アウェイのウズベキスタン戦の前日に行われた、公式記者会見でのことである。直前のタジキスタン戦が1-0に終わったことで、地元記者がアブラモフ監督に噛みついた。

口ヒゲが特徴の指揮官は、暑さが災いしたと説明した。ウズベキスタンのホテルで偶然にも再放送を観ることのできたタジキスタン対ウズベキタン戦は、確かに強い日差しが降り注ぐなかで行われていた。ブラウン管越しの選手たちが (ウズベキスタンのテレビは、デジタル放送化されていない)、眩しそうに目を細めていたことが思い出される。

ウズベキスタンの記者にすれば、ジリジリとした気持ちを抑えられない試合だっただろう。試合の主導権こそ掌握できていたものの、決定機を量産したわけではなかった。相手のリスタートから、何度かヒヤリとさせられた。決勝点はPKで、それも一度はGKに防がれたものを押し込んだものだった。お世辞にもすっきりとした勝利ではなかったし、モヤモヤを吹き飛ばすようなドラマもなかった。簡単に言ってしまえば、消化不良な一戦だったのだろう。

とはいえ、アウェイで勝ち点3をあげたのは悪くないスタートである。初戦特有の緊張感も考慮しなければならない。少なくとも僕は、そんなふうに理解していた。アブラモフ監督を問い詰める地元記者を見ながら、そこまで目くじらをたてなくてもと思っていた。

自国の代表チームがタジキスタンと対戦した今なら、ウズベキスタンのメディアがあらわにしたストレスを理解できる。シリアの失格処分で3次予選に進出してきたタジキスタンは、明らかな格下だった。

タジキスタンの代表チームは、イスチクロルというクラブチームの所属選手で占められている。分離以前の旧ソ連代表が、主力選手の多くをディナモ・キエフやスパルタク・モスクワに求めていたことに重なる。

しかし、ディナモ・キエフやスパルタク・モスクワがヨーロッパのコンペティションでそれなりの成果をあげていたのに対して、イスチクロルはAFCチャンピオンズリーグにも出場できないレベルだ。AFC (アジアサッカー連盟) のランキングで下位に沈むこの国のクラブは、ACLはおろかひとつ下のAFCカップへの参加も許されず、台湾、カンボジア、キルギスタン、ブータンといった弱小国とともにAFCプレジデンツカップを戦っている。「我々は勉強に来た身分だ」というラフィコフ監督の発言も、額面どおりに受け取っていいものだったのだ。

それだけに、8-0というゴールラッシュも手放しで評価できない。2ゴールのハーフナー・マイクは「相手が相手ですから…」と控え目だったし、キャプテンの長谷部は「忘れるべき試合だと思います」と厳しい表情で話した。「これで調子に乗ることはできない」とも語っている。

そうしたことを踏まえたうえで、成果をあげるとしたら……。本田の離脱以降は適任者が見つからなかったトップ下に、中村憲剛が見事におさまったことだろう。

そもそも能力に疑いの余地はない。それにしても、香川や岡崎との連携は見事だった。岡田前監督の指揮下からともにプレーしてきたとはいえ、彼らの長所を存分に引き出したのは中村だっただろう。

このところペナルティエリア内でのシュートシーンに恵まれず、それゆえに不調とも言われていた香川に絶妙なパスを通した41分のシーンなどは、「感覚的なところでイメージを共有できる (中村)」彼ならではの連携だったと言っていい。戦前から織り込み済みだったハーフナー・マイクの高さに加えて、香川のシュートセンスや岡崎のゴール前へ飛び込む感覚が発揮されたのは、ザック指揮下で初先発を飾ったベテランがいたからこそだ。

さらに付け加えれば、4-2-3-1にしろ3-4-3にしろ、ダブルボランチのボールタッチ数が非常に多いこのチームの特徴を、中村は良い意味で修正していた。タジキスタンの前半は、遠藤のタッチ数が少ない。チーム内のトップ3が当たり前だった彼が、長友と並ぶ5位タイまで順位を下げている。遠藤が関わらないまでも攻撃が完結していたからであり、アタッキングサードでタクトをふるったのは中村である。

相手のレベルと中村の実績を考えれば、これぐらい働いてくれるのは想定内だ。2位以内が見えてきた3次予選はともかく、より高いレベルと相まみえる最終予選で、タジキスタン戦と同じようなクオリティを発揮できるかどうかが、中村だけでなくチーム全体のテーマとなっていく。

本田の離脱が明らかになった直後、長谷部は「帰って来たときにはポジションがないぐらいの勢いでやりたい」と話していた。果たして、チームを覆っていた本田不在を不安視する空気は、中村が一掃したと言っていい。今後のゲームでザックが本田をベンチに置き、中村を先発で起用することがあったとしても、決して不思議ではないだろう。

中村が存在感を発揮した意義は、選手層の充実にとどまらない。10月31日に31歳の誕生日を迎えるベテランは、このチームに足りないものをもたらすことができる (続きはメールマガジン「戸塚啓のトツカ系サッカー」27号に掲載しています)。