右側走行のドイツ。道路の中央部分を走るのは、市民の足であるトラム。朝夕は通勤、通学客、昼間は観光客や買い物客の利用が多いようです。

写真拡大

ドイツの高速道路を走行する際は、カーラジオの道路情報を流しっぱなしにしておくに限ります。なぜなら、まれに次のような臨時ニュースが耳に飛び込んでくることがあるからです。

「リスナーのみなさん、ご注意下さい! 高速◯号線の◯◯(地名)と△△(地名)区間の上り車線に、幽霊ドライバーが出没しました。該当区間を走行中のドライバーのみなさんは、くれぐれもご注意下さい!」。「幽霊ドライバー」なんて、まさか、真っ昼間から何者かが化けて現れるのでしょうか。

「幽霊ドライバー」という名称はあくまで口語の通称で、正しいドイツ語では「逆走ドライバー」。つまり、逆走車を指します。突如として目前に姿を現すため、こちらは恐怖で凍りつく……。それがあたかも幽霊を想起させるところから、こんなニックネームがついたのでしょう。

余談ですが、「幽霊ドライバー」はドイツ語で「ガイスターファーラー」。「ファーラー」はドライバーで、「ガイスター」は幽霊、お化けのこと。「ポルターガイスト」という単語をご存知の方がおいでかもしれませんが、その「ガイスト」と同じ意味です。

さて、カーラジオから「高速道路◯号線に、幽霊ドライバー発生です!」の臨時ニュースが流れてきた際に、ドライバーが取るべき行動は、事前にきちんと取り決められています。それは、該当区間を走行中の全車両が、一番右の走行車線に移動して減速し、追い越し車線を一切使わないということです。(註:ドイツの車両は右側通行なので、最も右が走行車線)

そして、この取り決め行動は、幽霊ドライバー、つまり逆走車自身にも適用されます。正しい方向に向かって走っているドライバーは、全員が一番右の走行車線を減速走行する一方で、対向して走ってくる逆走車は、(逆走車自身にとって)一番右の車線に停車し、運転手は車を降りて中央分離帯に避難し、警察の到着を待つことになっています。こうすることで、最悪の事態、すなわち、高速道路上での正面衝突は避けられるというわけです。

そもそも、幽霊ドライバーが化けて出ないようにするための、予防策整備が急務なのはもちろんのことですが、逆走車の発生を想定した緊急行動マニュアルを徹底し、被害を最小限にとどめる努力を怠らないところが、いかにもドイツらしいです。

最後に、いかにもドイツ人らしい、実際に起きたエピソードをひとつ。

2006年のこと。或るラジオ局の交通情報担当者に、ドイツ人のリスナーから次のような電話が入ってきました。「大変です! 今、高速道路の◯号線を走っている者ですが、逆走車が大量発生しています! 前方から何台もの幽霊ドライバーが、大挙してこちらへ向かってくるんです!」と。このリスナー、実は自分自身こそが幽霊ドライバーであるという認識には至らなかったようでして。自分だけは常に正しいと信じきることは、素晴らしいことです。それが高速道路走行中でなければ。
(柴山香)