安倍内閣の本質が少しずつ明らかになり始めた。2月15日に政府の規制改革会議が初会合を開き、論点整理の中で、正社員の解雇に関する基準を明確化する方向が打ち出されたのだ。
 日本経済新聞の報道によると、解雇権の乱用として解雇無効判決が出た場合でも、労使が金銭で労働契約を終了したとみなす解決策の導入も検討されるという。不当解雇をしても、企業が手切れ金を支払えば、それで済まされるという仕掛けだ。

 いまの日本の解雇規制は厳しく、整理解雇を行うためには、整理解雇の四要件といって、(1)解雇を行わないと経営が継続できないほど追い詰められていること、(2)配置転換など他の手段では過剰雇用を解消できないこと、(3)解雇する人の選び方が合理的であること、(4)労働組合や社員の代表の理解を得ていること、という条件をすべて満たしていることが必要となる。だから日本の経営者の中には、もっと容易に解雇をさせて欲しいとするニーズが常に存在してきた。
 しかし、だからと言って、解雇を容易に認めたりすれば、労働者はもちろん国の経済にとってもマイナスになる。それが、北欧の経験なのだ。

 リーマンショック前、北欧には2人の経済の優等生がいた。デンマークとオランダだ。優等生たる理由の一つは失業率だ。'07年の失業率は、デンマークが3.4%、オランダが3.1%。フランスやドイツが7%台のときに半分以下の失業率だったのだ。失業率が欧米に比べて低いといわれる日本でも4.0%だったから、その優秀さがわかるだろう。そしてもうひとつの優秀さが、所得水準の高さだ。'07年の1人あたりGDPをみると、デンマークが3万7703ドル、オランダが4万714ドル。日本が3万3342ドルだから、両国は相当高い。
 こうした高パフォーマンスの理由は、労働市場の流動性にあるといわれた。労働市場が流動的だから、産業構造変化に柔軟に対応でき、経済が好調だというのだ。しかし、流動性をもたらした原因は両国で大きく違っていた。デンマークは解雇規制を大幅に緩和した。つまり安倍政権と同じ方向の改革をしたのだ。一方、オランダは厳しい解雇規制を残したまま、正社員とパートの労働条件を統一し、労働者が転職しやすいようにしたのだ。

 リーマンショック後、何が起きたのか。昨年の失業率は、デンマーク7.7%に対しオランダは5.3%にとどまっている。オランダと同様に解雇規制の厳しい日本は、4.4%だ。
 景気のよいときには、解雇が自由でも失業率は上がらない。しかし、景気が悪くなると、規制がなければ失業率が急増する。
 では、経済成長の面ではどうだったのか。リーマンショックの翌年、デンマークの成長率はマイナス5.7%だが、オランダはマイナス3.7%にとどまっている。リーマンショック後4年間の累積でも、デンマークはマイナス2.7%だが、オランダはマイナス1.9%にとどまる。

 解雇を自由にすれば、不況の時に失業者が増える。失業者は仕事をしないから経済がさらに縮小する。その損失は、そう簡単には取り戻せない。それが、リーマンショック後の経験だ。解雇規制の緩和は、経済全体の観点から、相当慎重に考えるべきなのだ。