ドイツ人が見た日本代表の右SB「内田篤人は“日本人選手の新たなプロトタイプ”」
[ワールドサッカーキング 2012.06.07(No.216)掲載]
ブンデスリーガ1年目の昨シーズンはいきなりチャンピオンズリーグでの4強入りを果たして周囲を驚かせた内田篤人だが、今シーズンはチームの不振もあり、脚光を浴びていたとは言い難い。それでも、彼は端正なルックスとは裏腹に、激しさを買われて信頼を勝ち取っている。ドイツでの挑戦の日々。日本代表の右SB、内田篤人は挑戦の地でどう評価されているのか?
それは、2年後の今になって思い出しても滑稽なコメントだった。シャルケに入団した内田篤人は、初めてのインタビューでドイツの印象についてこう語ったのだ。
「アウトバーンを走るのが怖いです。日本だと最高時速は100キロなんですが、ここではみんな信じられないくらいビュンビュン飛ばすので」
ドライブはドイツ人にとって最もポピュラーな趣味の一つ。100キロなんて速いうちに入らない。アウトバーンの制限速度は130キロが基本だが、速度無制限の区間になると人によっては300キロで飛ばす。それを知らない内田の発言は、男臭さを強烈に漂わせるシャルケのファンに「女々しい」と受け取られたものだ。Jリーグ王者の選手という経歴は、この国では関心の対象にならない。彼の甘いマスクに軽い嫉妬を覚えていた男性ファンは、「なんてヤワな野郎が来てしまったんだ。そんなんでサッカーができるのかよ」と実戦デビューを危ぶんだ。
日本のファンよ、怒るなかれ。なにしろここはゲルゼンキルヘンである。国内随一の炭鉱町として知られ、かつてはヘルメットを被ったゴツイ体格の男どもがビール瓶片手に町中を闊歩していたものだ。今では産業構造の変化によって町は寂れ、高い失業率に悩むが、それでも昔ながらの“豪気”な伝統は色濃く残っている。
それはサッカーについても同じ。ファンは決して「正直で美しいプレー」など望まない。そんなものはミュンヘンに行って見ればいいだけだ。ゲルゼンキルヘンの男たちが見たいのは、闘志に溢れ、ぶっ倒れるまで走り、徹底的に戦うスタイルのサッカーだ。
1997年のUEFAカップ決勝戦でインテルに競り勝ったチームをファンが今でも最大級に褒め称えるのは、プレーのクオリティーが高かったからではない。サポーターの理想を愚直なまでに具現化していたからだ。この時の主力だったマルク・ヴィルモッツは、ファンから「戦う豚」と呼ばれた。当然、蔑称ではなく尊敬の念を示したものだ。ユニフォームが泥で真っ黒になるまでピッチを駆けずり回るヴィルモッツの敢闘精神が、養豚場で泥にまみれながらも懸命に生き抜く動物のタフネスぶりを連想させたのである。
ヴィルモッツと同じことを、数多くの日本人記者に囲まれる二枚目スター選手に期待するのは、いささか無理がある。そう感じたのは私だけではない。いや、むしろシャルケ周辺にいる者の総意だったと言えよう。なにしろ時速100キロに怯お びえるソフティー(甘ちゃん)なのだから……。
■守備は評価できるがバランス感覚を欠く
しかし、予想は外れた。ピッチ上での内田は何者に対しても恐怖心を抱かない。テクニック面でも戦術面でもチグハグな部分をしばしば見せるにせよ、そのダイナミックで非打算的なアクションはゲルゼンキルヘンの男たちを大いに喜ばせた。
例えば昨シーズンのチャンピオンズリーグ(以下CL)、バレンシア戦でのプレーだ。内田はあのフアン・マタに猛烈なプレスを掛け、ふてぶてしい守備で自由を与えなかった。また、インテル戦ではサミュエル・エトオのスピードに翻弄されながらも最後まで食
らい付き、得点を許さなかった。こういった「戦う姿勢」が評価されたことで、内田はシャルケのファンに受け入れられたのである。
だが、次の準決勝で彼は自らの限界を露呈してしまう。マンチェスター・ユナイテッドの老練な選手に全く歯が立たたなかったのだ。常に相手に主導権を握られ、ボールを持っても無駄に走らされるだけ。見る者に徒労と絶望感を与えた。翌日の全国紙は「世界レベルにどの程度足りないかが明らかになった」と厳しい論調で内田を評価した。もっとも、2試合合計1ー6の大敗を喫したのだから、反論の余地はないだろう。
内田はハードなディフェンスを持ち味とするが、ポジショニングや戦術理解でまだ物足りなさが残る。現代のサイドバックは多彩な働きを要求される。基本的にはDFなのだから、まずは自分のサイドを破られないことが前提となるが、「自分は守備が専門だから」ともっぱら後方で稼働範囲を狭くすれば、中盤での数的優位を築けず、攻撃にも厚みが生まれない。内田は自陣に引きこもる消極的なサイドバックではなく、むしろ積極的に攻撃に打って出るのだが、それは「守備を捨てても」と同義語ではない。
ここに彼の弱点がある。マンチェスター・U戦では、彼の戦術的無理解から必要以上に失点を重ねてしまった。そして、彼の不正確で脅威に欠けるクロスと前線への押し上げの遅さもクレームの種となった。
攻撃と守備の正しいバランスを見つけること。つまり、攻めから守りに、あるいは守りから攻めに転じる瞬間とその比率を、試合のあらゆる局面でチームメートと寸分の狂いもなく共有すること。非常に難しい判断であり、高度な戦術理解を求められることだが、それを可能にするのは三つの要素だ。
インテリジェンス(局面を見極める知性)、フィットネス(体力)、そして勇気。世界的に見て、この三つの要素を完璧なレベルで備えている選手はフィリップ・ラーム、エリック・アビダル、ダニエウ・アウヴェスだけ。彼らはサイドバックのエキスパートとして何年も経験を積み、このスキルを磨いてきた。
ドイツにこういう諺ことわざがある。「DFと点取り屋は、少し頭がおかしいくられともアマチュアなのかであって、プロに近いアマチュアなどは許されないのです」
■相次ぐ監督交代の中、レギュラーを守る
「2部リーグでも最新鋭のスタジアムを保有していて、お客さんもよく入っている。トレーニング場はもう最高。国中いたるところにユースの寄宿舎があり、若いタレントをシステマチックに育てている。ドイツでサッカーは文句なしにナンバーワンスポーツです」
これは、「Uchi」と書くと“ウシー”と発音されてしまうため、「Ucchi」“ウッチー”につづりを変えられた内田の社会論だ。彼は日本人特有の謙虚さとドイツ人の大げさな物言いをミックスして発言するようだ。上達したドイツ語で彼はこうも語った。「自分の国を代表できるのは名誉なことです。僕は日本の大使ですね」
随分と自信たっぷりで、文字で読むと傲慢にさえ感じられるが、実際の彼は慎ましい限りである。「僕はスーパースターなんかじゃありません。チームの一部分なのです。シャルケの選手は誰もが代役を務められる。全員がチームの車輪なのです」
もっとも、人間性は選手としての評価に直結しない。今シーズンの内田のパフォーマンスを詳しく観察すると、実にアップダウンが激しかったことが分かる。それはチームも同様で、プレースタイルがコロコロと変わったのは度重なる監督交代劇によるものだ。
内田の獲得を決めたフェリックス・マガトはもっぱらスピーディーでパワフルなカウンター攻撃を目指した。また、肉体強化を図るため残酷なまでにフィジカルトレーニングを課した。マガトが解任され、次にやって来たのは理論家のラルフ・ラングニックだ。彼はゲーム全体の支配率を上げ、ショートパスを駆使するスタイルを導入した。ところが、「燃え尽き症候群」になってしまい、志半ばでサッカー界から身を引いた。そして現在の監督であるフーブ・ステーフェンスがやって来るのだが、このオランダ人は守備しか頭にない石器時代の指導者で、「失点をゼロに抑えろ」がモットーである。こうして内田は短期間で3度も、根本から異なるスタイルへの変更を強制されたのだ。内田の弱点は攻守のバランス感覚の欠如であることは先に述べたが、チーム事情に翻弄された面があるのも確かである。
それでも、内田を単なる犠牲者と見るわけにはいかない。彼のネガティブなプレーを象徴するのは、ダッシュ力に欠けるライン際の走りと不正確なセンタリングである。それゆえマスコミの評価も手厳しいものとなる。
サッカー専門誌の『キッカー』と国内最大の発行部数を誇る『スポーツビルト』紙は毎週、最高で1、最低で6のポイントで各選手の出来を評価している。出場18試合で得点ゼロ、アシスト2という内田の平均評価は『キッカー』誌によると3・69で、『スポーツビルド』紙はそれより若干良い3・35だった。
詳細な統計は更に内田のクオリティーを示している。435本のパスのうち、ミスパスは147本。一対一での勝率は55パーセント。サイドバックとしては褒められる数字ではない。
DF陣7人の今シーズンの出場試合数は、クリスティアン・フクスとキリアコス・パパドプロス29、ベネディクト・ヘヴェデス22、内田18、クリストフ・メッツェルダー16だから、4バックの一員としてレギュラーポジション確保には成功している。
個性が異なる3人の監督の下で、それぞれ短期間ながら信頼を勝ち取ることができたのは、彼がそれだけ、個々の監督の要求に応えられる素養を備えていたからだろう。また、試合に出られないサブ組に回された際も、彼は腐ることなく、かえって冷静に全体を俯瞰しながら、自らの技量を観察することで自己改善に役立てた。
■内田が抱える問題とシャルケの頑迷さ
最近のシャルケで一番マトモな監督のラングニックは「内田のことを考えながら練習場に通っていた」と回想する。「一昨日より昨日、昨日より今日と、日々向上していたのがその理由だ。学ぶことに貪欲で、教えればすぐに吸収する。彼はシャルケにとって非常に価値のある選手になるだろう」
学者肌のラングニックの称賛には一定の信ぴょう性がある。では、内田は“現状維持”のままで、いずれ世界最高レベルの選手になれるのだろうか。いや、内田の今後をポジティブ一辺倒の論調で結論づけることはできない。彼はまだ成長過程の選手で、今いる環境がベストというわけではない。シャルケのクラブ事情を考慮すれば、回答はおのずと導かれる。彼らが最後にドイツ王者となったのは54年も前のことで、以来ずっとマイスターシャーレ獲得に血眼となっている。
フロントもファンも、自分たちがバイエルンやドルトムントと同列で扱われないと気が済まない。度肝を抜かれるほど熱心なファン、最新鋭の巨大スタジアム、長い歴史と伝統が、シャルケの誇りを支えている。だが、クラブは約270億円もの借金を背負い、自転車操業の状態が続いている。
11年前、欧州有数の食肉関連企業の経営者であるクレメンス・テンニースがシャルケの会長に就任したが、ファンからは「ソーセージ屋のオヤジ」としてしか見られていない。この会長はいわゆるパトロンのような存在で、サッカーについては素人同然。幹部が専門的な議論を重ねても、結局は独善的な判断を下してしまう傾向にある。
監督のステーフェンスは会長のお気に入りだが、この男も非常に独善的で、練習方法でも戦術でも旧態依然のスタイルを続けるだけだ。選手のモチベーションを上げさせるのに長けているわけでもない。実際のところ、バイエルンやドルトムントとの差は開く一方なのだが、頭の固いフロントはその現状を認識していないようだ。
シャルケはとにかく一貫性を欠いている。一貫した哲学と継続性のある強化策がなく、監督交代を繰り返すため、中盤でのクオリティーが上がらないのだ。結果、闘志とパワーを前面に押し出す戦いを選択するのだが、単なるカラ元気でゲームは作れない。ゴールはもっぱらクラース・ヤン・フンテラールの個人技頼りで、彼が退団してしまえば、チームは簡単にリーグ中位に逆戻りしてしまうだろう。
マヌエル・ノイアーを引き抜かれた今シーズンは、GKを4人で回す愚挙を演じた。どんなチームでもGKは一番安定していなければならないポジションだというのに、これでは守備の連係が高められないのも当然だ。
彼らがこうも多くの選手を投入するのは、契約選手が多すぎるからだ。31人は多すぎる。ドルトムントは25人、バイエルンは24人でチームを回している。チームの規模が大きすぎることは、選手にとっては出場機会が保証されないことを意味し、クラブにとっては年俸総額の膨張を意味する。マドリッドからやって来て絶大な人気を集めたラウール・ゴンサレスが退団したのも、クラブ側が高年俸の彼の契約延長を嫌ったことが要因となっている。
シャルケの悲願はブンデスリーガ優勝だが、そろそろ冷静に一歩ずつチームを強化することを考えるべきだ。現有戦力から計算すればリーグ3位が精いっぱいかもしれないが、この位置に落ち着けばCL出場が保証される。それはつまり、最低でも約20億円の臨時収入をもたらし、ユリアン・ドラクスラーやルイス・ホルトビーといった有望な若手の引き留めに役立つ。それによって監督は落ち着いてチーム作りを進めることができるし、内田も攻守のバランス感覚を養うという“慎重を要する作業”に腰を据えられる。
シャルケが迷走を続けるなら、内田はいずれ別のチームを探すことになるだろう。ドイツ国内に限定すれば、彼にとって最善のチームになり得るのはどこか……。それはボルシアMGだ。現状の働きぶりでは、バイエルンやドルトムントに移籍するのは難しいし、できたとしてもベンチ要員になってしまう可能性が高い。ボルシアMGはクラブ組織がしっかりしており、若手育成にも定評がある。適度な田舎町ゆえ静かな環境で能力アップに取り組むことができるし、レギュラーポジションを確保することもできる。
ブンデスリーガ1年目の昨シーズンはいきなりチャンピオンズリーグでの4強入りを果たして周囲を驚かせた内田篤人だが、今シーズンはチームの不振もあり、脚光を浴びていたとは言い難い。それでも、彼は端正なルックスとは裏腹に、激しさを買われて信頼を勝ち取っている。ドイツでの挑戦の日々。日本代表の右SB、内田篤人は挑戦の地でどう評価されているのか?
Text by Thomas ZEH, Translation by Alexander Hiroshi ABE, Photo by Takeo YAMAGUCHI
それは、2年後の今になって思い出しても滑稽なコメントだった。シャルケに入団した内田篤人は、初めてのインタビューでドイツの印象についてこう語ったのだ。
ドライブはドイツ人にとって最もポピュラーな趣味の一つ。100キロなんて速いうちに入らない。アウトバーンの制限速度は130キロが基本だが、速度無制限の区間になると人によっては300キロで飛ばす。それを知らない内田の発言は、男臭さを強烈に漂わせるシャルケのファンに「女々しい」と受け取られたものだ。Jリーグ王者の選手という経歴は、この国では関心の対象にならない。彼の甘いマスクに軽い嫉妬を覚えていた男性ファンは、「なんてヤワな野郎が来てしまったんだ。そんなんでサッカーができるのかよ」と実戦デビューを危ぶんだ。
日本のファンよ、怒るなかれ。なにしろここはゲルゼンキルヘンである。国内随一の炭鉱町として知られ、かつてはヘルメットを被ったゴツイ体格の男どもがビール瓶片手に町中を闊歩していたものだ。今では産業構造の変化によって町は寂れ、高い失業率に悩むが、それでも昔ながらの“豪気”な伝統は色濃く残っている。
それはサッカーについても同じ。ファンは決して「正直で美しいプレー」など望まない。そんなものはミュンヘンに行って見ればいいだけだ。ゲルゼンキルヘンの男たちが見たいのは、闘志に溢れ、ぶっ倒れるまで走り、徹底的に戦うスタイルのサッカーだ。
1997年のUEFAカップ決勝戦でインテルに競り勝ったチームをファンが今でも最大級に褒め称えるのは、プレーのクオリティーが高かったからではない。サポーターの理想を愚直なまでに具現化していたからだ。この時の主力だったマルク・ヴィルモッツは、ファンから「戦う豚」と呼ばれた。当然、蔑称ではなく尊敬の念を示したものだ。ユニフォームが泥で真っ黒になるまでピッチを駆けずり回るヴィルモッツの敢闘精神が、養豚場で泥にまみれながらも懸命に生き抜く動物のタフネスぶりを連想させたのである。
ヴィルモッツと同じことを、数多くの日本人記者に囲まれる二枚目スター選手に期待するのは、いささか無理がある。そう感じたのは私だけではない。いや、むしろシャルケ周辺にいる者の総意だったと言えよう。なにしろ時速100キロに怯お びえるソフティー(甘ちゃん)なのだから……。
■守備は評価できるがバランス感覚を欠く
しかし、予想は外れた。ピッチ上での内田は何者に対しても恐怖心を抱かない。テクニック面でも戦術面でもチグハグな部分をしばしば見せるにせよ、そのダイナミックで非打算的なアクションはゲルゼンキルヘンの男たちを大いに喜ばせた。
例えば昨シーズンのチャンピオンズリーグ(以下CL)、バレンシア戦でのプレーだ。内田はあのフアン・マタに猛烈なプレスを掛け、ふてぶてしい守備で自由を与えなかった。また、インテル戦ではサミュエル・エトオのスピードに翻弄されながらも最後まで食
らい付き、得点を許さなかった。こういった「戦う姿勢」が評価されたことで、内田はシャルケのファンに受け入れられたのである。
だが、次の準決勝で彼は自らの限界を露呈してしまう。マンチェスター・ユナイテッドの老練な選手に全く歯が立たたなかったのだ。常に相手に主導権を握られ、ボールを持っても無駄に走らされるだけ。見る者に徒労と絶望感を与えた。翌日の全国紙は「世界レベルにどの程度足りないかが明らかになった」と厳しい論調で内田を評価した。もっとも、2試合合計1ー6の大敗を喫したのだから、反論の余地はないだろう。
内田はハードなディフェンスを持ち味とするが、ポジショニングや戦術理解でまだ物足りなさが残る。現代のサイドバックは多彩な働きを要求される。基本的にはDFなのだから、まずは自分のサイドを破られないことが前提となるが、「自分は守備が専門だから」ともっぱら後方で稼働範囲を狭くすれば、中盤での数的優位を築けず、攻撃にも厚みが生まれない。内田は自陣に引きこもる消極的なサイドバックではなく、むしろ積極的に攻撃に打って出るのだが、それは「守備を捨てても」と同義語ではない。
ここに彼の弱点がある。マンチェスター・U戦では、彼の戦術的無理解から必要以上に失点を重ねてしまった。そして、彼の不正確で脅威に欠けるクロスと前線への押し上げの遅さもクレームの種となった。
攻撃と守備の正しいバランスを見つけること。つまり、攻めから守りに、あるいは守りから攻めに転じる瞬間とその比率を、試合のあらゆる局面でチームメートと寸分の狂いもなく共有すること。非常に難しい判断であり、高度な戦術理解を求められることだが、それを可能にするのは三つの要素だ。
インテリジェンス(局面を見極める知性)、フィットネス(体力)、そして勇気。世界的に見て、この三つの要素を完璧なレベルで備えている選手はフィリップ・ラーム、エリック・アビダル、ダニエウ・アウヴェスだけ。彼らはサイドバックのエキスパートとして何年も経験を積み、このスキルを磨いてきた。
ドイツにこういう諺ことわざがある。「DFと点取り屋は、少し頭がおかしいくられともアマチュアなのかであって、プロに近いアマチュアなどは許されないのです」
■相次ぐ監督交代の中、レギュラーを守る
「2部リーグでも最新鋭のスタジアムを保有していて、お客さんもよく入っている。トレーニング場はもう最高。国中いたるところにユースの寄宿舎があり、若いタレントをシステマチックに育てている。ドイツでサッカーは文句なしにナンバーワンスポーツです」
これは、「Uchi」と書くと“ウシー”と発音されてしまうため、「Ucchi」“ウッチー”につづりを変えられた内田の社会論だ。彼は日本人特有の謙虚さとドイツ人の大げさな物言いをミックスして発言するようだ。上達したドイツ語で彼はこうも語った。「自分の国を代表できるのは名誉なことです。僕は日本の大使ですね」
随分と自信たっぷりで、文字で読むと傲慢にさえ感じられるが、実際の彼は慎ましい限りである。「僕はスーパースターなんかじゃありません。チームの一部分なのです。シャルケの選手は誰もが代役を務められる。全員がチームの車輪なのです」
もっとも、人間性は選手としての評価に直結しない。今シーズンの内田のパフォーマンスを詳しく観察すると、実にアップダウンが激しかったことが分かる。それはチームも同様で、プレースタイルがコロコロと変わったのは度重なる監督交代劇によるものだ。
内田の獲得を決めたフェリックス・マガトはもっぱらスピーディーでパワフルなカウンター攻撃を目指した。また、肉体強化を図るため残酷なまでにフィジカルトレーニングを課した。マガトが解任され、次にやって来たのは理論家のラルフ・ラングニックだ。彼はゲーム全体の支配率を上げ、ショートパスを駆使するスタイルを導入した。ところが、「燃え尽き症候群」になってしまい、志半ばでサッカー界から身を引いた。そして現在の監督であるフーブ・ステーフェンスがやって来るのだが、このオランダ人は守備しか頭にない石器時代の指導者で、「失点をゼロに抑えろ」がモットーである。こうして内田は短期間で3度も、根本から異なるスタイルへの変更を強制されたのだ。内田の弱点は攻守のバランス感覚の欠如であることは先に述べたが、チーム事情に翻弄された面があるのも確かである。
それでも、内田を単なる犠牲者と見るわけにはいかない。彼のネガティブなプレーを象徴するのは、ダッシュ力に欠けるライン際の走りと不正確なセンタリングである。それゆえマスコミの評価も手厳しいものとなる。
サッカー専門誌の『キッカー』と国内最大の発行部数を誇る『スポーツビルト』紙は毎週、最高で1、最低で6のポイントで各選手の出来を評価している。出場18試合で得点ゼロ、アシスト2という内田の平均評価は『キッカー』誌によると3・69で、『スポーツビルド』紙はそれより若干良い3・35だった。
詳細な統計は更に内田のクオリティーを示している。435本のパスのうち、ミスパスは147本。一対一での勝率は55パーセント。サイドバックとしては褒められる数字ではない。
DF陣7人の今シーズンの出場試合数は、クリスティアン・フクスとキリアコス・パパドプロス29、ベネディクト・ヘヴェデス22、内田18、クリストフ・メッツェルダー16だから、4バックの一員としてレギュラーポジション確保には成功している。
個性が異なる3人の監督の下で、それぞれ短期間ながら信頼を勝ち取ることができたのは、彼がそれだけ、個々の監督の要求に応えられる素養を備えていたからだろう。また、試合に出られないサブ組に回された際も、彼は腐ることなく、かえって冷静に全体を俯瞰しながら、自らの技量を観察することで自己改善に役立てた。
■内田が抱える問題とシャルケの頑迷さ
最近のシャルケで一番マトモな監督のラングニックは「内田のことを考えながら練習場に通っていた」と回想する。「一昨日より昨日、昨日より今日と、日々向上していたのがその理由だ。学ぶことに貪欲で、教えればすぐに吸収する。彼はシャルケにとって非常に価値のある選手になるだろう」
学者肌のラングニックの称賛には一定の信ぴょう性がある。では、内田は“現状維持”のままで、いずれ世界最高レベルの選手になれるのだろうか。いや、内田の今後をポジティブ一辺倒の論調で結論づけることはできない。彼はまだ成長過程の選手で、今いる環境がベストというわけではない。シャルケのクラブ事情を考慮すれば、回答はおのずと導かれる。彼らが最後にドイツ王者となったのは54年も前のことで、以来ずっとマイスターシャーレ獲得に血眼となっている。
フロントもファンも、自分たちがバイエルンやドルトムントと同列で扱われないと気が済まない。度肝を抜かれるほど熱心なファン、最新鋭の巨大スタジアム、長い歴史と伝統が、シャルケの誇りを支えている。だが、クラブは約270億円もの借金を背負い、自転車操業の状態が続いている。
11年前、欧州有数の食肉関連企業の経営者であるクレメンス・テンニースがシャルケの会長に就任したが、ファンからは「ソーセージ屋のオヤジ」としてしか見られていない。この会長はいわゆるパトロンのような存在で、サッカーについては素人同然。幹部が専門的な議論を重ねても、結局は独善的な判断を下してしまう傾向にある。
監督のステーフェンスは会長のお気に入りだが、この男も非常に独善的で、練習方法でも戦術でも旧態依然のスタイルを続けるだけだ。選手のモチベーションを上げさせるのに長けているわけでもない。実際のところ、バイエルンやドルトムントとの差は開く一方なのだが、頭の固いフロントはその現状を認識していないようだ。
シャルケはとにかく一貫性を欠いている。一貫した哲学と継続性のある強化策がなく、監督交代を繰り返すため、中盤でのクオリティーが上がらないのだ。結果、闘志とパワーを前面に押し出す戦いを選択するのだが、単なるカラ元気でゲームは作れない。ゴールはもっぱらクラース・ヤン・フンテラールの個人技頼りで、彼が退団してしまえば、チームは簡単にリーグ中位に逆戻りしてしまうだろう。
マヌエル・ノイアーを引き抜かれた今シーズンは、GKを4人で回す愚挙を演じた。どんなチームでもGKは一番安定していなければならないポジションだというのに、これでは守備の連係が高められないのも当然だ。
彼らがこうも多くの選手を投入するのは、契約選手が多すぎるからだ。31人は多すぎる。ドルトムントは25人、バイエルンは24人でチームを回している。チームの規模が大きすぎることは、選手にとっては出場機会が保証されないことを意味し、クラブにとっては年俸総額の膨張を意味する。マドリッドからやって来て絶大な人気を集めたラウール・ゴンサレスが退団したのも、クラブ側が高年俸の彼の契約延長を嫌ったことが要因となっている。
シャルケの悲願はブンデスリーガ優勝だが、そろそろ冷静に一歩ずつチームを強化することを考えるべきだ。現有戦力から計算すればリーグ3位が精いっぱいかもしれないが、この位置に落ち着けばCL出場が保証される。それはつまり、最低でも約20億円の臨時収入をもたらし、ユリアン・ドラクスラーやルイス・ホルトビーといった有望な若手の引き留めに役立つ。それによって監督は落ち着いてチーム作りを進めることができるし、内田も攻守のバランス感覚を養うという“慎重を要する作業”に腰を据えられる。
シャルケが迷走を続けるなら、内田はいずれ別のチームを探すことになるだろう。ドイツ国内に限定すれば、彼にとって最善のチームになり得るのはどこか……。それはボルシアMGだ。現状の働きぶりでは、バイエルンやドルトムントに移籍するのは難しいし、できたとしてもベンチ要員になってしまう可能性が高い。ボルシアMGはクラブ組織がしっかりしており、若手育成にも定評がある。適度な田舎町ゆえ静かな環境で能力アップに取り組むことができるし、レギュラーポジションを確保することもできる。