住友信託銀行相談役 
高橋 温 
1941年、岩手県出身。県立盛岡第一高校を経て、京都大学法学部卒業後、65年住友信託銀行入社。東京支店、新橋支店勤務等を経て、業務部長、専務、社長を歴任。05年会長、12年4月より現職。

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住友信託銀行に入社してから45年が経つ。長い時間であるからこの間には、さまざまなことを本から学んだ。私には蔵書の趣味はなく、手持ちの本はそれほどないが、この『はじめに仮説ありき』は、10年以上も私の本棚の真ん中に収まっている。

そもそも本書は書店の店頭で偶然見つけたものだ。話題になっていたわけでも、著者の佐々木正氏を存じあげていたのでもない。「仮説」という表題が気にかかり、パラパラとめくったら面白そうだったので買い求めた。この判断に間違いはなかった。この本で知ったのであるが、佐々木氏は、シャープの技術者として電卓の開発に心血を注いだ斯界の功労者である。技術者が執筆した本を手にする機会がほとんどなかった私にとって、まさに運命的な出合いとなった。その魅力は2つある。

本書は、昭和40(1965)年ごろから始まった電卓戦争にスポットを当て、約8年間に及ぶ電卓開発ストーリーを主軸に構成されている。私が住友信託銀行に入社したのはこの年であり、そこからの8年間は私の社会人としての青春時代とピタリと重なり合う。だから本書で取り上げられている「技術革新」はリアリティをもって迫ってくる。

入社2、3年目の頃、私は提案魔だった。「何かしなきゃいかん」という使命感にかられ、さまざまな提案を上司に行った。結局、ほとんどは採用されなかったものの、それでもめげずに提案を続けていた若手社員の時代、私が勤務する部屋の片隅では、本書にも出てくる技術改善前の巨大な計算機がすさまじい音を立てて唸っていた。そんな個人的な感傷に浸れたことが本書への親近感を強めたのだ。これが本書に惹かれた第一の理由である。

本書によれば、昭和39(64)年にシャープが開発した世界初のトランジスタ電卓の値段は53万5000円。大卒初任給が2万円くらいであったから、いかに高価なものであったか、いまでは信じられないだろう。当時の銀行員には、計算の道具としてはソロバンが必需品であり、全員の机の上に置いてあった。

しかしその後、シャープだけでなくオムロンやカシオなど競合他社も電卓市場に参入し、2年ごとに大きな技術革新が進んだ。やがて電卓がソロバンに取って代わり、オフィスが一変した。銀行内で半ば義務的に行われていた「ソロバン試験」もなくなった。

もう一つの魅力は、「わが意を得たり」と膝を打ちたくなるような、経営上のキーワードがちりばめられていたことだ。

本書を購入したのは平成7(95)年だが、平成10(98)年に私が社長に就任して以降、社内外でスピーチをするときなど、折に触れてそのキーワードが役立った。特に本のタイトルにも使われている「仮説」という言葉。著者は「自分を支え続けたのは『電卓がパーソナルなものになる』といういわば思い込みに近い仮説だった」と述べている。

確かに、電卓があまりにも高価で巨大だった時代には、電卓の置いてある部屋に人間がわざわざ出向かなければならなかったわけだから、電卓を持ち歩く時代が来るなどという仮説は、なかなか理解してもらえなかっただろう。著者ならではの仮説が、唯一の開発モチベーションとなったはずだ。

一方、社長時代に私がよく社員に話をしたのが「7対3の仮説」である。

私の社長就任当時、拓銀や山一証券が相次いで経営破綻するなど、国内の経済環境は非常に悪かった。銀行経営においても不良債権の償却や公的資金の注入など、後ろ向きな話題が多かった。しかしどんな環境であろうと会社は黒字に持っていかねばならない。したがって期初に課せられる目標は、社員にとって到底達成不可能な高い数字になってしまうことが常であった。「そんなものできるはずがない」というのが、目標に対する社員の第一声だった。

そこで私が説いたのは、「達成のメドがついているものは目標ではなく予定である。私が示したものは予定ではなく目標なのだ。物ごとの7割は通常の継続的な努力の中で見通せるが、3割は読めない。計画や目標において予測の精度を上げることより、重要と考えるテーマを設定し、挑戦することのほうが大事だ。それこそが、企業人としてのロマンであり夢だろう──」と。

予測不可能な部分を抱えながら前に進むのが経営だという、この「7対3の仮説」は、いまも変わらぬ考えとして持っている。そして、局面を打開しなければならないときには、机の前で考えてばかりいても事態は一向に進まない。そこで「仮説・実行・検証」をひたすら繰り返せとも強調したのだ。

社員から出てきた具体的な仮説は、結果として成功例より失敗例のほうが強く印象に残っている。だが、ナノテクの分野に注目してはどうかとか、新しい形態の農業経営を支援すべきではないかなど、積極的なアイデアが生まれる環境を築けたことは、会社の財産になっていると実感している。

著者はまた、「人々を幸福にする技術とは何か」を考えていけば、自然と仮説は生まれてくると説いている。「技術」という言葉を別の言葉に置き換えれば、あらゆるビジネス、職業にも通じる哲学となる。

平成12(2000)年頃、日本の金融制度について、学者、政治家、マスコミはみな口をそろえて「ニューヨークやロンドンの投資銀行と互角に渡り合えるマネーセンターバンクを目指せ」の大合唱だった。

しかし私は、これはおかしいと思っていた。「金融による仲介」という本来の役割を放擲して、金儲けに狂奔するような真似をするべきではないと考えていたからだ。だがそんなことを言っても誰も聞く耳を持たなかった。

そのときに私が立てた仮説は、「日本の金融機関が都市銀行一色に染まることは決して利用者のためにならない。当行が特色ある金融機関として存在し続けることが、日本の経済発展の見地からも必ずプラスとなる」ということ。10年近くこの仮説、思い込み、信念でずっと通してきた。

住友信託銀行は、「自主独立路線で少し変わっている」「他行の動きが気にならないのか」などとマスコミなどで取り上げられることもあったが、闇雲に独自路線を歩んできたわけではない。いち早く従来の貸付信託をメーンにした長期金融機関から、信託業務をメーンにした金融機関へと、いわば業態転換に取り組んだのも、確たる仮説を打ち立て、それが自らの強さであるとの考えが根本にあったからだ。

そうした仮説を押し通す支えとなったのが、著者の「技道」という思想である。著者は人々を幸福に生かすために精進する技術は、「術」ではなく「道」であるというのだ。

仕事は人や社会を幸福にするため、生かすために存在する、という佐々木氏の考え方は技術者に限ったものではない。事務方であろうと経営者であろうと、銀行員であろうと役人であろうと、すべての仕事に通じる真実だ、と私は思っている。

人は本を読むと、「自分だけが悩んでいるわけじゃない」「世の中のレベルとはこういうものか」と認識できる。自分が置かれている空間の広さ、時代の長さを立体的に捉えられるのだ。

だから本を読む人間は、物の見方が安定しているので安心できる、と私は考えている。

■高橋 温氏厳選!「役職別」読むべき本

■部課長にお勧めの本

『渋沢栄一 日本を創った実業人』東京商工会議所編、講談社+α文庫

「 実業によって国が成り立つ」ことを自らの実践により世に示した。「経済人」が指導者の一員たりうるのはこの人のお陰である。

『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢(上・下)』福田和也著、文春文庫

奇将と言われた人物の伝記の形をとっているが、日本が満州事変からずるずると太平洋戦争の敗戦まで流されていくディテールが類書にはない事実をもって描かれる。

■若手、新入社員にお勧めの本

『現代の経営(上・下)』P・F・ドラッカー著、ダイヤモンド社

本書が60年ほど前に示した近代的会社経営の根本原理は今も新しい。

『人を動かす』『道は開ける』『カーネギー名言集』D・カーネギー著、創元社

「 今日一日の枠の中で生きる」という聖書の言葉などを活用し、若者の人生を励ましてくれる。

※すべて雑誌掲載当時

(小澤啓司=構成 小原孝博=撮影)