地下に何十年も置かれた謎の箱、収められていたのは「夫婦の愛と悲劇」。

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家の地下室に何十年も前から置かれていた箱。それはその家の婦人で、昨年、76歳でこの世を去ったダーリーン・オライリーさんの所有物でした。息子のスコットさんはまだ幼かった頃、箱の中に何が入っているのかを知りたくなり、そっと開けてみようと試みたことがありましたが、母親に発見され大変な剣幕で怒られたそうです。そのためダーリーンさんの4人の子どもたちは、箱の中身は何なのか、全く知ることなく育ちました。

「大切な物だということは判っていました」(米紙インディペンデント・レコードより)と、娘のコリーンさんは語ります。しかし、ダーリーンさんがこの世を去り、残された父親が養護施設に入居したことで家を売却することが決定。長年秘密のベールに包まれていた謎の箱を開ける日がやって来たのです。このとき初めて、箱の中の物品が語るダーリーンさんの過去に触れた子どもたちは、驚きを隠せませんでした。

ダーリーンさんは、コリーンさんの父親と結婚するよりも前、16歳のときにほかの男性と結婚。子どもたちも自分の母親が父親と結婚する前に未亡人だった期間があることは知っていましたが、その最初の夫、アーニー・グラハムさんに何が起こったのかまでは知りませんでした

しかし、箱の中に収められたアーニーさんの訃報を伝える電報、彼の死後に贈られた勲章、そして当時の大統領ハリー・トルーマン(第33代米国大統領)が直に署名した表彰状などにより、アーニーさんは朝鮮戦争に出兵していた兵士で、結婚後1年足らずの1951年、戦地で亡くなったことが判明。コリーンさんは母親の悲しみを想うと、心が痛まずにはいられなかったそうです。

さらに、アーニーさんの遺品の中にあったのが、革製の写真入れに納められた若き頃のダーリーンさんのポートレート。そこには、なぜか穴が開いていました。軍から届いた手紙によると、アーニーさんは戦場で射撃を受けて亡くなったそうで、その穴は、肌身離さず胸ポケットに愛妻の写真を入れていたアーニーさんに当たった弾丸が貫通してできたものだったのです。

コリーンさんは夫婦間の愛情と悲劇、そのどちらも象徴する写真を手にしながら、「きっと、母はアーニーさんの隣で永眠したかったに違いありません。彼もずっと長い間待っていたでしょう」(インディペンデント・レコード紙より)と、彼女の遺骨とともに埋葬する意向を語っています。