なでしこジャパン、安藤梢「フィーバーで終わらないように。ロンドンで金メダルを」
その表情には、さすがに疲労の色が浮かんでいた。女子ワールドカップ優勝という歴史的偉業の達成。各所への優勝報告にメディアへの出演と、帰国後、なでしこジャパンのメンバーは文字どおり、分刻みのスケジュールで動いている。
そんな中、30分の時間を割いてもらった今回のインタビュー。「今だけ終わらないように」と話す安藤梢は、「こうしてメディアに取り上げてもらうこと、自分たちの考えを伝えていくことの一つひとつが大切」だと語ってくれた。
−帰国後の周囲の反応について、改めて感想はいかがですか?
安藤「日本に帰ってきてからのほうが、みなさんが声をかけてくれたりとか、メディアの方に取り上げてもらったりして、ドイツにいるときは信じられない気持ちだったんですけど、すごいことをしたんだなと、帰国してから少しずつ実感してきています」
−ワールドカップに向かう前と帰ってきてからではまったく違いますか?
安藤「行く前にもここ(アディダス ジャパン本社)に佐々木(則夫)監督とあいさつに来たんですけど、そのときは記者の方が一人もいなかったので(笑)。ビックリしています」
−女子サッカーを発展させていくために、一過性のフィーバーに終わらないためにはどうしたら良いと思いますか?
安藤「こういう風に取り上げてもらっていますけど、今だけに終わらないように。これからオリンピックのアジア予選もありますし、必ず勝って本大会の出場権を得て、もう一度、今度はオリンピックで金メダルを取りたい。代表で結果を残し続けることで、人気が出ていくのではないかと思います」
−ショートパスをつなぐスタイルを貫こうと思った転機は?
安藤「貫こうというか、今回は自分たちがやってきたことを出し切ろうという大会でした。一戦一戦を戦う中で、チームに自信が出て、スタイルが確立されていったように思います。イングランドに負けたときには、なぜ負けたのかということをチームメートと話し合って、それがドイツ戦の勝利につながったと感じています」
−チームが一丸となれた理由は
安藤「それが、なでしこの良さなんですけど、過去の先輩たちからそういうものがあって、みんなサッカーが大好きで、環境に恵まれない中でもサッカーに懸ける思いというのが一緒なので。先輩たちから、試合に出られなくて悔しくてもチームのために戦うなでしこのスピリッツが受け継がれてきていると思います。特にGKの山郷(のぞみ)さんや福元(美穂)さんなど、経験があって試合に出られない選手がそういう姿勢を見せてくれるので、若い選手もそういう選手を見て一丸となれています」
−ワールドカップの目標としてメダルの獲得があったと思いますが、スウェーデンに勝ったことでメダルは確定しました。決勝で負けても満足な大会だったのか、優勝しなければ悔しさが残る大会だったのか、安藤選手はどう思いますか?
安藤「優勝カップを掲げて、金の紙吹雪が舞った瞬間を味わえたか味わえなかったかでは全然違ったと思います。1位と2位では全然違ったと思う」
[写真]=千葉格
−燃え尽き症候群のようなものはありませんか?
安藤「むしろ気が引き締まります。優勝してすごいことをしたとは思いますけど、アメリカも強かったですし。今大会、自分たちにツキがあるという部分もあった。優勝するためには大切なことですけど、圧倒的な力で優勝したわけではなくて、拮抗した中で優勝したという思いなので。次のアジア予選も厳しい試合になると思いますし、もう一度気を引き締めて、もっともっとレベルアップしていかなきゃという思いのほうが強いです」
−チームメート皆さんも同じような気持ちですか
安藤「そうですね。アジアで勝ち切ることも大変だなという思いがあるので。ワールドカップは終わったこと。他のチームも新たな戦術とか、日本を倒そうとしてくると思うので、自分たちもレベルアップしていきたい」
−クラブのチームメートのドイツ人選手や現地のメディアからはどのような評価をもらいましたか?
安藤「現地の報道では“小さな魔法使い”と言われていました。(デュイスブルクの)チームメートはショートパスと技術の高さに驚いていました。小さくてもあきらめないで向かっていく姿勢も驚かれました」
−今回の戦いで、ドイツでプレーしてきた経験が活きたという場面は?
安藤「いつもどおりのプレーができたことです。特にドイツと試合をしたときは、クラブのチームメートが4、5人いたので、紅白戦をやっているような感じでした。相手のメンタル面まで分かるというか、怒っている、イライラしているなとか。相手はリーグ戦で普段戦っているし、十分自分でも戦えると思えていたので、気持ちの余裕がありました」
−ドイツに移籍する前は、ドイツやアメリカと戦うときは身構えていた?
安藤「そうですね。なかなか強豪国と試合をする機会がなかったので、相手が大きかったり、相手の当たりが強かったりするだけで怯んでしまう場面がありました」
−ワールドカップ期間中に代表チーム内で流行っていたことはありますか?
安藤「ネイルがみんなの中で流行っていたのと、DVDやお菓子の置いてあるリラックスルームがあったんですけど、みんなでお笑いのDVDを見るのが楽しかったです」
−オンとオフの切り替えができていたと?
安藤「そうですね。笑いも大切だと思うので(笑)。自然とリラックスルームに人が集まって、みんなでお茶しながらお笑いのDVDを見ていました。たまに感動系の番組を見て、みんなで泣いたりもしました」
−そういったDVDは誰が準備したんですか?
安藤「テクニカルコーチや自分で持っていったのもあります。ウッチー(内田篤人)に貸してもらったのがあって(笑)。個人的には『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』が大好きです(笑)」
−チームの中でお笑い担当というか、ムードメーカーは誰ですか?
安藤「それぞれすごく面白いんですけど、みんなが集まったときに面白いことを言うのは、宮間(あや)選手や大野(忍)選手。誕生日のときに歌ったり踊ったりしてくれるのは(丸山)桂里奈です(笑)」
−内田選手とのやり取りについて色々と報道されていますが、実際に仲は良いんですか? 「メールを送っても返ってこない」と話されていましたが(笑)。
安藤「もちろん、仲良くさせていただいていています(笑)。家も近いので食事に行ったり、シャルケの試合を見に行かせてもらったりしています。メールは、私も返すのが遅かったり、返さなかったりするタイプなんですけど(笑)、内田君はもっと上かなって(笑)」
−祝福のメールはもらいましたか?
安藤「はい、勝つたびにもらっていました」
−他の男子の代表選手からも多くの祝福のメッセージが届いていますね。
安藤「吉田(麻也)君とか長谷部(誠)君とか細貝(萌)君、チョン・テセ君とか、近かったり、元(浦和)レッズの選手だったりするので、祝福のメールをくれました。男子の代表の選手から祝福のメールをもらえてうれしいですし、モチベーションになりました。試合前にも『頑張って』っていうメールをくれたし、男子の選手が、自分たちも頑張ろうと言ってくれて本当にうれしく思いました」
−普段ドイツでプレーされていて、日本とドイツの違いについてはどう感じていますか?
安藤「サッカーのスタイルが全然違います。ロングボールが主体ですし、球際の激しさが全然違います。日本ではカードが出るようなプレーでも、向こうではファールを取られなかったり、激しいプレーが当たり前なので、その辺りが特に違うかな、と思います」
−今回のワールドカップでもその経験が活きましたか?
安藤「ドイツに行って良かったなと思える大会でした。自分が成長できたことを実感できた大会だったので。普段からフィジカルの強い相手と練習や試合をしてきたので、自信を持って戦うことができました」
−ドイツでは女子サッカーが文化として確立しているのですか?
安藤「日本よりも女子の競技人口は多いですけど、実際にドイツへ行ってみて、ドイツという国はサッカーしかないんじゃないかというくらい人気があります。でも、女子はまだワールドカップで2回優勝していても、それほど恵まれていない環境だと感じていました。そういう意味で、ドイツも今回のワールドカップの成功に懸けていました」
−テレビの視聴者数も過去最高を記録しました。
安藤「繰り返しになりますが、ドイツは今大会の成功に懸けていたと感じました。CMでも男子代表と女子代表が一緒になって出ていたし、広告にも力を入れていました」
−宇佐美(貴史)選手がバイエルンに移籍するなど、近年はドイツでプレーする日本人選手が増えています。日本人選手とドイツの相性についてどのように思われますか?
安藤「ドイツ人は時間も守りますし、まじめ。日本人のまじめなところと合っていると思います。あとは、サッカーのスタイル。(ドイツは)球際が激しいし、ロングボールが多い。その中で日本人の技術やショートパスだったりというものが、アクセントとして活きている気がします。フィジカルの強いドイツで、技術を出せれば活躍できるのではないかと思います」
−男子は若い年代から海外へ渡ることがスタンダードになりつつあります。女子の場合はどうですか?
安藤「私自身は遅かったんですけど、チャンスがあればどんどん若いうちから出て行って、チャレンジしたほうがいいと思います」
−安藤選手がサッカー選手になろうと思ったきっかけを教えてください。
安藤「気づいたら始めていました(笑)。3歳くらいかな。お父さんとボールを蹴っていて楽しかったのがきっかけです。本当にサッカーが好きで、自然に始めていました。幼稚園からクラブでプレーしていました。栃木の先輩で手塚貴子という選手がいたんですけど、その方が代表だったので、小学生くらいからすごく憧れて、自分も代表選手になって世界と戦いたいという気持ちが芽生えてきました」
−サッカー選手としてやっていけると自信を持ったのはいつ頃ですか?
安藤「ずっと代表選手になりたいという夢を持って、高校生のときに代表に呼んでいただいた。まさか自分が高校生で代表に呼んでもらえると思わなかったんですけど、世界と戦って、自分も世界トップクラスの選手になりたいと思いました」
−佐々木監督と澤穂希選手について教えてください。それぞれ、そんな存在ですか?
安藤「佐々木監督は普段はお父さんみたいな存在。どっしり構えていてくれるので、自分たちは試合にいつもどおりに臨める。とても心強い存在です」
「澤さんはすごく頼もしいですし、一緒にプレーできてうれしく思います。幸せに思える存在。ここっていうときに得点してくれますし、危ないってときは相手を潰してくれるので、本当に頼もしい存在です」
−ワールドカップをともに戦ったスパイクについては?
安藤「このスパイク大好きです。履き心地が良くて、走っているときとかも全然気にならない。ドイツの芝は深かったんですが、深い芝にとても合っていて。雨が降ってピッチがスリッピーでも滑らないので」
−スパイクに求めるこだわりは?
安藤「足を入れたときの履き心地とフィット感です。(デザインでは)白が好きですね。疲れたときも足元が白だと気持ちが軽くなりますし、足が速くなったような感じがします」
−なでしこジャパンの活躍を見て、サッカーを始めたいと考えている少年少女にメッセージをお願いします。
安藤「小さいときに世界一になりたいという夢を持って、本当にかなえることができた。夢を大きく持って努力し続けると、必ずかなうんだよ、と伝えたいです」
−ドイツでの新たなシーズンについては?
安藤「結果としては素晴らしかったですけど、FWとしてゴールを取れなかったことはすごく悔しいので、ゴールにこだわって、毎試合得点するという気持ちでリーグ戦に臨みたいと思います」
サッカーを始めた頃から「世界一」を夢見ていた少女は、ドイツの地でその夢をかなえた。「努力し続ければ、夢は必ずかなう」。そう語る安藤梢の夢は、2012年のロンドンへと続いていく。
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そんな中、30分の時間を割いてもらった今回のインタビュー。「今だけ終わらないように」と話す安藤梢は、「こうしてメディアに取り上げてもらうこと、自分たちの考えを伝えていくことの一つひとつが大切」だと語ってくれた。
[写真]=足立雅史
−帰国後の周囲の反応について、改めて感想はいかがですか?
安藤「日本に帰ってきてからのほうが、みなさんが声をかけてくれたりとか、メディアの方に取り上げてもらったりして、ドイツにいるときは信じられない気持ちだったんですけど、すごいことをしたんだなと、帰国してから少しずつ実感してきています」
−ワールドカップに向かう前と帰ってきてからではまったく違いますか?
安藤「行く前にもここ(アディダス ジャパン本社)に佐々木(則夫)監督とあいさつに来たんですけど、そのときは記者の方が一人もいなかったので(笑)。ビックリしています」
−女子サッカーを発展させていくために、一過性のフィーバーに終わらないためにはどうしたら良いと思いますか?
安藤「こういう風に取り上げてもらっていますけど、今だけに終わらないように。これからオリンピックのアジア予選もありますし、必ず勝って本大会の出場権を得て、もう一度、今度はオリンピックで金メダルを取りたい。代表で結果を残し続けることで、人気が出ていくのではないかと思います」
−ショートパスをつなぐスタイルを貫こうと思った転機は?
安藤「貫こうというか、今回は自分たちがやってきたことを出し切ろうという大会でした。一戦一戦を戦う中で、チームに自信が出て、スタイルが確立されていったように思います。イングランドに負けたときには、なぜ負けたのかということをチームメートと話し合って、それがドイツ戦の勝利につながったと感じています」
−チームが一丸となれた理由は
安藤「それが、なでしこの良さなんですけど、過去の先輩たちからそういうものがあって、みんなサッカーが大好きで、環境に恵まれない中でもサッカーに懸ける思いというのが一緒なので。先輩たちから、試合に出られなくて悔しくてもチームのために戦うなでしこのスピリッツが受け継がれてきていると思います。特にGKの山郷(のぞみ)さんや福元(美穂)さんなど、経験があって試合に出られない選手がそういう姿勢を見せてくれるので、若い選手もそういう選手を見て一丸となれています」
−ワールドカップの目標としてメダルの獲得があったと思いますが、スウェーデンに勝ったことでメダルは確定しました。決勝で負けても満足な大会だったのか、優勝しなければ悔しさが残る大会だったのか、安藤選手はどう思いますか?
安藤「優勝カップを掲げて、金の紙吹雪が舞った瞬間を味わえたか味わえなかったかでは全然違ったと思います。1位と2位では全然違ったと思う」
[写真]=千葉格
−燃え尽き症候群のようなものはありませんか?
安藤「むしろ気が引き締まります。優勝してすごいことをしたとは思いますけど、アメリカも強かったですし。今大会、自分たちにツキがあるという部分もあった。優勝するためには大切なことですけど、圧倒的な力で優勝したわけではなくて、拮抗した中で優勝したという思いなので。次のアジア予選も厳しい試合になると思いますし、もう一度気を引き締めて、もっともっとレベルアップしていかなきゃという思いのほうが強いです」
−チームメート皆さんも同じような気持ちですか
安藤「そうですね。アジアで勝ち切ることも大変だなという思いがあるので。ワールドカップは終わったこと。他のチームも新たな戦術とか、日本を倒そうとしてくると思うので、自分たちもレベルアップしていきたい」
−クラブのチームメートのドイツ人選手や現地のメディアからはどのような評価をもらいましたか?
安藤「現地の報道では“小さな魔法使い”と言われていました。(デュイスブルクの)チームメートはショートパスと技術の高さに驚いていました。小さくてもあきらめないで向かっていく姿勢も驚かれました」
−今回の戦いで、ドイツでプレーしてきた経験が活きたという場面は?
安藤「いつもどおりのプレーができたことです。特にドイツと試合をしたときは、クラブのチームメートが4、5人いたので、紅白戦をやっているような感じでした。相手のメンタル面まで分かるというか、怒っている、イライラしているなとか。相手はリーグ戦で普段戦っているし、十分自分でも戦えると思えていたので、気持ちの余裕がありました」
−ドイツに移籍する前は、ドイツやアメリカと戦うときは身構えていた?
安藤「そうですね。なかなか強豪国と試合をする機会がなかったので、相手が大きかったり、相手の当たりが強かったりするだけで怯んでしまう場面がありました」
−ワールドカップ期間中に代表チーム内で流行っていたことはありますか?
安藤「ネイルがみんなの中で流行っていたのと、DVDやお菓子の置いてあるリラックスルームがあったんですけど、みんなでお笑いのDVDを見るのが楽しかったです」
−オンとオフの切り替えができていたと?
安藤「そうですね。笑いも大切だと思うので(笑)。自然とリラックスルームに人が集まって、みんなでお茶しながらお笑いのDVDを見ていました。たまに感動系の番組を見て、みんなで泣いたりもしました」
−そういったDVDは誰が準備したんですか?
安藤「テクニカルコーチや自分で持っていったのもあります。ウッチー(内田篤人)に貸してもらったのがあって(笑)。個人的には『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』が大好きです(笑)」
−チームの中でお笑い担当というか、ムードメーカーは誰ですか?
安藤「それぞれすごく面白いんですけど、みんなが集まったときに面白いことを言うのは、宮間(あや)選手や大野(忍)選手。誕生日のときに歌ったり踊ったりしてくれるのは(丸山)桂里奈です(笑)」
−内田選手とのやり取りについて色々と報道されていますが、実際に仲は良いんですか? 「メールを送っても返ってこない」と話されていましたが(笑)。
安藤「もちろん、仲良くさせていただいていています(笑)。家も近いので食事に行ったり、シャルケの試合を見に行かせてもらったりしています。メールは、私も返すのが遅かったり、返さなかったりするタイプなんですけど(笑)、内田君はもっと上かなって(笑)」
−祝福のメールはもらいましたか?
安藤「はい、勝つたびにもらっていました」
−他の男子の代表選手からも多くの祝福のメッセージが届いていますね。
安藤「吉田(麻也)君とか長谷部(誠)君とか細貝(萌)君、チョン・テセ君とか、近かったり、元(浦和)レッズの選手だったりするので、祝福のメールをくれました。男子の代表の選手から祝福のメールをもらえてうれしいですし、モチベーションになりました。試合前にも『頑張って』っていうメールをくれたし、男子の選手が、自分たちも頑張ろうと言ってくれて本当にうれしく思いました」
−普段ドイツでプレーされていて、日本とドイツの違いについてはどう感じていますか?
安藤「サッカーのスタイルが全然違います。ロングボールが主体ですし、球際の激しさが全然違います。日本ではカードが出るようなプレーでも、向こうではファールを取られなかったり、激しいプレーが当たり前なので、その辺りが特に違うかな、と思います」
−今回のワールドカップでもその経験が活きましたか?
安藤「ドイツに行って良かったなと思える大会でした。自分が成長できたことを実感できた大会だったので。普段からフィジカルの強い相手と練習や試合をしてきたので、自信を持って戦うことができました」
−ドイツでは女子サッカーが文化として確立しているのですか?
安藤「日本よりも女子の競技人口は多いですけど、実際にドイツへ行ってみて、ドイツという国はサッカーしかないんじゃないかというくらい人気があります。でも、女子はまだワールドカップで2回優勝していても、それほど恵まれていない環境だと感じていました。そういう意味で、ドイツも今回のワールドカップの成功に懸けていました」
−テレビの視聴者数も過去最高を記録しました。
安藤「繰り返しになりますが、ドイツは今大会の成功に懸けていたと感じました。CMでも男子代表と女子代表が一緒になって出ていたし、広告にも力を入れていました」
−宇佐美(貴史)選手がバイエルンに移籍するなど、近年はドイツでプレーする日本人選手が増えています。日本人選手とドイツの相性についてどのように思われますか?
安藤「ドイツ人は時間も守りますし、まじめ。日本人のまじめなところと合っていると思います。あとは、サッカーのスタイル。(ドイツは)球際が激しいし、ロングボールが多い。その中で日本人の技術やショートパスだったりというものが、アクセントとして活きている気がします。フィジカルの強いドイツで、技術を出せれば活躍できるのではないかと思います」
−男子は若い年代から海外へ渡ることがスタンダードになりつつあります。女子の場合はどうですか?
安藤「私自身は遅かったんですけど、チャンスがあればどんどん若いうちから出て行って、チャレンジしたほうがいいと思います」
−安藤選手がサッカー選手になろうと思ったきっかけを教えてください。
安藤「気づいたら始めていました(笑)。3歳くらいかな。お父さんとボールを蹴っていて楽しかったのがきっかけです。本当にサッカーが好きで、自然に始めていました。幼稚園からクラブでプレーしていました。栃木の先輩で手塚貴子という選手がいたんですけど、その方が代表だったので、小学生くらいからすごく憧れて、自分も代表選手になって世界と戦いたいという気持ちが芽生えてきました」
−サッカー選手としてやっていけると自信を持ったのはいつ頃ですか?
安藤「ずっと代表選手になりたいという夢を持って、高校生のときに代表に呼んでいただいた。まさか自分が高校生で代表に呼んでもらえると思わなかったんですけど、世界と戦って、自分も世界トップクラスの選手になりたいと思いました」
−佐々木監督と澤穂希選手について教えてください。それぞれ、そんな存在ですか?
安藤「佐々木監督は普段はお父さんみたいな存在。どっしり構えていてくれるので、自分たちは試合にいつもどおりに臨める。とても心強い存在です」
「澤さんはすごく頼もしいですし、一緒にプレーできてうれしく思います。幸せに思える存在。ここっていうときに得点してくれますし、危ないってときは相手を潰してくれるので、本当に頼もしい存在です」
−ワールドカップをともに戦ったスパイクについては?
安藤「このスパイク大好きです。履き心地が良くて、走っているときとかも全然気にならない。ドイツの芝は深かったんですが、深い芝にとても合っていて。雨が降ってピッチがスリッピーでも滑らないので」
−スパイクに求めるこだわりは?
安藤「足を入れたときの履き心地とフィット感です。(デザインでは)白が好きですね。疲れたときも足元が白だと気持ちが軽くなりますし、足が速くなったような感じがします」
−なでしこジャパンの活躍を見て、サッカーを始めたいと考えている少年少女にメッセージをお願いします。
安藤「小さいときに世界一になりたいという夢を持って、本当にかなえることができた。夢を大きく持って努力し続けると、必ずかなうんだよ、と伝えたいです」
−ドイツでの新たなシーズンについては?
安藤「結果としては素晴らしかったですけど、FWとしてゴールを取れなかったことはすごく悔しいので、ゴールにこだわって、毎試合得点するという気持ちでリーグ戦に臨みたいと思います」
サッカーを始めた頃から「世界一」を夢見ていた少女は、ドイツの地でその夢をかなえた。「努力し続ければ、夢は必ずかなう」。そう語る安藤梢の夢は、2012年のロンドンへと続いていく。
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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(twitterアカウントはSoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではグラビアページを担当。