁師体質でもなく、そしてプロ野球の村社会にも毒されていない、一般常識の目線で経営を語れる人物が遂に登場した横浜DeNAベイスターズ。ようやく新しい時代がやってくるのか……そんな期待に対して、裏切られ続けてきた歴史を振り返りながら著者はこうつぶやく。
《だが、大丈夫なのか。としばし心配になる。なぜなら、あの“ベイスターズ”だからだ。特に野球なあやふやな“人間の感情”が大勢を動かすことがある。どんなに優れたシステムがあったとしても、選手が「ふざけんな。やる気ねぇ」と言えばそれまで》

その「やる気」を掘り起こすために招聘されたのが、現・監督の中畑清だった。
「俺も含めて、もう勝つしかないんだよ。下を向くことにサヨナラだ。常に相手に目線を合わせて、戦えるチームになりたいからさ。これからはね、前を向いていける。前を向くってことは、胸を張るってことだからさ。下を向くと元気でないだろ!?」

中畑清の熱によって呼び覚まされた気持ちを、著者は《人間の本気は、人間の本気によって呼び起こされる》と綴る。

ベイスターズの歴史における様々な人事(その中には、鈴木一朗時代の「イチロー」と「大魔神」として覚醒したての佐々木主浩のトレード画策もあったというから驚かされる)の、最後のピースが中畑清だったというところに、人の縁の不思議さを感じるとともに、49年の歴史における選手、球団経営者など数多の人の歩みが積み重なって今のベイスターズがあり、それを見守り続けるファンの矜持も見え隠れする。

負け続けたからこそ気付くことがある。
勝てなかったからこそ持つことができる感情がある。
ベイスターズファンだけじゃなく、全てのプロ野球ファンに読んで欲しい「球団と一緒に歴史を紡いでいく価値」が本書『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』には詰まっている。
(オグマナオト)